110話 兄
響き渡る笑い声……それに対しリルは一歩後ろへと下がった。
なにがおかしいのか全く理解が出来なかった。
いや、それだけではない。
仲が良かったはずの彼女に狂気を感じたからだ。
「やりすぎ? レッドにしても?」
あはっ! っと声を上げる春にリルはコクリと頷いた。
以前は助けてくれたともいえるため、あまり強くは言えない。
そう思ったが……。
どこから仕入れてきたのかもわからない情報をばらまいていた彼女の様子。
それはまるで……。
いや、リルにはただ……彼女が楽しむために……ただそれだけのためにあそこまでやったのではないか? としか思えなかった。
もしそうであれば、彼女の気まぐれ次第で自分たちに被害が出るかもしれない。
「ねぇーリル……協力しない?」
「や、やめておく……私達は私達でやるから」
そう言うと彼女はつまらなそうに口をとがらせる。
断られるとは思わなかったのだろう。
しかし、警戒するに越したことはないのだ。
レッドの方がましと言っては見たが、だからと言ってレッドを完全に肯定したわけではないからだ。
「ふーん……」
ニヤリと笑みを浮かべた彼女は何を企んでいるのだろうか?
リルは読めないその思考にたじろいでしまう。
「ま、別にいいけどねー」
そう言った彼女はゆっくりと振り返るとその場から去っていく……。
まるで興味を失った。
そう言いたげだった。
しかし、その後ろ姿は何とも言えない気持ち悪さがあったのだ。
「リルちゃん……良いの?」
「うん、手は借りない方がいいと思う」
なぜかは分からない。
だが、彼女たちから手を借りてはいけない。
そう思ったのだ。
レッドだから、という単純な理由だけじゃない。
違和感の正体が何なのかは分からなかった。
しかし、本能ともいえる感覚とでも言うのだろうか?
リルの中には警告音のような物が聞こえた気がしたのだ。
「それよりも掲示板!」
先ほど書いてあったのは全てうそ。
そう書くだけなら簡単だ。
だが、リルが書いたところで意味はない。
ミリーは確かに悪人ではない。
しかし、もうすでに祭りは始まっており、リルが彼女を連れて出てきたのも見られてしまっている。
「…………も、もう、いいですよ」
元気がない彼女に対しリルは首を横に振る。
良いわけがないのだ。
だが、方法が思いつかなかった。
どうすれば彼女を救えるのかが分からない。
リルが途方に暮れていたところ……。
「変なことが書いてあるなぁ」
そんな声が聞こえた。
リルにはその声には聞き覚えがあったのだ。
目を見開きそちらへと視線を移すと――。
一本の大きな剣を背負った男性が掲示板を見つめている。
「ふむ……」
そして、さらさらと何かを書き込んでいくのだ。
内容自体はすぐに確認できた。
そこには「可愛い女の子がそんな事をするはずないだろ? 可愛いは正義だろ!」と謎の文が書かれていた。
勿論、ミリーの一件のものだ。
彼は彼女を知っているのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいいのだ……。
ただ純粋に彼はそれを書いている。
「さて、どう動く? リル」
そして、さわやかなというよりも、いたずら好きの子供のような笑みを浮かべたアバターにリルは確信を得た。
「にい……さん」
そこにはかつて自分が所属した世界樹の騎士。
そのギルドマスターである『兄さん』が居たのだ。




