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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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6.少女、打ち明ける

よろしくお願いします。


※本日12時にも更新しております。ご注意ください。

「……ん? 背中痛い……って、ここどこ? あれ、外?」

 日が昇り始めた路地にて目を覚ましたコレットは、自分の状況が掴めなかった。

「あ、に、荷物は……? あった。良かったぁ……」

 自分の背中の下に荷物があり、金も手帳も残っていたことに安堵するが、ヴィーの姿は無い。


「あの子、どうしたんだろう。まさか……」

 昨夜の記憶を思い出す。

 ヴィーが扉を串刺しにして、誰かが入って来たところまでは憶えているが、後は真っ暗でよく見えなかった。

 そのうちに、姿勢を整えようとして足を動かして、落ちたのだ。


「ヴィー……」

「呼んだ?」

「うわっ! ぶ、無事だったんだ。連れていかれたとばかり……」

 急に背後から声を掛けられて、コレットは飛び上がるほど驚いた。それがヴィーだったと気付いた時は、気まずいような嬉しいような、複雑な表情だ。


「おいが連れていかれとっない、コレットもここにおらんやろうが……」

「確かに」

 ため息と共にヴィーが差し出したのは、黒いパンの間に肉と葉野菜を挟んだサンドイッチのような食べ物だった。

 王都では早朝から屋台で手に入る、朝食として一般的なものだ。


「朝飯ば食うとかんね」

「あ、ありがとう」

 困ったことになった、とヴィーがコレットの隣に座りながら愚痴る。

「あの宿は飯の美味かったとばってんが、もう食われんばい。そいに、折角宿ば見つけたとこれ、また探さんばいかん」


「心配って、そこ?」

 思わず口を開いてしまったコレットは、口からこぼれそうになったパンの欠片を慌ててキャッチすると、すぐに口に放り込んだ。

「当たり前くさ。この歳ぎんた、店で相手してもらえんことも多かけんね。苦労すっとよ」

 王都へ来るまでの間でも苦労が多かったヴィーは、うんざりと言う顔で呟いた。


そいよいた(それよりも)

 自分の分をさっさと食べ終えたヴィーは、指についたソースを舐め取ってコレットへと向き合った。

「聞かせてもらうばい」

「……わかった」


 何を、とは聞かない。約束したことは憶えている。

「まず言っておくと、私は王国の中を旅しているの。と言っても、ここから馬車で二日のフォーコンプレ子爵領から出て来たばっかりなんだけれどね。目的は、これ」

 荷物から手帳を取り出し、その一部を開いて見せる。

 そこには、フォーコンプレ子爵領からの道中に記された地図と、そこからの道中のスケッチやメモが書き込まれている。


「ははぁ、こいは、凄かね」

 興味深い様子で見ているヴィーだったが、コレットは鞄の中をごそごそと探り続けている。

どがんしたね(どうしたの)

「筆記具を一緒に入れていたんだけれど……」

「おお、あの炭の棒な。忘れとった」


 ヴィーが差し出したのは、確かにコレットの物だった。

「起こした時に見つけて、ちょっと借りとったとさ。返しとく」

「あ、私の……何か書いてたの?」

「いや、書いとらんけん、減っとらんよ」

 では何に使ったのか。コレットは気になったが、それよりも話を続けてくれと促されて話は戻された。


「私ね、紀行文を書く作家になりたいの。あちこちを旅して、どんなものがあって、どんな人たちが住んでいるのか、誰でも読めるようなものを書く作家に」

「面白かばってんが、女一人じゃ大変じゃなかね」

「ヴィーに言われたくない……けれど、まあ事実か。こんな目にあってるわけだし」

 子爵領を出てから、馬車を乗り継いで一先ず王都を目指してきたコレット。道中を記録しながらようやく到着したのは、一昨日の夕方だった。


「王都の入口あたりでしばらく見物しながら記録を取って、その近くで宿を取ったのだけれど、翌朝になって食堂で声を掛けられたんだよね」

 コレットは自分が王都に来た目的を隠すことはしていなかったので、朝食の途中で男性から声を掛けられたとき、相手が「地図を書いているんだって?」と言っても不思議には思わなかった。


「興味があるって言うから、手帳を見てもらったんだ。うまく噂が広まれば、情報を買ってくれたり、スポンサーになってくれたりするかもって思ったから」

 路銀の稼ぎ方の一つとして、ちょっとした絵や地図を売ることを考えていた彼女は、むしろ積極的に自分から情報を話した。

 彼女の、特殊な能力まで。


「私、一度見た景色や道は忘れないんだ。そのことも話したところで、男の人の顔色が変わったのを憶えてる。それから、仕事を頼みたいと言われて、引き受けたんだけれど……」

「仕事?」

「地図を書いて欲しいって話だったんだよね。で、その人に案内された場所まで行って、そこまでの王都での地図を書いて……」


「その男に殺されそうになったと?」

「ううん。その時はお金を貰って終わりだった。でも、午後になって知らない人たちがその男の人の話を聞きに来て、地図を書いた話をしたら、急に襲ってきたんだよ」

「ふぅむ?」

 暴漢たちはコレットをどこかに連れて行こうとしたようだが、隙を突いて逃げた。追いつかれたところで、ヴィーに助けられたらしい。


「怪しい人じゃなかったけれど、あの人の仕事を受けたのが原因だと思う。でも理由はわからないんだよね」

「地図に記した場所は?」

「王都の入口から二十分くらい歩いたところにある、レリーフが刻まれた石畳の場所だった。思い出の場所だって言ってたけど、違ったのかな」


 腕組をしていたヴィーは、コレットが食べ終えたのを見て、立ち上がって自分に付いてくるように告げた。

「ちょっと、見て欲しかとばってん」

 そう言って彼女が案内したのは、王都内でも貴族や豪商の屋敷が集まるエリアに立つ、一軒の邸宅だった。


 広い庭園を誇る立派な建物だったが、長い間手入れがなされていないのか、前庭は荒れ果てており、どうにか動かせそうなくらいに古い門扉は、あちこち錆が浮いていた。

 人が住んでいるのかどうか怪しいところだが、一部の窓は開いている。

「ここ、(だい)の屋敷こっちゃい(なのか)知っとんね(てる)?」

「全然わからないけど……ここがどうかしたの?」


「夜明け前に、見たことん無か二人組の来て、宿の中さん()入ってから、すぐに出て行ったとさ。泊りに来て逃げたっちゅう感じや無かったけん、尾行()けてみたっちゃん」

 警戒していない様子で二人の人物が歩き続けて辿り着いた先が、この屋敷だった。

「賊共の根城()思うばってんが、しばらく待っとっても誰も出てこんし、とりあえず戻ったとよ」


 そのついでに朝食を調達してきたヴィーは、コレットの話を聞いて余計に悩んだという。

「ここは王都の中心さい()(ちか)か所やけんが、コレットが地図ば書いた場所と違うとやろ?」

 王都は広い。出入り口から徒歩二十分程度では、まだ外郭の、平民たちが住むエリアを抜けることはできない。コレットの証言には一致しないのだ。


「私が地図を書いた場所と、どう関係があるんだろう?」

「わからん」

 きっぱりと言い切ったヴィーは、考えてもわからないものはわからないと断言する。

「どうせ碌に寝とらん頭で考えたっちゃ(ても)、良か考えてん(なんて)出らんくさ。どこじゃい宿ば探し直してから、寝なおそうさい()


「本気で言ってる?」

 宿まで襲われて、完全に逃亡者の気分だったコレットは、ヴィーの暢気な提案に狼狽えていた。早々に王都を脱出した方が安全だと思っていたし、すぐにでもそうするつもりだった。

「これ以上、ヴィーを巻き込むわけにはいかないよ」

「もう遅か」


 あくびを挟んで、言葉を続ける。

「あっちはおいの存在ば知っとっ(てる)。夜中に襲って来た()も話ばしよった。逃げてでん()どがんもならん(どうにもならない)やろうし、おいは王都ば出られん」

「どうして? 王都に入れないならわかるけど、出られないってどういうこと?」


「用事があっとよ。出て行くぎんた(ったら)……」

 首切りのジェスチャーをして、ヴィーは笑う。

「おいは裏切り(もん)()思われて、処刑されてでん可笑しゅうなか」

「お、おかしいでしょ? 何がどうなったら、そんな目に遭うの」

「色々あってさ。しょんなか(仕方ない)と」


 コレットは恐ろしいプレッシャーを感じていたが、当人であるヴィーはけろっとした顔で「近くに宿は無いか」とお上りさんよろしくきょろきょろと見回しながら町の賑やかな方を目指して歩き始めた。

「ちょっと、待ってよ」

「付いてこんでん(こなくても)良かよ」


 ヴィーは振り向きもせずに告げた。

「こいから先は、また人死にが()っち思うけん、コレットには見るともキツかかも知れん。旅ばして、読み物ば人に売るとやろ? まだ夢ば叶えとらんとやけん、ここはおいに任せて、逃げんね」

 王都の中でも高級住宅地の屋敷を占拠しているとするなら、相手は単なる盗賊の類ではないはずだと彼女は推察していた。


「王都の外までは追ってこんやろうけん、コレットはいっぺん家に帰らんね(りなさい)

 振り向いたヴィーの表情は幼女のはにかみだったが、コレットの目には命の終わりを覚悟した兵士のようにも見えた。

「あ、あのね!」

 そして、コレットは怒りを覚えた。


「勝手に決めないでくれる? これは私が原因で始まったことなんだから。理由はいまいちわからないけれど、そうなのはわかるし、責任だって感じてる!」

 突然の剣幕で困惑しているヴィーの両肩を、コレットの手がしっかりと掴んでいた。

「何度も助けられて、それはもちろんいっぱい感謝してるけれど、だからってこのままあなたに押し付けて、生き延びたって、それで良かったなんて納得できるわけないじゃない!」


 まだ言いたいことはある。

「帰れなんて、気軽に言わないで! あなたの状況はわからないけれど、私だって遊びのつもりで家を出てきたわけじゃないんだから!」

 いつの間にか涙声になっていたコレットの両手を優しく離し、ヴィーは両手を精一杯伸ばして抱きしめた。


「すまんね、おいが悪かった」

「わ、わかれば、良いのよ。……私も、怒鳴って悪かったわ。助けてもらっておいて、勝手よね」

「いや、おいも助けてもろうたっちゃけん、お互い様さい」

 それに、宿をとるにもコレットの助けがいる、とヴィーは照れくさそうに言った。


「心配せんで良か」

 ヴィーの声は、少しずつ弱く小さくなっていった。

「二人で調べれば相手がどがん奴こっちゃい(なのか)すぐわかっ(わかる)さ。そいぎ(そしたら)、兵でん騎士でん良かけん、任せてとくさ。そいでん(それでも)どがんも(どうにも)ならんぎんた(ならないなら)、おいがどがんかすっ(どうにかする)


 眠さが限界に来ているらしいヴィーは、「体力ん無か身体が、恨めしか」と挟み、コレットを見上げて頬に手を当てた。

眠たか(眠たい)。ごめんばってん、宿ば頼んで良かね?」

「任せて。すぐ近くに宿があったのを憶えてるから」

「流石やね……」


 にっこりと笑って寝入ってしまったヴィーを抱えなおして、コレットは思い切り鼻から息を吐いて、自分を叱咤する。

「そうだ、夢があるんだからこのくらいで逃げ帰るなんて、冗談じゃない。私には頼りになる友達もできたんだし、頑張るんだから」

 このまま帰れば、自分を否定していた父親の思い通りになってしまう。


 想像以上に軽く感じたヴィーを抱えて、近くの宿へ入ったコレットは気合十分だったが、受付をした宿の主人に金を支払ったときに、

「可愛らしい娘さんだ。良く眠っていますね」

 と言われて、すっかり不貞腐れてしまった。

 兎にも角にも、その日の昼過ぎまで二人は誰にも邪魔されずに眠ることができた。それは彼女たちにとって、困難な戦いを前にした貴重な休息となる。

ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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