敵襲
さて、どうしたものか。
現在俺は次の手を考えながら、この目の前の巨大狼と睨み合っていた。
ちなみに、<神眼>は常に発動させている。《ステータス》を見ると、全ての能力値が一秒間に一ずつ上昇していた。
多少少なく感じるが、視るだけで強くなると考えたらチート以外の何物でもないのだ。
しかし、ベアウルフの能力値は優に2000を越えているのに対して、俺の能力値は100以下がほとんどだ。この差がどう身体能力に影響を及ぼすのか分からないが、俺の方が圧倒的劣性なのには変わりない。
とりあえず今は極力動かず、できるだけ<神眼>で相手の能力値を奪うことを最優先に考えよう。
その時、ベアウルフが俺の視界の中から一瞬で姿を消した。
「はぁ!?」
これ以上ないくらい動揺した俺は、急いで周囲を見渡したが、ベアウルフの巨体の影も形も確認できなかった。
逃げたか? いや、それはない。
俺を発見した時のベアウルフは、大量のヨダレを垂らしていた。恐らく飢餓状態だと思われる。そんな状態で出会った獲物をみすみす逃したりはしないだろう。そんな事をしていたら自然界では生きていけないのだ。
とりあえず落ち着こう。
そう思い、呼吸を整えゆっくりと目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
少しの変化も見逃さない。五感を研ぎ澄ませ。ミスれば死ぬ。死ぬ気で集中力を研ぎ澄ませろ。
「・・・・・・殺気!!?」
上後方からの一瞬の殺気を感じ、反射的にその場から跳び退いた次の瞬間、目にも止まらぬ速さで何かが降ってきた。辛うじて避ける事はできたが、地割れを起こす程の衝撃波により、俺の体は数メートル先まで吹き飛ばされた。
降ってきたのはもちろんベアウルフだ。視界の中から音もなく上へ移動した事を考えると、何らかの移動系のスキルを使ったのだろう。なんとか受け身が間に合った為、怪我はせずに済んだ。
そのまま、位置を悟らせないように、すぐ近くの木の裏に隠れた。
どうやら相手の俺の査定は『餌』という事になったようだ。大変不名誉ではあるが、仕方がない。躊躇なく俺に攻撃を仕掛けてきたから、ほぼ間違いないだろう。
読み合いは終了だ。
これからは戦闘、いや、一方的な虐殺が始まる。<神眼>を発動させてから数分が経ったからといって、数千の差があるステータス値がそう簡単に裏返るはずもない。今の状況で俺が生き残る可能性は限りなくゼロに近いだろう。
一歩間違えれば、間違いなく死ぬ。
手足の震えが止まらない。冷や汗が頬を伝うのが分かる。ここまでの緊張感を味わったのは生まれて初めてである。頭の中には両親の姿が思い浮かんでいた。
これが走馬灯・・・・・・いや、待てよ。両親の後方に何かいる。あれは・・・・・・ジジイ!? 白い空間にいた、俺をこの世界に転生させた張本人。俺をこの森の中に放り込んだくそジジイ。つまり今俺が死にかけているのは間接的にあいつのせいだとも言える。
そう考えるとなんだか無償に腹が立ってきた。先程の緊張が嘘みたいにイライラしてきた。今死んだらアイツの事を殴れないじゃないか。そんなことは、断じて、絶対に許容できない。できるはずもない。
絶対に生き残って、あいつををぶん殴ってやる! こんなところで死んでたまるか!
どんな手を使ってでも生き残ってやる。
とは言ったものの、戦力差が圧倒的なのには変わりない。何か武器のような物があれば、生存確率は少なからず上昇するだろう。
そう思い辺りを見渡していると、近くの木に巻き付いている頑丈そうなツルを見つけた。それをいくつか引き抜き、それを編んで一本の太い綱を作って更に強度を高める。
ベアウルフの様子を伺うと、ツルを引き抜く時に生じた微かな音で気づかれたのか、ゆっくりとこちらに近づいて来ていた。作業にはまだ時間がかかるな。予定では多めにとって5メートル程のやつを作っておきたい所であるな。
あとは・・・・・・。
その時、轟音と共に俺の隠れていた木がベアウルフによってなぎ倒された。
衝撃で俺の体も吹き飛ばされたが、受け身とほぼ同時に駆け出す。あえて大型のベアウルフの真横を通って目で追いづらくする。気休めぐらいにしかならないと思うが。
そのまま近くの木に、近くの木にと移動を重ねてベアウルフから距離を取る。これで撒ければ万々歳なんだが、そんな都合のいい事はないようだ。今も俺の方向を静かに見つめていた。
狩りを楽しんでいるのか? それとも俺が攻撃を避けるものだから、少なからず警戒しているのか? どちらにしても、一撃で勝敗が決まらないのはこちらとしても大歓迎だ。
逃げては作業、逃げては作業を繰り返し、間一髪の所での命拾いを何度も体験した後、やっとの思いで長さ6メートル、直径10センチにも及ぶ巨大な綱が完成した。仕上げに、片端に木の破片を組み込む。
それを《アイテムポーチ》にしまって、ベアウルフの様子を伺った。相も変わらず、俺の居場所が筒抜けであるかのようにゆっくりとこちらに向かって来ている。
この世界では分からないが、地球の狼の嗅覚は人間の数百倍だと聞いたことがある。それに、通常狼は群れで生活し、勝てないと判断したら一目散に狩りを中断するくらいの臆病な習性を持つという。
この世界も地球と同じだったとしたら、ベアウルフは攻撃を避け続ける俺を、狩れると思っているらしい。諦めてくれたらこれ以上の喜びはないんだが・・・・・・ま、そんな事はないんだろうけど。
ともかく綱は完成した。それに作戦もある程度固まった。成功する確率は限りなく低いが、やらなきゃただ食い殺されるだけだ。
そう体に鞭を打つ勢いで緊張を圧し殺す。勝負は一瞬、それで俺の生死が分かれる。
もし死んだら、あのジジイに一発キツいのをお見舞いしてやるか。
ベアウルフがこれまでのように、右前足を振り上げた。
次の瞬間、木の裏から飛び出し、地に着いている左前足に先程の綱を巻き付けると同時に、探索の時に脱いだTシャツに石を積めておいた物を、ベアウルフの目に向かって投げつけた。どんな生き物であろうと視界が奪われれば、一瞬の隙が生まれる。その一瞬を見逃さず、綱を全力の力を込めて引く。
狼に限らず、四足歩行の動物は重心が前方の方に寄っている。前足を封じてしまえば、そう簡単には打開はできないのだ。
バランスを崩したベアウルフは、そのまま横に倒れた。
こんな巨体の足を上手くすくえるか不安だったが、血管がはち切れんばかりの力を込めたからか、なんとか転ばす事に成功した。手の皮も剥けている。
痛みに耐えつつ《アイテムポーチ》から、最初に襲われた時に取っていた木の破片を取りだし、ベアウルフに飛び掛かった。
と同時に、その木の破片でベアウルフの横っ腹に突き刺した。
「ぉぉぉぉおああおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉんん!!!」
ベアウルフの爆発音のような悲鳴が響きわたった。生物には共通の急所が存在する。それが喉と腹であるといわれている。その他にも、野性動物には目や鼻等も効果があるらしい。狩りができなくなるからだ。
痛みに暴れるベアウルフに振り落とされないように、反対の手でベアウルフの毛を掴む。
皮の剥けた手に、野生動物特有の荒い毛がめり込み痛みが増す。必死に痛みに耐えながら、まるで、何かに取り憑かれたかのように攻撃を続けた。
手の感覚がなくなってきても掴むのを止めず、木の破片が手の平にめり込んできたとしても、刺す事を止めなかった。
その後しばらくして・・・・・・ベアウルフが動きを止めた。
「はぁ、はぁ・・・・・・か、勝った・・・・・・のか?」
息も絶え絶えの状態でベアウルフを見下げた。辺りには血が飛び散り、生臭いドロッとした異臭が鼻をつつく。両手の感覚がほぼなく、血が固まってて上手く握れない。
見るからに満身創痍な状態だが、勝ったのだ。絶望的かに思えた戦力差を相手に、勝利したのだ。
だが、俺の心は勝利した事に対しての喜びではなく、とてつもない緊張感から解放された事による安堵の感情が急速に沸き上がってきていた。と同時に、先程までの疲れが今になってドッときた。とてつもない睡魔と血液不足による貧血の症状が疲労しきった体を襲う。頭がクラクラして今にも倒れそうだ。
なんとか意識を保ちつつ、ステータス画面を開いた。何分経ったかは分からないが、どこまでステータス値が上がっているのかが単純に気になるのだ。
ステータス値は全体的に1000程上昇していた。しかし、ここである一つの疑問が生まれた。
ステータス値が今も現在進行形で上昇を続けているのだ。
<神眼>は相手が死んでからも発動できるのだろうか。そうだったとしたら、それこそチート能力だ。そう思い、もう一度<神眼>の説明ウィンドウを開いた。
固有スキル<神眼>
相手の《ステータス》を『視る』ことができると同時に、相手の能力値を自分に上乗せすることが可能である。上乗せできる能力値は『視る』時間と比例し、上限は相手の能力値の最大値とする。但し、この能力は生物に対してのみ有効。
死体について触れている文章はないな。
とにかく、今はどうにかして助けを呼ばないと・・・・・・血が少なすぎる。このままじゃ折角生き残ったって言っても、出血多量でいずれ死ぬ。だとしても、数時間歩き回って人の痕跡すら見つけられなかったのに、今すぐ人を見つける事ができるはずがない。
・・・・・・詰んだか。
そう思わずにはいられなかった。
そして俺は、未だに覚束ない足取りで近くの木の側までやって来て、倒れるように座り込んだ。ボーッとする頭で空を見上げ、時間がどんどん過ぎていった。
もう何も考えられない。全て忘れて楽になりたい。体に血液が十分循環していないのを感じる。血液が足りていない為、体温も徐々に下がって・・・・・・あれ?
その時俺は、ある違和感を覚えた。
人間は身体中に張り巡らされている血管に血液が流れることで、体温を保っている。その血液が不足していると、勿論身体からは体温が奪われ酸素が十分に循環しない為、死に至る・・・・・・はずなのだが、全く寒気を感じない。むしろ暑いのだ。
辺りの気温が信じられない程上昇していた。汗が噴き出て息苦しささえ覚える。
「一体、どうなって・・・・・・」
次の瞬間、俺の体はとてつもない熱と、そこから生じる爆風に巻き込まれた。