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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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7.幼女、元気になる

よろしくお願いします。

「……(おも)か」

 寝苦しい重みを感じてヴィーが目を覚ますと、見覚えのない室内で、そこそこ上質で大きなベッドの上だった。

「ああ、旅籠ば頼んだとやったね」

 ヴィーの平坦な胸を枕にするようにしてしがみついているコレットの寝顔を見て、自分が体力の限界を迎えて眠ってしまったことを思い出した。


「運んでくいたばいね」

 ぽんぽん、とコレットの頭を軽く撫でたヴィーは、自分の体力の無さに嘆息していた。

「まだまだ小さか娘の身体やけん、しょんなかばってんね。しっかい鍛錬ばせんといかん」

 コレットを起こさないようにそっと身体を離してベッドを下りたヴィーは、自分が薄い下着一枚であることに気付いて、着替えを探す。


 テーブルの上に自分の服が畳んで置かれているのを見つけて、袖を通していく。

「ふふ、娘さんと一緒に寝るてん、久しぶりばってんが……」

 と、ベッドで寝返りをうっているコレットを見ると、ヴィーは女性というよりも娘か妹のようにしか感じられない。年齢の割に豊かな胸の彼女が薄着で眠っているのを見ても、男としての欲も湧いてこない。


「女になったけんね。寂しかばってんが……」

 かと言って、男に抱かれたいかというと、そういう気分も起きない。まだ子供だからなのか、中身が通算三十四歳の男だからなのかは不明だが。

「さて、こいからどがんすっか(どうするか)ばってんが」

 剣を抜いて、刃こぼれなどが無いかを改めて確認する。夜のうちは暗くて見えず、街中で抜いて調べるわけにもいかなかったのだ。


「うん、砥がんで良かごたっね。流石は近衛騎士隊長どのがくいなった(くれた)剣ばい」

 成長して腕の長さが変われば、この剣も短くなるだろう。そうなれば脇差として使うのも悪くない。

 たった一日と少しの間だが、ヴィーはすっかり気に入っていた。ただ一か所を除いて。

こい(これ)は、要らんね」


 柄頭に彫りこまれた装飾の中央にぴったりと収まっている宝石だけは、彼女の趣味とは合わなかった。

 前世は武闘派の侍で、生まれ変わって田舎の貴族育ちという、一応は上流階級で育って来た彼女だが、こと飾りや宝石というものに少しも興味がわかなかった。

「宝石てん(なんて)、食えもせんし、殴るにも使えんけんね」


 宝石の種類によっては非常に硬いのはヴィーも知っていたが、興味がない物には知識も伴わないもので、何が頑丈で何がそうではないかなど判別できない。

 どうすべきかしばらく考えていたが、結局は外してしまうことにした。

かんと(こういうの)は、女()子が持っとくとが良かろ」

 自分も女であることをしばしば忘れてしまう彼女は、一度通りに出て手頃な石くれを拾って部屋に戻ると、宝石を固定している金具を乱暴に殴りつけた。


こい(これ)で良か」

 ポロリと外れた宝石は想像以上に頑丈であり、石が何度当たっても傷一つ付かなかった。柄の金具はそうもいかずボロボロになったのだが、また石で叩いて平らに潰しておく。

「そのうち、金物屋どん(でも)訪ねて、整えて貰うぎ良かね」

 剣を腰に差し直し、抜き打ちの素振りをしてバランスを確認したヴィーは、満足げに頷いた。


 武器はその形状によって重心が異なる。

 重心が手元に近いほど取り扱いは楽になるが、その分振り回した時の打撃力は下がるし、速度に乗った攻撃はやり辛くなる。

 日本刀のバランスは全体の中間程度の位置にあり、ヴィーが貰った剣も同様の重心バランスだったのだが、宝石を外したことで若干切っ先側にずれた。


 これならば、非力なヴィーでも、腰からの回転を伝えれば充分な速度が出るだろう。

「力ん無かけん、今のうちはこいが良か」

 壊れた飾りなどは大して気にもならない。剣を操る邪魔にならなければ良いのだ。

「刀ば自慢しよった人たちのおったばってんが、戦んときは何にもならんやったけんね。最後になっぎ(なったら)誰んとか(誰のか)わからんとば拾うて使うごとなっとやけん」


 もちろん、剣が無くて良いとは彼女も言わない。ただ、こだわりは少ない。

「そいぎ、ちょっと出かきゅう(けよう)かね」

 石で剣を殴りつけている間にも目を覚まさなかったコレットの様子をそっと確認したヴィーは、彼女の鞄に宝石を放り込んだ。

 そして、幾ばくかの金貨も同じように入れておく。


「もし、おいが帰ってこんでもこいぐらい(これくらい)あっぎ(あれば)、しばらくは大丈夫やろう。運んでもろうて、ありがとうね」

 静かに扉を閉めたヴィーは、宿の主人に頼んで外から鍵をかけて貰った。

「腹の減っとろうけん、夕餉には美味かもんば食べさせてやって。おいは、帰ってくっこっちゃい(くるかどうか)わからんけん」


 心づけと合わせて多めの金を払い、宿を出たヴィーの目的地は王都の出入口だ。

 広い王都へ入る場所は複数あるのだが、概ね想像はつく。フォーコンプレ子爵領から来たということがわかっていれば、街道のどちら側から来たかがわかるし、それで出入りできる場所も絞れるからだ。

「地図ば描きながら遠回りしよった(していた)ない、わからんばってんね」


 あまり道を憶えるのが得意では無いヴィーにとって、道を憶えるだけでなく地図まで正確に描けるのは羨ましいとすら思えないほどの才能だった。

「コレットは、良か地図書きになっ(なる)ばい。そがん感じの人が、日ノ本にもおったね。……名前ば思い出せん」

 前世でも今生でも、あまり多くの場所を訪れていない彼にとって、地図を描くことはさておき、あちこちを見て回るという話は心が躍るものだった。


「良かねぇ、良かねぇ。土地の美味かもんば食うて、温泉どん入って、景勝地ば見てさるく(歩く)。羨ましか」

 問題が片付いたら、コレットに頼んで道中を共にするのも悪くないかも知れない。少なくとも、ちょっとした護衛くらいは出来るはずだ。

 そう考えると、未来に希望も出てくる。


「ちょっと、良かね?」

「なんだい、お嬢ちゃん」

 王都の広い道で迷っていては話は終わらぬとばかりに、ヴィーは兵の詰所に立ち寄って、フォーコンプレ子爵領からの道について尋ねることにした。

 詰所でぼんやりと座っていた青年兵士は、突然の来訪者に気軽に応える。


「フォーコンプレ子爵領は、どの門からが(ちか)かね?」

「フォーコンプレ? えーっと……」

 憶えてはいないようだが、王都の地図を広げて調べる手付は慣れているようだ。行商人や旅行者が比較的多い王都で詰所にいると、そうなるのだろう。

「あった。東の三番門から出ると一番近道になるよ。乗合馬車もそこから出ているけれど……お嬢ちゃん、一人で町を出るのはちょっと無理だよ?」


 心配そうに尋ねてくる青年は、きっと優しいのだろうとヴィーは感心して頷いた。

「心配せんで良かよ。門に行きたかだけで、外には出られんけん」

「うん。それなら安心だ」

 出られない、という言葉の意味を親からの言いつけだと理解したのだろう。身なりを見てそれなりに裕福な家の子だと察したのも有るかも知れない。


「そいぎね。ありがとう」

「気を付けて……って、うん?」

 見送った兵士は、ヴィーの姿が少し離れたところで彼女の背格好に何か既視感を覚えた。

 そして数秒後に「町で騒動を起こした重要参考人の幼女」の特徴である銀髪で剣を提げた姿だと思い出すのだが、その時にはもうヴィーの姿を見失った後だった。


「やりにっか(難い)

 識字率がそこまで高く無く、探している幼女が文字を読めるとは想定していなかったのか、堂々と詰所に貼り出されていた情報から自分が追われていることを知ったヴィーは、人混みに紛れて詰所を充分離れたところで大きく息を吐いた。

「早ぅ王都ば離れてのんびりしたかね。人の多してにぎやかかとは良かことばってんが、落ち着かんごとなってきた」


 教わった西の三番口に向かう。

 “ローランの門”とも呼ばれるその場所は、王都でも大きな出入口の一つだ。

 様々な目的で人が出入りしており、これから長い旅に出かける準備をしている者たちもいれば、旅を終えて疲れた身体と馬を引いて、とにかく眠る宿を探す者たちもいる。

 周辺の宿は比較的高価だが、兵士や騎士たちの目が厳しく光っていることもあり、コソ泥の類は比較的少なくて安全だとも言われていた。


 出入口辺りは、有事には兵たちが整列して守りを固めたり出撃をするための広場となっている。今は行き交う人々でごった返しているが。

 土産物屋や飯屋、宿などの呼び込みが声を上げて喧騒をより増している中、ヴィーは人混みを掻き分けるように歩き続けた。

「コレットていう茶色か髪の姉ちゃんば見たことなかね。一昨日に一人で来て泊まったはずばってんが」


 広場に面したいくつかの宿を回り、同じ言葉を繰り返し聞いていく。地道な捜査だ。

 コレットを連れて来れば良かったのだが、敵の誰かが監視している可能性もある。人混みの中で静かに近づいてくる相手から守りきるのは、戦場で戦っていたクチの彼女には難しい。

 何軒目だろうか。そろそろ陽が傾き始めた当たりで、ようやく目的の宿を見つけた。


「あの子の妹さんかい?」

 そう答えたのは気立ての良さそうなおばさんだったが、先ほどまでの笑顔がコレットの名を聞いてすぐに曇ってしまう。

「確かに、うちに泊まったんだよ。でも、二日目には帰ってこなくてね……」

 コレットが話していた通り、彼女は青年に声をかけられて、仕事を引き受けていたらしい。


「地図が上手に描けるし、場所も憶えていられるって自慢していてさ、女の子一人で大丈夫かと心配してたんだけれどねぇ……」

 口ぶりはコレットが犯罪に巻き込まれたと確定しているかのようで、ヴィーは首を傾げた。そうなったと判断する何かがあったのだろうか。

「仕事ば頼んだっちゅう兄ちゃんは?」

 それが、一番の目的だった。彼に聞けば、判るかも知れない。


「……死んだよ」

 幼い子供に教えるのは酷だと思って迷っていたのか他の客が嫌がると思ったのか、おばさんは声を低くして伝えてきた。

「今朝になって見つかったんだけれどね。近くの店の裏路地で殺されていたよ。どんな連中と付き合いがあったのかわからないけれど、あの分じゃコレットちゃんは……」


「場所ば教えてくれんね」

「えっ?」

 悲しむだろうと思った相手からさっくりと質問が飛んできて、おばさんは少し戸惑ったらしい。

「なんの場所? コレットちゃんは……」

「そっちはよか。そいよいた(それよりも)、兄ちゃんが死んどった場所ば」


 理解できないものを見る目で渋々教えてくれたおばさんに銀貨を一枚握らせ、ヴィーは堂々と宿を出て、その場所へと向かう。

「丁度良か」

 そこは、表の喧騒が聞こえてくるというのに、どこかうらぶれたような雰囲気の狭い通りだった。かび臭さが漂い、人の目も届かない、繁華街の死角だ。


 血を洗い流したらしい跡が生々しいその場所で、ヴィーは自分の周りに剣呑な空気がまとわりつき始めたのを感じている。

こがん(こんな)ところで剣ば抜くてん、何ば考えとっと」

 路地の奥から三人、そして繁華街の方からも三人。それぞれが武器を持ってヴィーを挟み撃ちの形にしていた。


「ここで殺された男のことば聞きたかだけばってん」

「今から死ぬ娘が、知る必要はない。聞くのは俺たちの方だ。コレットとかいう女はどこだ?」

 繁華街側から入って来た一人が、威圧的に話す。

 ヴィーはこの男がリーダーだと踏んだ。


「……そっちが話さんない(話さないなら)、こっちも話さんくさ」

 ヴィーは剣を抜かない。

 ここで斬り合っても、前後からの挟み撃ちに対応するのは難しいと判断した。

「まあ良い。いずれ他の仲間が見つける。無理にお前から聞き出す必要はない」

「なら、どっか消えてくれんね。あんたらは血の臭いの濃か。喋いよって(喋っていて)鼻ん曲がっごたっ」


「ふん。おい、こいつの手足を斬り落とせ。先端からだぞ。喋るまで斬り刻んでやる」

 男が指示を飛ばす。

 それを部下たちが聞いたか聞かないかのタイミングを、ヴィーは突いた。

()っ!」

 息を吐いて思い切り踏み込み、リーダー格の男をかすめるようにまっすぐ走り出す。


「てめぇっ!」

 路地は狭い。

 横に振って背の低いヴィーを止めるのは難しいと判断したまでは良かったが、斬り下ろして間に合うほど、彼女の足は遅くなかった。

「余所見ばすっとが悪か!」


 欲を言えば通り過ぎ様に斬りつけたかったが、速度が落ちれば捕まる可能性がある。

 それに、武器を抜いた状態になるのは避けたかった。路地を飛び出した先は、人々でごった返す広場だからだ。

「どこに行った!」

 敵は所かまわず武器を振り回しているのだろう。すぐに悲鳴が上がり、波が退くように人々が離れていく。


 入れ替わるように、騒動を聞きつけた兵士たちが集まって来た。

「何をやっているか!」

「ちっ、面倒だな」

 兵士たちの登場で安心したのか、人垣を作っている民衆が不安そうに見守るのに紛れて、ヴィーは状況を見ていた。


 これで兵士たちが彼らを連れて行ってくれたら、一旦は安全を確保できる。

「なぁに、大したことじゃない」

「こんなところで武器を振り回しておいて、冗談では済まないぞ。他の連中も同じだ。武器を捨てて、大人しく詰所まで同行しろ」

「あー、悪いが、仕事中なんでな」


 剣を腰に納めた男が兵士に近づくと、笑みを向けて兵士の肩を叩いた。

「まあ、楽にしろよ。ほらっ!」

 ヴィーの角度からは良く見えなかったが、どうやら男は懐か袖かに隠していたナイフを兵士の首に突き立てたらしい。

 そのすぐ後には、男の部下たちが次々と兵士たちを殺していく。


 悲鳴と共に再び人々が逃げ散っていく中で、ヴィーだけが残っていた。

「そこに居たのか。ったく、手間をかけさせやがって」

「お前ら……正気じゃなかばい」

 剣に手をかけながら、ヴィーは戦慄する。

 堂々と街中で襲って来たことといい、平然と兵士を殺したことといい、日陰を歩く犯罪者がやることではない。


「俺たちのスポンサーはお前には想像もつかないほどの権力があるんでね。このくらいの騒動、すぐに収まるんだよ」

 衆人環視の中で兵士を殺し、幼女を手に掛けたとしてももみ消すことができる権力が実在するとすれば、それは高位貴族か、王族か。

 いずれにせよ、そこいらの犯罪者集団とはわけが違うらしい。


「しょんなかね……」

 倒れ伏した兵士たちに片手で成仏を祈り、ヴィーはゆっくりと剣を抜いた。

ありがとうございます。

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