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クソ兄貴  作者: タニマリ
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クソ兄貴〜男って夢見がち〜


俺は一人っ子だ。


親からの愛情を一身にそそいでもらえたし、のんびりと自分のペースでやりたいことが出来た。

もちろんおやつをを取り合うなんてこともなかった。


だから別に一人っ子だから寂しいだなんて思ったことはなかったし、兄弟が欲しいだなんて思ったことも一度もなかった。



そう……

なかったんだ。




あの兄妹に、出会うまでは───────


















圭介けいすけさ〜たまには合コン来いよ。楽しいぜっ?」

「しつけえな、そんなもん行くかよ。」


悪友のしゅんがうるさい。

最近こいつは口を開けば女の話ばかりだ。

今はサッカー部の練習の真っ最中だっていうのに……


「圭介の写真見せたら気に入ったって子がいてさ〜。」

「はあ?なんで勝手に見せんだよ。ほらパスいったぞ。」


部活終了を告げるチャイムが鳴った。

旬のせいで全然練習に集中できなかったじゃねえか……



俺だって彼女が出来たら良いなあとは思ってる。

でも俺は合コンに来るような女がどうも好きになれない。

旬だってそれをわかってるくせに、なんで毎回しつこく誘ってくるんだ……


俺の好みは白いワンピースが似合う子で風に吹かれたら飛びそうなくらい儚げで影があって……それでいて芯のある凛とした子。

そんなのいないって?

目立たないだけで学年に一人はいるんだよ。


そんな子がいたらガンガンアタックするんだけどな〜。



「おいっ圭介。部室こっちだぞ。」

「あっ…悪ぃ。」


妄想にふけってたらあらぬ方向に足が向いていた。

いけないいけないと思いながらふと、中庭に座っている子に目がいった。


噴水の前でスケッチブックに向かって絵を描いている。

美術部だろうか……

キラキラとした木漏れ日の下で絵を描く彼女の姿は、それ自体が美しい絵画のように見えた。



「あ〜圭介が好きそうなタイプだな。」



立ち止まって見とれている俺に旬がちゃちゃを入れてきた。

まあでも…確かに俺のタイプなんだよな……

髪の毛が長くてちっちゃくて、とても大人しそうなタイプの女の子だった。

あんな子、この学校にいたんだ。

近付いて襟に付いてあるピンバッジの色を確認したら俺と同じ一年生だった。



「何描いてるの?」



思わず声を掛けてしまった。

彼女はビクッと驚いてから慌ててスケッチブックを抱きかかえた。


「見せるようなものじゃないですっ。」


そう言うと一気に耳まで真っ赤になった。

別に裸を見せてと言ったわけでもないのに、ものすごく慌てている。

そのまま画材をかき集めて走って行ってしまった。



「圭介…まさか卑猥な言葉でも吐いたのか?」

「んなわけあるかっ!」



彼女の純真な恥ずかしがりように、なんだかこっちまで照れてしまった。


ちきしょう…なんだよあれ……

すっごく可愛い反応じゃないか──────





その夜はその子のことが頭にチラついて離れなかった。




















「旬、昨日の子ってさあ……」

「俺、今忙しい。」


旬は朝っぱらからメールを打ちまくっていた。

合コンで知り合った子全員と頻繁にメールのやり取りをしてるのだ。

こいつはこういう努力をもっと勉強とか部活に向けたらいいのに。



「昨日の子ならD組の真奈まなちゃんだぜ。」

「マジで?」


さすが旬。こういうところだけは役に立つ。

真奈ちゃんか……見た目にぴったりなステキな名前だ。


さっそくそのクラスを覗くと、壁際の席で真奈ちゃんは本を読んでいた。

小さな彼女が座るといつも使ってる机が大きく見える。



真奈ちゃんは本を机に置くと、悲し気にため息を付いた……




「何読んでるの?」



俺が話し掛けると彼女はまたビクッと驚いた。


「ごめんね昨日から…ちょっと気になったから。」


また逃げられたらいやなので、俺は彼女を壁に挟むようにして椅子を置いて腰掛けた。

また顔が耳まで赤くなっている。

この反応……すっごくソソられる。


「小説?」


俺が本を覗き込もうとしたらまた慌てて隠した。


「……現実世界の不条理な仕打ちについて書かれた本…です……」

めっちゃ難しそうな本だ。


「悲しい話なの?ちょっと泣いてたよね?」


泣いてなどはいなかったのだが、彼女はヤダっと言って長い袖で目をゴシゴシとこすった。

その仕草もとても可愛らしくてドキっとしてしまった。



やっぱりこの子良いな……────



ホームルームが始まるチャイムが鳴った。

ちぇっ、もうちょっと話したかったのに。



「またね。真奈ちゃん。」















真奈ちゃんのことを考えると胸の奥がキュンと熱くなる。

これってやっぱあれだよな?


「俺……真奈ちゃんに恋しちゃったかも。」

「はっっや〜!昨日会ったばっかだろ?」


数打ちゃ当たるってメールやってる旬には言われたくない。


「気をつけろよ〜圭介は好きになったらグイグイいくから。いつもそれで失敗してるだろ?」



また今日も中庭で絵を描いているのかな。

無理矢理見たらどんだけ真っ赤になるのかな。

逃げられないようにギュってしたら怒るかな。




「おい圭介……俺の忠告聞こえてる?」

















部活の後、中庭に彼女はいなかった……


「俺の真奈ちゃんが……」

「もう彼氏気取りかよ。キモイな。」


がっくりとうなだれる俺に旬がひどいことを言う。



「あっ……」


旬が驚きの声をあげた。

見ると校門のところで真奈ちゃんが見知らぬ男と二人で並んで歩いていた。

一緒に帰るところだろうか……

男は茶髪でパーマでピアスをしている、とてもチャラい感じのする野郎だった。


「あの人確か二年生だわ。超モテモテで女ったらしで有名な人。」


そんな奴となんで真奈ちゃんが……

真奈ちゃんは男に向かって何かを言い、気安く肩をパシっと叩いた。

男も真奈ちゃんの肩に手を回し、耳元で何かをささやいている。

どう見ても仲の良い恋人同士の雰囲気である……


ウソだろ……




「昨日出会って今日の朝好きかもってなって、放課後には失恋か…はっっっや〜。」



旬……口に出して言わなくていい。

マジか……マジなのか………





「ああでも、圭介にもチャンスあるかもよ?」




旬に言われて再び見てみると

二人は何やらもめているような様子だった─────





















【真奈ちゃんからの視点】




────四月。


新たな出会いに胸が踊り、心華やぐ希望の季節。

そんな中で私はど〜んよりと沈みに沈みきっていた。

この学校に入学するのだけは避けたかったのに。

結局は逃れられない運命なのだろうか……


廊下の向こうから騒がしい一団が近付いてきた。


「真っ奈──!」


はあ……さっそく来やがった。

私のクラスには死んでも来るなってあれだけ釘をさしておいたのに、聞きゃあしない。


「なあ、シャツのボタン取れたから縫って。」


別にボタンの一つや二つ取れたからって今すぐ縫う必要はないだろうに。

なんなら全裸で歩けってんだ。


「あとさあ、今日ハンバーグが食べたい。」


知るかよ。今日は野菜炒めって決まってるんだよ。

廊下の窓に肘を掛けながら話すその姿に、クラスの女子がきゃあきゃあと騒ぎ出した。

そうね、こいつ顔だけは無駄に良いもんね。


「カッコイイ〜真奈ちゃんの彼氏?」


……って聞くよね。

もうこれ中学校の時と同じパターン。

あの生活をまた高校でも繰り返すのかと思うと心底うんざりする。


「俺、和真かずま。真奈の彼氏で一緒に住んでま〜すっ。」

「ちっがーうっ!こいつ私のクソ兄貴っ!みんな近づいちゃ駄目よ!一瞬でヤラレちゃうから!!」



入学二日目にしてクソとかヤラレるとか大声で叫んでしまった……

クラスのみんなが静まり返る……




私の一つ上の兄貴は超女好きだ。

まったくもって節操がない猿だ。

中学校の頃、何度私の友達が泣かされたことだろう……

その度に妹である私は謝り、肩身の狭い思いをしたのだ。

今日だって私に用事があるふりをして、クラスの女の子達を物色しにきたに違いない。



「おおっこの子が和真の妹?かっわい〜。」

「全然似てねえじゃん。妹は小動物系だなっ。」

「ねえねえ。和真の小さい頃の写真見してよ〜。」

「あんさあ、和真ってさあ……」



そしてなぜだかこの兄貴は男女問わず人気がある。

一体何人引き連れてきてんだ……

私はいつも和真の妹だとジロジロ見られて噂される。

目立ちたくないのに……常に動物園のパンダ状態だ。



「てめえら妹に手え出したら許さねえからなっ。」


どの口がそんなふざけたことを言ってんだ?

私はこのクソ兄貴に、今度友達に手を出したら殺すと念を押しておいた。



















「じゃあみんな、校内の好きなところで風景画を描いてみてね〜。」


今日は風景画か……

友達に付き合って美術部に入ったものの、私、あんまり絵が上手じゃないんだよね……

とりあえず私にも描けそうな簡単なものを探して校内をウロウロと歩いてみた。

この噴水の中で泳いでいる鯉は風景画に入るのだろうか?

魚なら描けそうなうな気がするんだけど……




しばらくスケッチブックに向かって奮闘していると、イチャイチャと歩く恋人同士が校舎から出てくるのが見えた。

それは私の兄貴で、相手は私がクラスで仲良くしてるチカちゃんだった。



あんのっクソ兄貴─────っ!!




こないだあんだけ言ったのにもうこれかよ!

なんで来るもの拒まずで全部OKしちゃうかなあっ?

節操がないにもほどがあるっ!

どうせすぐ別れるくせにっ………!!

鉛筆を握る手に力がこもった。




「何描いてるの?」



腹が立ち過ぎて人が近くにきていることに全く気付けなかった。

サッカーボールを持った男子生徒が目の前に立っている……

私は反射的にスケッチブックを体で隠した。


「見せるようなものじゃないですっ。」


こんな落書きを他人に見られるわけにはいかないっ。

クソ兄貴に腹が立った私はせっかく描いた鯉の上に

『殺す!!』

とデカデカと書き殴ってしまったのだ。


サッカー部がさらに近付いてきたので、慌てて画材を拾い集めて逃げた。



やばいやばいっこんな絵を見られたら、私は三年間ずっと鯉に殺害予告をしたサイコパス女と噂されるところだった。


















家に上機嫌で帰ってきた兄貴に、無駄だと思いながらも問いただしてみた。


「だってチカちゃん胸でかいじゃん。」


悪びれもなく兄貴がいう……

いつもこうだ。注意するこっちが頭が痛くなってくる。


「それより小遣いくれない?チカちゃんと明日の放課後デートするんだ〜。」


渡すと思っているのか?図々しいにもほどがある。

ちょうだいと手の平を向けてくる兄貴を軽く無視し、私は晩ご飯の用意に取り掛かった。


「和真もチカちゃんか。お父さんも今付き合ってる子チカちゃんて言うんだ。」

「おお親父、気が合うねえ。」




私の家は母親が五年前に亡くなっている。

それ以来家事の大半は私がこなしている。中途半端に手伝われると段取りが狂ってイラッとくるからだ。

お金の管理も、無駄遣いばかりするこの男共には任せられないので私が握っている。


二人は今まで付き合った女の名前で他に被ってるのがないかを言い合い、盛り上がっていた。

そう…うちには猿が二匹いる。

私は母のお仏壇にご飯を供え、この二人に天罰をと手を合わせた。



「ちなみにお父さんはマナって子とも付き合ったことがある。」

「えーっ!真奈と同じ名前じゃん!俺、さすがにそれは無理だわ〜勃たねえ。」



滅びろ、猿ども!



お金貯めて良い大学に行って良い会社に務めて、一刻も早く一人暮らしがしたいっ。





その為には節約、節約あるのみ────!



















こんなペースじゃ足りないよな……


私は教室の窓際の席で家計簿とにらめっこをしていた。

日本の大学の学費って高すぎるよね。


兄貴…俺の分は奨学金借りるから気にするなって言うんだけどそうはいかない。

兄貴って私生活はだらしないんだけど頭は良いんだよね。

学費の安い国公立狙ってるみたいだし。

でもそうなると予備校に通わせてあげたいんだよな……


う〜ん…こことここと、あとは食費を削ったらなんとかなるかな。



「何読んでるの?」



サッカー部がまた話しかけてきた。

家計簿見ながらお金のことで悩んでただなんて、そんなしみったれたことを言えるわけがない。


「ごめんね昨日から…ちょっと気になったから。」


サッカー部は小説?と言いながらさらに詰め寄ってきた。

ヤバい…なんとか誤魔化さないと……


「現実世界の不条理な仕打ちについて書かれた本…です……」


ウソが苦手な私は家計簿をこのように例えてみた。



「悲しい話なの?ちょっと泣いてたよね?」


マジか…家計簿見て泣くなんて。

なんて可愛そうな女子高生なんだ…ああヤダヤダ。

チャイムが鳴り、サッカー部は椅子から立ち上がった。



「またね。真奈ちゃん。」



思わずペコリと頭を下げたけど……

うん?私あいつと知り合いだったっけ?





それより今日は近所のスーパーの月に一度の超出血大サービスの特売日だっ。

明るい未来のために、気合いを入れて頑張るぞっ!



















「お願いだから付き合ってよ!」

「無理だよ〜今日はナナちゃんと放課後デートって言ったじゃん。」


あのスーパーはおひとり様一個という商品が多い。

兄貴がいればお得なのが2倍買えるのにっ。


「じゃあチカも一緒に来ればいいじゃん。」

この際3倍にしてしまおう。


「どこの世界に初デートにスーパーの大売り出しに行くカップルがいるんだよ?」


兄貴に常識のことをとやかく言われたくはない。

兄貴は私の肩を掴むと申し訳なさそうに呟いた。


「別の日ならいいけど今日は無理。ごめんね真奈、美味しいご飯期待してる。」


ウインクをしてチカが待っている方へと走っていった。

チッ、逃げられたか……






「真奈ちゃん!」





名前を呼ばれ、振り返るとあのサッカー部がいた。












【再び圭介からの視点】



真奈ちゃんはどうやらあの男に振られたようだ。

男は目の前で他の女のもとへと去っていった。


なんてひどいことを─────!




「真奈ちゃん!」





思わず走っていって彼女に声を掛けてしまった。

真奈ちゃんが悲しげな瞳で俺を見つめてくる……

そんなにあの男のことが好きだったのか?


俺なら……



「……あんな男止めとけよ……」



俺ならそんな顔させやしないのにっ……

傷付けたりなんか絶対しないのにっ───────





「俺ならいつでも付き合うからっ!」

















──────1時間後。





俺の隣には笑顔の真奈ちゃんがいた。



「助かっちゃった〜。これでお母さんに美味しい煮物でも作ってもらってね。じゃあね。」




なんで……



なんで俺は今、大根を持っているんだ…………











この後真奈ちゃんは圭介からの付き合うという本当の意味を知り、真っ赤になって謝るのでした。









めでたし。めでたし。






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