クソ兄貴〜超シスコン兄貴〜
妹に彼氏ができた──────
俺達の母親は俺が小6、妹が小5の時に亡くなった。
以来妹が家事の大半をにない、お金の管理も全部してくれている。
きっちりと節約をし、毎月貯金も出来ているらしい。
すっごく頼りになる妹なのだ。
そんなしっかり者の真奈に男が出来ただなんて……
「お昼のご飯は作っておいたから。夜はお父さんと自分らで用意してね。」
真奈はそう言うとテーブルに千円を置いた。
少ないっと抗議をしたのだが、真奈は毎日これの半分くらいのお金で三人分の晩御飯を作っているらしい……
なんてやりくり上手なんだ。
「俺、今日は真奈が作ったハンバーグが食べたい。」
無駄な抵抗をしてみせた。
真奈はいつも朝昼晩と欠かさずご飯を作ってくれていた。
なのに他の男と一緒にいたいから作らないだなんて……
真奈を取られた気がしてすっごくイヤだった。
「なあ真奈。相手って誰なんだよ?」
「うるさいなあ。女遊びばっかりしてる兄貴には関係ないでしょ?」
俺は自分から言うのもなんなんだが見た目がカッコイイからとにかくモテる。
真奈には節操のない猿とよく言われる。
そんなこと言ったって女の方から寄ってくるんだから仕方ないじゃん。
断ったらかわいそうじゃね?
真奈は母親に似て背がちっちゃくて色白だ。
髪の毛が長く、目がクリクリしていて子犬みたいな愛らしさがある。
性格が真面目なのであまりきゃぴきゃぴとした女の子らしい雰囲気はないが、ちょっと困ったり恥ずかしかったりとかするとすぐ顔が赤くなる。
そんなとこがすっごくかわいいんだよなあ~。
そう…俺、完璧シスコン。
だからって真奈をどうこうしたいとかはない。
そこまで危ない兄貴ではない。
ただ相手の男には腹が立つ。めっちゃ腹立つ。
「誰なんだよその馬の骨は……」
「兄貴以上の馬の骨がいると思う?」
真奈はべーだっと言ってデートに出かけて行った。
ああいう仕草もとにかくかわいい。
くそっ。妹じゃなかったら抱きしめてるのに。
俺と真奈は同じ高校に通っている。
真奈が付き合っている男が気になって、一年生の階を覗きに来てしまった。
まるで…というか、まんまストーカーだな。
真奈の行動範囲は狭いので学校の奴だと思うのだが……
真奈はこっそり覗いていた俺と目が合うと、こちらに突進してきた。やべっ。
「兄貴!チカと別れたって本当っ?」
「あっ……そっち?」
盗み見していたことを叱られるかと思った。
チカとは真奈のクラスメイトである。
告白されてしばらく付き合ったのだが昨日別れたのだ。
「なんで別れたの?チカ泣いてたんだけど……」
「先週告られて付き合い始めた先輩がどうやらチカちゃんのお姉ちゃんだったみたいで、俺もびっく…」
途中で真奈にグーでぶん殴られた。
「なんでチカがいるのにOKしてんのよっこのクソ兄貴っ!二度とこの辺うろつくなっ!!」
いつから真奈は俺のことをクソ兄貴と呼ぶようになったんだろう……
昔はお兄ちゃんと可愛く呼んでくれてたのに……
暖かくなってきたとは言え、まだ夜になると寒い。
寝る前にトイレに行こうとしたら真奈がリビングでウトウトしていた。
「真奈、ちゃんと部屋で寝ろよ。」
「う〜ん……お父さんのご飯温めてあげたいから。」
むにゃむにゃしながら真奈が言う。
どうやら残業で遅くなる親父の帰りを待っているようだった。
俺が出来る家事といえば洗濯物を取り込むことと掃除機をかけることくらいだ。
真奈の負担を減らそうと料理やアイロン掛けをしたこともあったのだがえらい惨事になってしまい、余計真奈の仕事を増やしてしまった。
「親父だってレンジでチンくらい出来るだろ。」
「フライパンで温め直した方が美味しいし…もうすぐ帰ってくるって言ってるから待つよ。」
真奈のこういうところ、律儀というか頑固というか……
俺は着ていた上着を真奈の肩に掛けた。
「まだ寒いんだから風邪引くなよ。」
「うん、ありがと兄貴。」
……こっちの方が何百回ありがとうと言っても言い足りない。
照れくさくてそんなこと言えないけど……
真奈のスマホが鳴った。
なんだか嬉しそうに直ぐにメールを返していた。
彼氏とおやすみなさいのやり取りでもしているのだろうか……
ちぇっ、面白くない。
「先輩、付き合って下さいっ。」
真奈の相手はいったいどんな奴なんだ?
まさか俺と同じようなチャラチャラした奴じゃないだろうな……
……うん?
今誰か話しかけてきた?
「あのっ…先輩、聞いてましたか?」
「ああ悪ぃ。どうかした?」
真奈の彼氏のことで頭がいっぱいで告白に気付かなかった。
この子…確か真奈と同じクラス……
いつもなら軽くOKしている。
今フリーだしなんの問題もない。
真奈はまた私の友達かよって怒るんだろうけど……
でもなんか…今はそんなの、正直めんどくさかった。
初めてだ……
女の子から言い寄られて断ったのは─────
学校から帰るなり真奈に怒鳴られた。
「兄貴っ!アヤカのこと振ったって本当なの?!」
アヤカって今日告白してきた子のことだろうか……
付き合ったならともかく、付き合わなくても怒られるんなら俺はどうすりゃいいんだ?
「アヤカ泣いてたんだけど。兄貴、めんどくさいって言ったんだって?!」
あー…どうも心の声が出ちまったらしい。
それは申し訳ないことをした。
「二度と私の友達を泣かさないで!今度泣かしたら殺すからね!!」
これで何度目だろう…真奈からの殺害予告……
なーんかやる気が出ねえ……
俺は教室の自分の机に突っ伏し、不貞腐れていた。
「和真〜今日の放課後、女子も誘ってカラオケ行かね?」
「行かねえ。」
「和真〜今度の休み女子大生と合コンあんだけど……」
「行かねえ。」
「和真……最近ノリ悪くね?」
うっせえわ。
真奈が全然相手してくれねえから落ち込んでんだよ。
くっそお……真奈がどんどん遠くに行っちまう……
「あ、真奈ちゃん発見。」
「どこだっ?!」
ダチを押しのけて窓にへばりついた。
見ると真奈は一人の男子生徒と親しげに立ち話をしているところだった。
真奈のあの笑顔……
間違いない。相手はその男だなっ?
後ろを向いているからここからじゃ顔が見えねえっ。
「和真のシスコンぶり相変わらずだな……」
「おいっ!誰かあの男知ってる奴いるか?!」
「ああ、あれ多分俺の部活の後輩だよ。」
サッカー部のクラスメイトからようやく犯人への有力情報を手に入れた。
「会わせろっ!その馬の骨に!!」
「いいけど…刺すなよ。」
放課後サッカー部が練習しているグランドにやってきた。
大勢いるな…真奈の相手は一体誰だ?
うちの学校のサッカー部は全国大会にも出場するほどの強豪チームで、女子からの人気も高い。
だからモテるからという不埒な理由で入部する奴も多いのだ。
「圭介─っ。ちょっとこっち来い。」
クラスメイトに呼ばれてきた後輩は、短髪で引き締まった体型の、いかにもサッカー少年って感じの爽やか君だった。
「あっ、お兄さん。」
ピクっ……お兄さん、だと?
「真奈ちゃんから話は聞いています。」
ピキっ……真奈ちゃん?
人の妹を気安く名前で呼びやがって。
「僕、圭介といいます。よろしくお願いします。」
差し出された手にはミサンガが付いていた。
これって……
真奈が昨日編んでたやつ……
俺だって真奈から手作りのミサンガなんてもらったことないのにっ!!
「あのっ、お兄さん大丈夫ですか?」
わなわなと震える俺の背中を圭介はさすってくれた。
「てめえっ…馴れ馴れしくしてんじゃね──っ!」
つい胸ぐらを勢いよく掴んでしまった……
クラスメイトが慌てて止めに入る。
やっちまった……
これ真奈が1週間は口聞いてくれないレベルのやらかしようだ………
土下座も覚悟で帰りを待っていたのだが、真奈は俺の予想に反して上機嫌で帰ってきた。
手にはスーパーの袋を二つ持っている。
「真奈……今日は彼氏と会わなかったのか?」
「えー?会ったよ。スーパーの大売出しに付き合ってもらっちゃった。」
あいつ真奈に言わなかったのか……
デートが激安スーパーなんてちょっと同情してしまった。
「30個限定の商品があったんだけど圭介が頑張って取ってきてくれたの。周りおばちゃんばっかだからいいって言ったのに。面白かったあ。」
真奈……
楽しそうだな。
「兄貴お腹空いたでしょ?ご飯作るね〜。」
真奈がこんなに笑ってるのを見たのって、久しぶりかもしれない──────
次の日の放課後、帰ろうとしたら圭介が俺を見つけて走ってきた。
「昨日はごめんなさいっ!調子に乗ってましたっ!」
圭介は直立不動でそう言うと綺麗に頭を下げた。
……なんでお前の方が謝るんだよ。
どう考えたって悪いのは俺だろうが。
わかってた。
わかってたよ。
真奈が選んだ男なんだ。
良いやつに決まってる。
わかってた…………けど──────
「おまえさあ……俺らの母親が、五年前に死んだってことは知ってる?」
圭介はゆっくり顔を上げると、俺の目を見て黙ってうなずいた。
「……車に、惹かれたんだ……」
その日のことは今でも鮮明に覚えてる。
ずっと続くと思っていた日常が音もなく崩れていった。
もう動かなくなった母親を見て、人間て…死ぬ時はこんなにもあっけないものなんだなって、思った……
「俺…葬式の時ボロボロ泣いちゃってさ……真奈も隣で顔真っ赤にして泣いて。二人でずっと、手を握り合って泣いてたんだ……」
俺は当時、反抗期真っ只中だった。
特に母親に対しては何かにつけてくちごたえをしていて、言うことを全然きかなかった。
母親が事故に遭う前日も大喧嘩をして、一日中自分の部屋に閉じこもっていた。
だから俺は、葬式が終わってからも全然立ち直れずに塞ぎ込んでいた……
なんであんな態度をとってしまったんだろう……
死ぬとわかっていたら絶対にしなかったのに。
学校にも行けず、毎日毎日、後悔ばかりしていた。
そんなどうしようもない日々が続いていたある日、真奈が台所でなにかを作り始めた。
真奈はわかってたんだ……
俺が何を一番後悔していたかを。
「俺、変に意地張って…母親が最後に作ってくれた料理を食べなかったんだ。仲直りしようと思って、わざわざ俺の好物を作ってくれたのに……」
真奈は料理なんてしたことなかったのに、その日母が作ってくれていたハンバーグを、一所懸命俺のために作ってくれたんだ。
「その時に真奈が作ってくれたハンバーグは固いし不味いしとても食えたもんじゃなかったけど……すっげえ嬉しかった……」
こんなことを誰かに話すのなんて初めてだ。
情けないことに、涙まで出てきやがった……
「真奈はすっごくすっごく良い子なんだ。」
本当は俺がもっとしっかりしなきゃいけないのに…俺はいつも真奈に甘えて怒らせて……
「……俺じゃあ無理なんだ。」
勝手なお願いだとはわかってる。
でも、俺にとって真奈は───────
「だから頼む…真奈を毎日笑顔にしてやって欲しい。泣かせるようなことだけは、絶対にしないって約束してくれ……」
───────世界一、大事な妹なんだ。
「その思い……十分本人にも伝わってますよ。」
ぐすぐすと、後ろからすすり泣く声が聞こえてきた。
「……バカ兄貴……」
いつからいたんだろう……
真奈は顔を真っ赤にして泣きながら、ハンカチを俺に手渡してきた。
「………おまえの方が泣いてるだろ。」
「うるさい。」
俺はハンカチを受け取ると、真奈の涙を拭いてあげた。
「すごく仲の良い兄妹だと思いますよ。」
その夜は久々のハンバーグだった。
「今日はたまたまひき肉と玉ねぎが安かったの。」
「ふ〜ん。」
俺は知ってる。
真奈はウソを付く時も顔が赤くなるってこと。
真奈の作るハンバーグ……やっぱり美味いっ。
「圭太って良いやつだな。」
「圭介だよ。わざと間違えたでしょ?」
「あいつのこと好きなの?」
「だから付き合ってるんでしょーが。」
あ〜あ……
圭介のことを話題に出すだけで真っ赤になってらあ。
俺もそろそろ本気で付き合える子探そっかな……
「なあ真奈…俺のことは好き?」
真奈はポカンと口を開けたまま、今日一番真っ赤な顔になった。
これはどういった意味での反応なんだろうか……
「もちろん兄貴として。俺のこと好き?」
「あー……う〜ん……」
即答で好きとは言ってくれないんだな。
「まあ、退屈はしないんじゃないの。」
なんだその答えは。
「なあ真奈。」
「何よもうさっきから。黙って食べなよ!」
「じゃあ俺にあーんてして。」
「バッカじゃないの!」
うん、俺バカ。
だって妹のこと、こんなに好きなんだもん。