32話 大蛇を操る少女
リルが倒れていくのを見てベールは彼女に駆け寄る。
しかし、まだキングが生きていることに気がついた彼女はその足を止める。
怖い……。
そう思ってしまったからこそ、彼女は足が動かなくなったのだ。
だが、キングはベールには目もくれずリルの方へと目を向けると拳を握り――。
「あ……」
ベールは思わず呆けた声を出す。
彼女の視界の先はやけにゆっくりと過ぎていき、このままではあの拳がリルの身体を安々と潰してしまうだろう。
いくら痛みが現実よりは少なく設定されていると言っても、痛い物は痛いのだ。
「――っ!!」
ベールは震える手で杖を強く握り締め、ガチガチと歯を鳴らし――その目には涙を貯めながらようやく口にする。
「フヴェルゲルミル!」
強く言ったつもりだった……。
だが、涙声で小さな声だった。
しかし、システム上それでも問題はない。
残りのMP全てをつぎ込んだそれは無数の蛇を呼び出し、一つの大蛇の形になる。
そして、その大蛇はキングへと迫っていくのだ。
蛇はキングの腕へと撒きつくとその顎をバカリと開き、キングの頭へと食らいつく。
それはまるで彼女がかつて兄に見せられた怪獣の映画のようにも見えた。
「…………」
メキメキという嫌な音が鳴り響くと、最後にはやけにリアルなゴキッと何かをかみ砕いた音が響き、ようやくキングは消えていく。
これでクエストはクリアとなるのだろう。
ゴブリンたちは長を失い慌てて逃げて行ったのだ。
「……か、勝ったの?」
初めてのゲームというわけではない。
だが、戦うゲームは苦手だった。
彼女がやるのはもっぱら村の中を探索し、友達を作ったり。
農場を作ったり、気ままにぶらつくようなゲームばかりだったのだ。
それもこの頃やっていなかった。
しかし、初めて体験するVRは中々に興味がそそられた。
正直な話このゲームは前から知っていたのだ。
兄がやっていて、たまたま中の映像を見せてくれた……綺麗な景色に目を奪われてしまった。
少し興味が出ていた……そんな時、彼女がこのゲームの名前を口にした。
彼女なら、冬乃……いや、リルと一緒に出来たなら優しい彼女はきっと色々教えてくれる。
そう思っていた……。
だからこそ、現実の彼女にそっくりのアバターを持つリルに惹かれた。
だからこそ、それが本人だと確信を得て嬉しかった。
だからこそ、ここまで一緒に来たのだ。
「か、勝った、勝ったよリルちゃん!」
初めて戦いに勝利を収めた気になった少女は倒れこむリルの元へと駆け寄る。
それはもう誰もが見惚れるような笑顔でだ。
「う、ううん……」
「リルちゃん! リルちゃん!」
肩を揺さぶられリルはゆっくりと目を開く。
体が重い感じがする感覚は疲労によるものだ。
まだ少し寝ていたい。
そう思うのだが、自分を呼ぶ声を無視することもできなかった。
何故ならここまで一緒に来た少女ベールの声だと分かったからだ。
重い瞼を開け、目にしたのは満開の笑みを浮かべた少女だ。
「ベーる?」
彼女のアバターには傷がない。
という事はうまく逃げてくれたのだろうか? それとも死に戻りをしたのだろうか?
あの状態では後者の方だろうと考えたリルは辺りを見回す。
だが、周りの景色は先ほどまで居た村のようだ。
「あれ……?」
まだ寝ているのだろうか?
リルは瞼を擦るとゆっくりと上半身を起こす。
だが、ぐらりとしてしまい、ベールの胸へともたれかかってしまう。
「だ、大丈夫?」
「うん……ねむい……」
ゲームに集中するといつもこうなのだ。
限界を超えやがて寝てしまう。
それがVRだと尚更だった。
彼女は自分がVRに適性がある事を知り、夢中になってしまった。
その結果、寝てしまい起きた時はアラームで起こされることもしばしばだった。
そのアラームは大抵が倫理に引っ掛かった物だ。
だからこそ、VRから少し離れていたのだが――。
今回は”兄”との約束もあってもう一度だけとやることを決意したのだ。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
「…………きんぐ、は?」
「倒したの! 倒せたの!!」
少しはしゃいだような声が聞こえ、リルは寝ぼけながらも笑みを浮かべた。
「そっか、良かった」
「うん、私が倒したんだよ?」
「ベールが? 頑張ったね」
先ほどはモンスターを怖がっていた少女が倒したと聞き、リルは顔を上げると本当に嬉しそうにしている少女がそこに居た。
少しはゲームの楽しさを伝えられたのだろうか? そう思いながら――。
「ごめん、ちょっと寝るね?」
リルは瞼を閉じるのだった。




