1話 理不尽
「次は名前かー」
冬乃は新たに表れたキャラクターネームのウィンドウを目の前にうんうんとうなっていた。
勿論リアルネームを書き込むつもりもない。
それだけで特定されるわけではないが……だとしても、本名をつけるのは気が引ける。
「そうだ! リ、ルと……」
彼女は名前を入力するとニコニコと笑みを浮かべる。
実はお気に入りの名前なのだ。
「うん、被りはないみたいだね。良かったー一番最初に作ったキャラだし、取られてたらショックだったかも」
そうそのキャラの名前は彼女が初めてネットゲームをした時に使用した名前だ。
右も左もわからず中途半端なキャラになってしまい、結局消去することにはなったのだが……。
それでもゲームの楽しさを教えてくれた大事なキャラクターではあった。
「ステータスっと……え?」
今度はステータス入力画面に行ったところで彼女は固まる。
何故ならそこには重要なことが書かれていたからだ。
「ステータスの振り直しはできません……ジョブはギルドで変更が可能……ってちょっと待って!? これジョブごとのレベルじゃないの!?」
彼女は騒ぎ出すがそれも無理はない。
通常ジョブを変えられるゲームであれば、ステータスの振り直しやジョブごとのレベルに分けられていると考えるだろう。
しかし――最後の一文を見て「ああ……」と彼女はつぶやいた。
「現実でも仕事を変えたところでその人の能力は変わらないでしょ? って変なところにリアル混ぜないでよ」
がっくりと項垂れた彼女は本当にこのゲーム面白いのかな? と不安になってきてしまった。
しかし、同時にステータスが重要だという事を改めて確認することは出来た。
「職業はアサルト……攻撃力はSTRは勿論として重要なのがDEXとAGI……だって書いてあったよね」
力、器用さ、俊敏さを表すステータスをじっと見つめ彼女はゆっくりと呼吸をする。
無理もない。
この画面のたった数秒から数分の作業で今後のキャラ方針が完全に固定されてしまうのだ。
「ギルドで職業を変えられるとは言ってもすぐにできるわけじゃない、きっと何かのクエストは必要だよね」
最初に選んだ職からすぐに変えられるのなら考える必要もないだろう。
だが、わざわざここで忠告があるというのはつまりはそういう事だと彼女は判断し……。
「多分このゲーム、ジョブを変えれるのはスキルの取得のため……最初に選んだジョブがどうしたってメインになるんだ……」
それだったらアサルトを選んだのは正解だったかも……と彼女はつぶやく。
何故そう思ったのか?
「アーチェリーなら一回やった事あるし、得意だもんね」
なぜ一回で得意と言い張れるのかは謎ではあった。
しかし、彼女にとってはその一回というのが重要だったのだろう……。
「良し! ここはDEXとAGIの二極振りにしよう、紙装甲って書いてあったし、VITに下手に振った所で恩恵もないみたいだし」
彼女は一人納得をするように頷くと二つのステータスへとポイントを注ぎ込んでいく……。
「最初はAGI優先にしておこう」
これなら序盤でも戦えるはずだ。
そう彼女はつぶやくと設定を終了するのだった。
『ようこそ、アスカレイドオンラインの世界へ……そして、いってらっしゃい、良い冒険者ライフを!』
「なんか先行き不安だなぁ……」
設定の段階で大分疲れてしまった彼女はそうつぶやきながらも光の中へと飲み込まれる。
そして、次に見えた景色に先ほどまでの不安は吹き飛んだかのように感動の声を上げるのだった。