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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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5.幼女、宿に入る

よろしくお願いします。

「ふむ、美味か、美味か」

「よく食べるのね……」

「食は身体ば作るためやけん。食える時に食うとかんば(食べておかないと)、“いざ”っちゅう時に身体ん動かんごとなっけん(動かなくなるから)ね」

 宿に入り、夕食をガツガツと平らげていくヴィーの様子を、コレットは呆然と見ていた。


「どんな環境で育ってきたの……それより、今夜は良いけれど、明日からどうするの?」

「なんも考えとらん。とりあえずはここばしばらくの宿にして、王都の中ば見物しとこうかち思うとっ」

「王都見物って……ひょっとして豪商の娘さんとか?」

「いやいや、ちょっとした理由で小金ば持っとっだけの、平民の小娘たい」


 自分で小娘と言うかね、と呟くコレットは、半信半疑の目で見ていた。小金とヴィーは言うが、一般庶民なら一家族がふた月は楽に生活できるような金額を持っているらしいことは、数日分の宿代を支払った時に見ている。

 コレットは一泊分の宿代をヴィーに渡したが、食事代はヴィーが持つことにいつの間にかなっていて、遠慮がちに食べている最中だ。


 普通の平民で、まして十歳程度の少女がこれだけの金を持ち歩ける理由が、コレットには思いつかない。

 貴族なら一人で出歩くはずもないし、商家の娘ならば護衛が付くはずだ。いくら本人が強いと言っても、一人旅はあり得ない。

「おいのことは気にせんで良かよ。色々あったばってんが、どがんでんなっさい(どうにでもなる)


 それよりも、とヴィーはコレットへと水を向けた。

「何ばすっぎ(をしたら)あがん(あんな)連中に追わるっごとなっとね」

 聞かれても、コレットは黙って目を伏せている。

「んー、言いとうなかない(言いたくないなら)、無理には聞かんばい」

「……ありがとね」


 と、夕食の場では言ったものの、コレットは小さな女の子に助けられて理由すら言わない自分が嫌になりそうだった。

 部屋に戻って早々にベッドに入った彼女は、隣のベッドからすぐに寝息が聞こえてきたことに気付いて、より胸が痛む。

 そっと視線を向けると、ヴィーはぐっすりと眠っている。


「寝顔を見るだけなら、普通のちっちゃな女の子なのに」

 どんな生活してきたら、この年齢であんなふうに剣を振り回して大の男を倒せるようになるんだろうか。

 考えている間に、ヴィーが枕元に剣を置いたままにしていることに気付いた。眠っている間も、何かあればすぐに対応できるようにしているのだろう。


「……眠れない」

 今日遭遇した出来事とこれからの不安で心がソワソワして、いつまでも睡魔が来そうにないと感じて、コレットは身体を起こした。

 ベッドの下に置いていた荷物を探り、紐で閉じた小さな手帳を取り出すと、細い炭を布で包んだ筆記具を使って、今日見てきたことを書き記していく。


 そして、男たちに追われる原因になった出来事を思いだし、手が止まった。

「書いておくべき、なのかなぁ」

 その事は飛ばして、見てきた土地の位置関係や構造物を書き記しながら、気付いたことをメモしていく。

 彼女の日課であり、いずれ紀行文としてまとめるのが夢なのだ。


「とはいえ、旅の途中でこんなことに巻き込まれていたら、いつまで経っても目標には届かないなぁ」

 前途多難だ、と手帳を抱えたまま薄い布団を被り、硬い枕に頬を押し付ける。

「お姉ちゃんにも、顔向けできないよ……」

 家族のことを思い出しながら、コレットはようやく訪れた睡魔に身を任せた。


 しかし、安眠はすぐに破られる。


「コレット、起きらんね」

「……ん? もう朝……ムグッ?」

 ヴィーの声に反応して返事を返そうとした矢先、コレットは小さな手で口を塞がれた。

 思いがけない緊張で身体が硬直し、襲われた時の恐怖がぶり返す。

「落ち着きんしゃい。静かにせんね」


 ゆっくりとした、静かなヴィーの声が耳に届き、視界に彼女の姿が入って来ると、少しだけ安心したようにコレットは脱力する。

 ようやく口から手が離れたところで、声を抑えて問い返した。

「なんなの?」

「どうも、良うなか(良くない)感じのすっけん(するから)、一旦逃げんばいかんごたっ」


 そう言われても、コレットには静かな夜にしか感じられない。

「良くない感じって言われても……」

 困惑する彼女を放って、ヴィーは扉へと耳を当てたかと思うと、すぐに床に伏せた。

この部屋は二階にあり、一階には食堂やトイレ、宿の主人が寝泊まりしている部屋があるのだが、ヴィーはどちらからも音が全く聞こえないことに気付いた。


「音がせん(しない)……」

「みんな寝てるんでしょう? まだ真夜中だもん」

「おいが寝る前には、下から主人のいびきが聞こえよった。そいも聞こえんごとなったばい」

「その程度で?」


「音が全くせんと(しないの)は不自然か」

 ヴィーは手に持っていた剣を腰に佩き直し、荷物を背に括り付けた。その間も、油断なくドアの向こうに意識を向けている。

「他にも何人か泊まっとっはずばってんが、かん(こんな)壁ん薄か宿とこれ、足音一つせん」


 そこまで言われると、コレットも不安になってくる。

 ヴィーを真似て荷物をまとめて服を着ると、手帳をしっかりと懐に収めて抱きしめた。

 ふと見ると、ヴィーがすぐ近くまで来ていて、手招きしている。

「多分、宿に()るもんはみんな追ん出されたこっちゃい、殺されとろう」

「ど、どうして……?」


 少し血の臭いがする、とヴィーは言う。

「多分、昼に相手した連中か、その仲間やろうばってんが……寝込みば襲おうですっくらい(とするくらい)根に持っとっばいね」

「そりゃ、根に持つでしょうよ。あれだけやったんだから」

「自業自得とこれ(なのに)


 どうやら本気でやり過ぎだと思っていないらしいヴィーに少し恐怖を感じつつも、コレットには選択肢が無い。

 本当に昼間の男たちであれば自分が狙われているのは間違いないのだから、一人で逃げるか、ヴィーに護ってもらうしかない。

「あの……」


 そんなことをお願いできる立場では無いし、頼む相手が幼い女の子であることも相まって、言葉は中々声にならなかった。

 いつの間にか手が震えていることも、恥ずかしくて両手を組み合わせてどうにか抑えようとする。

「心配せんで良か」


 いつの間にか、ヴィーの小さな手がコレットの両手をしっかりと握りしめていた。

「おいが護っちゃっけん(ってやるから)

「あ……いいの?」

 答えはとびきりの笑顔だった。

「乗りかかった船けんね。そいよいた(それよりも)、落ち着いたら話ば聞かせてくれんね。死ぬない、何のために死んだか納得して死にたかけんね」


「……わかった。でも、今聞かなくていいの?」

「今はよか。とりあえず隠れときんしゃい(なさい)

 そう言ってヴィーが指差した場所は、木戸の外だった。

「えぇー……」

「扉の裏とか寝台の下てん(なんて)、すぐ見つかっけんね。外には(だい)もおらんけん、安心して壁に引っ付いとかんね」


 言われるがままにコレットは木戸を開いて、恐る恐る外へと踏み出した。

「ひぇえ」

「耐え切れんない、先に飛び下りとって良かよ」

「飛び下り……」

 木戸の外側に捕まり、一階の小さな(びさし)に乗る格好になったコレットは、恐る恐る視線を下に向けてみた。


「む、無理無理……」

「コレットの身長の倍くらいやけん、大丈夫さい。そいぎ(それじゃ)、じっとして黙っとかんばいかんよ」

 泣き言には聞く耳を持たず、先ほどまでの優しさはどこへ消えたのかというくらいにあっさりと背を向けたヴィーは、すらりと剣を抜いた。


「う……」

 殺気。

 コレットはそういう言葉を知らないが、ヴィーの小さな背中から、身体の芯まで凍えさせるような冷たい熱を感じ取っていた。

「……来たばいね」


 言うが早いか、ヴィーはまっすぐにドアへと進んでいく。

 するすると音も無く、滑る様に前に出た彼女は、一切の迷いなく、扉へと剣を突き通した。

「ぎあっ!?」

 と、悲鳴が聞こえてきたかと思うと、扉の向こうから複数の刃が突き出してくる。


 剣を放棄して横っ飛びに転がっていたヴィーは、扉が外から蹴り破られた時にはすでに立ち上がっていた。

「起きていたか。だが、剣を捨てるとはな。一人だとでも思ったか?」

うんにゃ(いいや)。何人か居っとはわかっとったくさ」

 蝋燭の灯りを向けられたヴィーは、光を避けるように移動しながら答えた。


 と、同時に懐から出した銀貨を放り投げ、蝋燭の火を消した。

さんと(そんなもの)に頼らんとよ。夜は暗かとが当たり前ばい」

「ちっ! おい、あいつが昼間に言っていた奴だな?」

 蝋燭を持っていた男が尋ねると、ヴィーにも聞き覚えがある声で「そうです」と答えが返ってきた。


「ただのガキじゃないってのは、本当だったか」

 新たに火を点けている時間は無いと判断したのか、男は燭台ごと蝋燭を放り捨て、両手に剣を構え直した。

 後ろにいる別の者たちには、入って来ないように告げる。暗闇では、お互いを斬りかねない。

「窓が開いてます。逃げたんじゃ……」


 誰かが言うが、男は耳を貸さない。

 今夜は月が明るい。外に逃げても女二人の足ではすぐに追いつかれることは百も承知のはずで、逃げる姿を見逃すはずもない。

 二つのベッドを避けるように、木戸が開かれた腰高の窓から差し込む月明かりが、部屋の中央だけを照らしている。


 男は防具などはつけていないが、分厚い刀身を持った両手剣を掴んでおり、筋骨隆々の体躯は剣の切味など関係無く敵を打ち砕かんと力に満ち満ちている。

「……小娘、どこにいる?」

 先手を打たれる可能性を考えながらも、敢えて声を出す。

 彼が先ほどちらりと見たヴィーの姿は、完全に素手であり、持っていたとしても小さなナイフ程度のはずで、攻撃されたとしても致命傷を負う前に殴りつけるか斬りつけることができると踏んだのだ。


 しかし、予想に反して返事が聞こえてきた。

「ここに()っばい」

「くぬっ!」

 声がしたのは、すぐ右の側面。

 間髪いれずに力任せに振るう横殴りの斬撃は、確実に手応えがあった。肉を殴り、骨を叩き折る感触が。


「死んだか」

「死んだやろうね」

「なんだと!?」

 確かに殺したはずのヴィーの声が、すぐ近くから聞こえてきたのだ。

 そして男は気付く。

 自分が殺そうとした相手の身長は、横なぎでは高すぎるのだ、と。


「貴様ぁ!」

 死んだのは味方だったのだろう。

 悲鳴すら聞こえないのは、肺を潰したか首を斬り裂いたのか、いずれにせよ、足元に広がるべとついた感触だけが、暗闇でその死を伝えてくる。

 しかし、激高した男の股間に激しい衝撃が奔り、胃袋の中身を吐きださんばかりのショックを受けると、怒りは焦りに変わった。


「ぐ、おお……小娘がぁ……!」

「痛かろう? 男やもん。しょんがなか。おいにもよぅわかっ(良くわかる)

「ふざけやがって!」

 無理な膝を突いた姿勢で、しかも睾丸を叩かれた直後でありながらも、男の斬撃は鋭かった。


 鋭すぎて、ドアの枠へとがっちりと食い込む。

「怖かねぇ、ばってん、外れたばい」

 言葉と同時に、ヴィーの指が男の視界に見えた。見えるくらいに近付いて、そのまま眼窩へと押し込まれる。

 嫌な水音がして、男の悲鳴が上がる。


「お、お前ら、雪崩れ込んでこのガキを押さえろ!」

 連れてきた部下はあと二人いる。二人で押さえれば、怪我くらいはするかも知れないが、子供一人を押さえつけるくらいは出来るだろうと考えたのだ。

「無駄ばい。もうお前の味方は居らん」

「何ぃ……?」


 ヴィーが宣言した通り、男の呼びかけには誰も応えなかった。

「こがん狭か部屋で、さん(そんな)大きか剣ば振っぎ(振ったら)いかんばい。常識やろ。気配ば消すとは上手(じょうず)かばってん、知恵ん回らんかったばいね」

 それが、男が聞いた最後の言葉だった。

 彼の部下たちを刺し殺してきたものと同じ、“尖った木炭”が、首の側面から柔らかな喉を貫き、頸動脈へ穴を空ける。


 泡混じりの空気を吹き出しながら倒れた男が完全に絶命したのを見届け、ヴィーは桶に溜められた水で手を洗う。

「ぐ、ぐぐ……ふんっ!」

扉に突き刺した剣をどうにか引き抜き、刃こぼれが無いことを確認して鞘に納めると、大きく深呼吸を二度。血生臭い空気だが、命の取り合いで高ぶった心を鎮めるには充分だった。


「やれやれ。早う大人にならんば、こがん力の要っ(いる)時に困っね。コレット、もう終わったばい……ありゃ?」

 ブツブツと言いながら木戸から顔を出してコレットへと声をかけたが、窓の左右どちらにも姿が見えない。

「あー、こりゃ、いかん」


 下に視線を向けると、落下したらしいコレットが仰向けに寝転がっていた。

 バランスを崩したのか何かに驚いたのか、理由は解らないが木戸から手を離して落ちてしまったらしい。

「こがん時、前の身体が良かった()思うねぇ」

 飛び下りたヴィーは、コレットが大きな怪我をしておらず、気絶しているだけらしいと知ると、一安心して彼女の身体を背負った。


「とにかく、しばらく隠れとかんばね」

 殺した連中で終わりなら良し。もし誰かの差し金であったなら、刺客が戻ってこないと知った相手が別の誰かを寄越してくる可能性がある。

「まあ、話はコレットから聞けば良かばってんが、一応確認くらいはしとかんばね」

 すぐ近くの路地へと隠れたヴィーは、コレットをそっと降ろし、宿を凝視したまま座り込んだ。


 死者だけが眠る二階建ての宿は、月明かりに照らされて静かに佇んでいた。

ありがとうございました。

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