41話 迷子の迷子のベールちゃん
「……ここ、どこ?」
リルたちの追いかけっこが終わった頃。
ベールは一人町の中で迷子になっていた。
追いかけ始めたのはいいがあっという間に見失い、感を信じ歩き始めたらこうなってしまったのだ。
「ううーリルちゃーん……」
頼れる相方の名を呼ぶが、返事はない。
それもそうだろう……彼女は迷いに迷いリルとは別の方へと向かっていたのだから。
それもマップを確認すればすぐにどこにいるかは分かるはずだ。
だが、そんなことは彼女の知識としてはまだなかった。
それに加え、不安のあまりPTチャットの存在すらも忘れてしまっていたのだ。
「どこぉ……」
不安そうにキョロキョロと辺りを見回す少女。
普通なら声をかけてくる人がいるだろう。
だが、すでに昨日の事は町に在中しているプレイヤーはおろか、様々なところに発信されていた。
だからこそ、彼女に率先して話しかけようとする者はいなかったのだ。
それもまた彼女にとってプラスに働くからだろうか?
彼女のリアルラックは変なところで発揮をしていた……。
「こ、ここ?」
だが、彼女を見る者は何故プレイヤーを探しているのに侵入できない建物の奥を覗くのか、何故そんな小さな容器の中を見て見るのか?
そう突っ込みたいものが多かった。
いや、寧ろ何も知らなければその迷子の子犬のような彼女に惹かれ話しかけていたかもしれない。
そんな所に人はいないよっと……あわよくば彼女と良い関係になろうという男性も居たかもしれない。
だが……。
「手を出したらとんでもない番犬がいるんだよなぁ……子犬とか小動物みたいでなんか可愛いんだけどな……」
「辞めとけよ? PSゴリ押しで負けるぞ」
「あの番犬ちゃん、初心者だってさ……昨日ログインしてるの見た奴いるって、見たことない装備だったしアサルト? って新職だってさ、聞いてないけど……」
「聞いてないって情報遅すぎだろ……新ジョブのテスターで間違いないよ、昨日10万人突破の通知あったし間違いないけど、運だ良いよな……10万から数えてたったの4人しかいないんだし」
リルとベールの知らないところでリルの事は番犬、ベールは子犬という通り名というかあだ名が付けられていた。
それほどまでに強烈だったのだ。
何故ならリルは「世界樹の騎士を越す」とまで言ってしまったのだから尚更だ。
「世界樹に番犬が噛みつくのか……ニーズヘッグなら分かるけど番犬が……」
「地獄の番犬だな……リルだっけ? 北欧つながりで番犬よかフェンリルって呼び方に変えた方がよくないか?」
「ああ、確かに……」
ベールをそっと見守る人たちはいつの間にかリルの呼び名を改め始め――。
では子犬の方は何て名前になるのだろうか? などと議論をし始めた。
「リルちゃん……どこー?」
そんな会話をされているとは知らずベールは相も変わらずリルを探し……樽の中を覗き込む。
だが、当然リルがいる場所とは遠く離れているここでは見つかることはない。
そもそも、樽の中に入ることは出来はしないのだ。
「……あれ真面目に探してるんだよな? 天然なのか?」
「ああ、うん……なんかこう、癒される、な……」
彼らを知らぬうちに癒しているなんてことは当然気がつかなかったベールはとぼとぼと歩きながらリルを探す。
しかし、見つかることはなく……。
「……一緒に行こうって言ってくれたのに」
そうつぶやくとこつんと扉へと頭をくっ付けた。
「酷いよ……置いてくなんて……」
彼女の言い分は当然だが、リルが本気を出してしまえば彼女では到底追いつけないのだ。
そんなことは知らないベールは再びコンコンと軽い音が鳴るように額を扉へとくっ付けた。
すると――。
「はい、どなたですか?」
「え?」
中から聞こえた声に驚き扉から離れるベールは辺りを見回す。
もしかしたら、プレイヤーが居たのだろうか?
「あ、す、すみません」
少し遅れて謝ると扉が開き、中から現れたのは一人の男性だ。
くたびれた様子の彼は若めではあるのに白髪で、眉まで白かった。
身に着けている衣服は彼同様くたびれたローブだ。
魔法使いの人だろうと考えたベールは――。
「あ、あの……その、私!」
あわあわとし始める。
現実では割と誰とも話せるほうだった。
しかし、ゲームの中ではそうではなかったのだ。
何故なら目の前の人が人なのかそれともNPCなのか分からなかったからだ。
「……ん? ああ!」
だが、彼女のそんな様子に気がついているのか気がついていないのか……彼は話し始め。
「そうだったね、確かフールの村長の知り合いだったね」
「え? はい?」
いきなり勘違いをされベールは首を傾げるのだが、彼の言葉の意味にすぐに気がついた。
ベールの視界に何度か見たウィンドウが現れたのだ。
『ニーズヘッグ』
それはクエストの受諾画面だった……。




