43話 蛇と竜
ニブルヘイム……。
それは巨人の男の呪いにより現れるという死者の杖。
世界樹を喰らう龍と蛇を従えるために必要な媒体。
蛇の名はフヴェルゲルミル……龍の名はニーズヘッグ。
すべてを飲み込む闇の眷属を従えるのは並みの召喚士では難しい。
もし、これを従属させようと未熟なものが試そうものならば……。
「その命はないだろう」
「…………」
ゲームの中で命を落とすわけがない。
ベールはそう思っていたが、やけに重い声にびくりと体を震わせる。
「で、でも……私」
「ああ、確かに蛇を操ったのだろう? 君は蛇に選ばれた……」
彼はそう言うとゆっくりとした動作で指を動かす。
するとネズミが数匹、コーヒーを淹れ始めたのだ。
「その時点で君には並大抵の召喚士ではないという事だ」
「でも、昨日始めたばっかりです」
メタ発言をするベールだが、勿論NPCにその言葉に対する返答は用意されていなかった。
ネズミが持ってきたコーヒーを啜ったケルハイトは目を細めベールを見つめる。
そして、近くにあった眼鏡をかけ――。
「やはり、か……」
「え? 昨日始めたことですか?」
噛み合わない会話の中、ケルハイトは気にするそぶりは勿論なく、くたびれた顔のまま「フッ」と笑う。
対しベールは首を傾げるだけだ。
「君は質のいい魔力を持っているようだね、それも生半可な量じゃない……」
「ま、魔力?」
意味が分からなかった。
ベールが知っているのはINTという恐らくはインテリジェンスの頭3文字を取ったINTという魔法攻撃力が上がるステータスとMPという魔法に必要な数字だけだ。
魔力なんてものは知らなかったのだ。
「魔力が底を尽きれば人は死んでしまう……だが、君の場合その溢れんばかりの魔力で蛇を従えたんだ」
「……あのぉ……わかる言葉で言って欲しいです」
ベールの訴えは勿論通ることはない。
何せ相手はNPCだ……。
だが、ベールは相手がいるのではないか? という淡い期待を持ち続けていた。
しかし、そんな期待は無駄であり……。
「恐らくではあるが、今の君の魔力なら龍も従えることは十分可能だ……しかし、そのニブルヘイムは不完全だ……」
「……うー」
話が通らなくて頬を膨らませるベール。
ケルハイトは立ち上がり、つかつかと歩き始める。
時折腕を組み考え事をしては本を掴み中を見始めては「違う」と言いその本をポイっと投げ捨て……。
「ほ、本は大切にあつかったほうが良いですよ!」
ベールは思わず声に出すがようやくこれもどうせ聞いてくれないんだろうなと理解をし始めた。
そして、そんな行動が何回か続いた後――。
「あった……これだ」
ケルハイトはつぶやきベールの元へと戻ってくる。
彼は本を開いたままベールの前に置くとトントンと指で叩く。
そこに書かれているのはヘルヘイムの毒液という言葉だった。
「ど、どどどく!?」
そんな物とは縁遠いベールは思わず驚くが、どうやら彼が探していたのは間違いなくその毒液の情報だったようだ。
「これが恐らく最後の封印を解くために必要なものだ……ヘルヘイム……エーリューズニルとも言われている。その館には毒液が滴る場所があると言われている」
「…………へ、へぇ……」
ゲームとはいえ、近づきたくないなーと思うのだが、クエストはそんな願いを許してはくれないようだ。
「下には毒が溜まっているだろう、そこに行ってそのニブルヘイムを毒液につけると良い、恐らくは真の力が解放される事だろう」
「…………ええー」
ベールが絞り出した声は本当に彼女の底から出た声だった。




