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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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8.幼女、多勢に無勢

よろしくお願いします。

※本日12時にも更新しております。ご注意ください。

だいが後ろにおっこっちゃい(いるのか)知らんばってんが、こがん状況になっぎ収集つかんやろ。親分に詫びて、腹ば切らんばいかんとやなかね」

「何を馬鹿なことを」

 兵士の血が付いたナイフを揺らし、男は鼻で笑った。

「目的のために、どんな犠牲も手段も問わないってのが、俺たちとスポンサーの約束なんだよ」


 話している間に、周囲には先ほどの男たちがぐるりと取り囲んできた。

「とはいえ、面倒ごとが増えるのは俺も不本意だ。さっさと終わらせてやろう!」

 真正面から、男が迫る。

 右手に剣を提げたまま、ヴィーは防御の姿勢だけ見せながら後ろへとさがった。

 ナイフの切っ先が剣の腹をかすめ、火花が迸る。


「てめぇら、逃がすな!」

 命令が飛び、ヴィーの逃げ道を塞ぐように男たちが立ちはだかり、剣を振るう。

「うあぁ、面倒臭か!」

 一人の脛を蹴り飛ばし、よろけたところで腰に巻かれた紐を後ろに引く。

 尻もちをついた相手の首に剣を当てて、リーダー格の男へと視線を向けた。


「……退きんしゃい(ひきなさい)

「人質を取ったつもりか?」

 男が顎で指示を出すと、部下の一人が大きく振りかぶり、迷うことなく剣を投げつけてきた。

「なんば考えとっとね!?」


 素早く離れたことでヴィーは難を逃れたが、人質にしていた男は胸を貫かれて即死したようだ。

 たっぷりと血を流してぴくぴくと痙攣している身体から、ゆっくりと剣が引き抜かれた。

「はぁーっ……」

 ゆっくりと息を吐くことで、ヴィーは自分を落ち着かせる。戦場で敵に囲まれる状況は未経験ではないが、二度とやりたくないと思っていた。


「銃の無か分、マシばってんが。……おおっと!」

 背後からの攻撃を、足音で判断して辛うじて避ける。

 見た目など気にせず、地面を転がって可能な限り距離を取る。多勢に囲まれた時、距離を詰められるとそれだけ不利になるのだ。

「腹ば括らんばいかんごたっ(ようだ)ね!」


 手強いと感じたリーダーの男に向かっていくと見せかけて、一番近くに来ていた右手側の男に向けてよろけるような格好で迫る。

「うおっ!?」

 男の得物は鉈のような武器だった。

 突然近づいてきたヴィーに向けて大上段から振り下ろされたそれを、ヴィーは潜るように身体を密着させた。


「こいが昔の身体ない、投げ飛ばしてやっ(やる)ところばってん!」

 非力な身体では、できることは限られる。

 限られるが、何もできないわけではない。

「ふっ!」

「あぐっ……!?」


 鉈を持った男は最初、自分の身に何が起きたかわからなかった。鉈が地面に落ちて、指先が熱いと感じてから数秒して、自分の指が半ばから全て落ちていることに気づく。

「うわあああ!?」

「流石の斬れ味ばい」

 指を狙うのは、剣術の技術の中に存在する。手甲をしていても露出している可能性が高く、相手よりリーチが短くても届くのだ。


 手を抱えて転がる相手の目に剣を突っ込んで止めを刺し、ヴィーは素早く相手を乗り越えて包囲を逃れた。

 だが、まだ逃げ帰るには敵が多すぎた。

 大人四人相手に走って逃げられるとはヴィーも考えていない。

「武士道というは……」


 唱えるは、ヴィーの、いや、央一郎であったころからの信条。

「死ぬことと見つけたり」

 死の中に身を置くほどの集中こそが、死線を越える。

 剣を肩に抱えるように構えて、別の一人に迫る。

「おおおおお!」


「やらせるか!」

 両手剣で受け止めた相手に対し、見様見真似の示現流もどきで押しに押しまくるかのように見せていたヴィーは、相手が力任せに押し返してきたところで、不意に力を抜いた。

「あ?」

 文字通り、暖簾に腕押しのごとく力を流された相手は、勢い余って前に出る。

 そうなれば、後は簡単だ。


「あああ……」

 横一文字に腹を切り裂かれた男は、力なく声を漏らしながら膝を突いた。このまま、ゆっくり死んでいくだろうことは間違いない。

「こんなガキに良いようにやられやがって。もういい。お前らは下がってろ」

「一騎打ちばすっ(する)つもりね」


 残った二人の部下を下がらせた男は、左手に両手剣、右手にナイフを掴んで前に突き出す様に構えた。

「ガキの遊びに付き合うのは終わりだ。もう殺す」

そがん(そんな)簡単にゃいかんばい」

 対して、正眼に構えたヴィーは強がって見せているが、内心体力に不安があった。


 体格に勝る相手に対し、敏捷さと身体の小ささでどうにか渡り合ってきた分、体力はかなり削られている。

 肩で息をしないように押さえている余裕がまだ残っているのが奇跡的な程だ。

「どうした? 来ないのか?」

「そっちこそ。怖かとね?」


 話を伸ばして回復を図りながら、相手はかなり腕が立つとヴィーは見た。

 二刀は難しく、人によっては否定的な意見を持っているが、使いこなす相手になると非常に厄介であるのを彼女は知っている。

「せいっ!」

 踏み込みから掬い上げるような突きを入れるが、左手の剣を添えるように当てられて逸らされ、同時にナイフの突きがヴィーの眼前に迫った。


 が、刃は額に触れる程度で止まる。

 もし、踏み込みがもっと早ければ、避けられなかっただろう。

「頭に穴の開くところやった」

「探りを入れたな? 小さいナリで、妙に経験があるような動きをする。お前、何者だ?」

「名前は、ヴィー。他に話すべきこってん(ことなど)無か」


 再び、二人の間に沈黙が訪れる。

 それを破ったのは、二人ではなく、男の部下でもない、第三者だ。

「貴様ら! 何をしている!」

 腹に響くような大音声の誰何に対して、部下たちは視線を向けたが、ヴィーと彼女の相手は違った。


 声に押されるように互いが同時に接近し、武器を叩きつける。

 真正面から顔面を叩きに行ったヴィーの剣を、×字に組んだ男の武器が止めた。

「弱いっ!」

「自分でんわかっとっくさ(わかっている)!」

 押し返されると同時に首を斬りに来た剣をしゃがんで躱し、上から叩きつけられたナイフを転んで避ける。


 転がりついでに脛を蹴るも、足を浮かせることで流された。

 再び対峙したとき、ヴィーの方は完全に息が上がっていたが、男の方は余裕がある。

「いい加減にせんか!」

 怒声と共に二人の間に割り込んできたのは、まるで戦場へ赴くかのように重厚な鎧を着こんだ騎士だった。


「何をやっているのか知らんが、落ち着いて……」

 大柄で髭面の騎士は、見た目にたがわぬ低く響く声で制止の声を上げたが、ヴィーも男も、戦闘の緊張を緩めてはいない。

 その証拠に、騎士の肩越しに男がナイフを投擲してきた。

「おい、貴様!」


 自分を無視するかのように戦闘が続いたことに騎士が戸惑いの声を上げるのを無視して、ヴィーはナイフを潜り抜け、騎士の足元を通り抜けるように頭から飛び込んだ。

 地面に左肩から落ちると同時に、ヴィーの右手は、男の真下から剣を投げつけていた。

「せいっ!」

 辛うじて反応した男は、避けたかに見えた。


 だが、その頬に一筋の傷が入る。

「……やるな。それにオディロンが出て来たなら、面倒だ。退くぞ」

「ワシを知っているのか? お前は何者だ!」

 髭面の騎士はオディロンと言うらしい。男は騎士の問いには答えずに、ヴィーを一瞥したかと思うと、路地へと駆け込み、消えて行った。


 部下たちも、後を追って去っていく。

「うぬぅ、ワシだけでは追えぬ。で、お前は大丈夫か?」

 大の字になって地面に転がっているヴィーを見下ろし、オディロンは兜を脱いで短く刈りこんだ頭を掻いた。

「あー、助かったばい。オデロンとやら」


「名前を間違えるとは失礼な。ワシはオディロン。王国騎士にして“岩壁”の二つ名を与えられた……ん?」

 胸を張って自己紹介をしていたオディロンだが、あまりに反応が薄い幼女の様子が気になって見下ろしてみると、彼女は目をつぶって完全に聞き流していた。

 疲労の極みで、気絶に近いほど深く眠っているようだ。


「ったく、どいつもこいつもワシを無視しおって」

 軽いヴィーの身体を抱えあげたオディロンは、その腰に空の鞘があるのを見つけ、先ほど彼女が投げていた剣のことを思い出した。

「……この娘の物、か」

 見回すと、鞘の長さにぴったりの、片刃の剣が転がっていた。


 乱暴な扱いをしていたにも関わらず、刀身は刃こぼれ一つ無い。

「見事な剣だが……柄は残念な作りだのう。なんだこれは」

「それは、国王陛下から送られた剣です。まったく、まさか魔石を外してしまうとは思いませんでしたよ……」

「また誰か出てきたか……お前さんは誰だ?」


 剣を拾い上げてヴィーの鞘に差し入れたオディロンの前に、一人の女性が立っていた。

 見た目はありふれた町娘のようだが、切れ長の目は油断なく周囲を見ており、すらりとまっすぐに立っている姿は、オディロンから見ても何かしらの訓練を受けたものだとわかる。

「わたしは近衛騎士隊所属のブリジットです。その子……ヴィオレーヌ様の監視役を仰せつかっております」


「町で民衆に混じって作戦を遂行するのを専門とする近衛騎士がいるとは、噂には聞いたことはあるが、実在したか」

 懐から王国所属の証明となる紋章付きのナイフを見せられたオディロンは、珍しい物を見たと頷く。

「それで、この娘が監視対象で、尚且つ陛下からの贈り物を持っているというのはわかったが、状況がわからん」


 近衛と聞いても態度が変わらないオディロンに、ブリジットは肩を竦めた。

「お恥ずかしい話ですが、見失っていたのです。陛下はこの子に興味を持たれているようですが、わたしはこれ以上の話を知りませんし、話せません」

 魔石の反応が動いていないのにヴィーが宿を出たところで、別の者が慌てて追いかけたが、彼女が町の雑踏に紛れた際に見失ったらしい。


「ふむ……では、この娘の身柄はそちらに渡しておくべきなのか?」

「……わたしには判断できません。手出しは無用と厳命されておりますし」

 今もオディロンに声をかけるかどうか迷ったブリジットだったが、ヴィーが気絶したのをこれ幸いと、彼女の身柄について確認しておこうと思ったらしい。

「わたしが何も言わなければ、あなたは彼女をどうするつもりだったのですか?」


 連れていく場所と待遇を確認しておけば、差し当たって報告は上げられる。

「通常の対応であれば、ワシはこの子を詰所に休ませるか医者に診せるかして、起きたら身分を確認することになるだろうな。それに、この娘は兵士たちも探している」

「気付いていたのですか」

「剣を下げた銀髪の娘……目立たない方が難しかろう?」


 ブリジットは納得しつつ今後のことを考えていたが、やはり結論は出なかった。

「今のところはあなたにお任せします。監視は続けますが、この件は当人には秘密にしておくようにお願いいたします。陛下の命令によるものです」

「権威をそのように軽々しく口にするものではない。言われずともわかっておる。……しかし、この娘は一体なんなのだ?」


 先ほど目撃した戦闘はかなり短時間のやり取りではあったが、普通の幼女ができるような動きではないし、剣を投げるのは騎士や兵士の訓練を受けただけの者が発想することではない。

「まるで戦場にでもいたかのような思い切りのある動きだ。あのような戦いぶり、騎士隊の若手連中の模擬戦でも、久しく見ていない」


「……お教えできませんし、わたしは知りません」

 同じ言葉を繰り返したブリジットは、「任せましたよ」との言葉を残して、再び集まり始めた民衆の中に消えて行った。

 入れ替わるように、同僚の騎士たちや兵士がようやく到着し始めた。

「一体、何が起きているのだ?」


 娘が起きたら、聞かねばならないことが沢山あると考えながら、オディロンは兵士たちの死体処理や、緊急時と判断して門を閉めていた騎士たちへの連絡を同僚に任せ、規定通りに自分の詰所へと戻っていった。


「……あれ?」

 その頃、宿に居たコレットはようやく目を覚ました。

ありがとうございました。

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