50.二つの顔
よろしくお願いします。
「広かね。実家よいた大きかごたっ」
宿のように部屋が並んだ寮の建物は二階建てで、同じデザインの扉が続く様子は、見ているとクラクラしそうだ。
長い廊下を玄関とは反対側へと歩いていくと裏口があり、出ると中庭のような場所に繋がっていた。
ぐるりと見回しても木製の塀と二軒の小屋があるだけで、とくに変わったところは無い。
むき出しの赤土を固めただけの地面は、雨が降ると難儀しそうではあるが、これもとくに珍しいものではなく、ただ芝生を張る程の場所ではないということなのだろう。
「子供の声のすっね」
一人や二人では無い。子供たちの楽しそうな声が聞こえてきて、ヴィーは寮の建物に沿って進み、角から声の方を見てみた。
「ありゃー……」
一人の青年を十人以上の子供たちが追いかけている姿が見えたのだが、全員が楽しそうに笑っていて、ただただじゃれ合って遊んでいるのが一目でわかる。
子供たちは似たような麻の簡素な服を着ていて、年ごろは五歳から十歳程度で男女もバラバラ。恐らくはこの寮に住んでいる子たちだろう。
問題は、その相手をしている青年だった。
「あん時の兄ちゃんやね。別人のごたる顔ばしといなっ」
先日、馬車を襲撃してパールを殺害しようとしていた男なのは間違いないのだが、その時に見せた剃刀のような鋭い視線と殺意はどこへやら、今は慈愛に満ちた表情で子供たちへと優しい笑顔を向けていた。
「子供ば狙いよったっちゃなかとやろか」
何か自分が思い違いをしているのではないかと考えたヴィーは、思い切って子供たちの輪の中に飛び込んでみることにした。
「……ま、どがんでんなっちゃろ」
面が割れている相手が施設内にいる時点で、潜入は半ばご破算になったと考えていいだろうと判断する。
「やあやあ」
どう切り出していいかわからないまま、ヴィーは曖昧な笑顔で手を振って子供たちに近付いていく。
あまり喋るとまた「変な話し方」とパールのときのように言われかねない。
内心、ちょっとだけ傷ついているヴィーだった。
「あ、新しい子?」
「きれいな髪ー! 銀色ってめずらしいね」
物怖じしない子供たちばかりのようで、一人がヴィーを見つけると他の全員も駆け寄ってくる。
「あー、よろしく……子供は元気かねぇ」
騒々しく話しかけてくる子供たちの声に、ヴィーの声はかき消された。
「……どうして、ここに……」
子供たちとは対照的に、青年は驚愕の表情で青ざめていた。
「どうしたの、先生?」
子供の一人が不思議そうに見え上げてきたのを、彼は目元を指で隠して「目に砂が入ったみたいだけれど、もう大丈夫」とごまかした。
「よ、よろしく」
「先生は知ってる? 挨拶しよう」
子供たちの圧力に戸惑うヴィーを、一人の女の子が「挨拶はちゃんとしないと」と言って手を取り、青年の前に引っ張っていく。
「この人は、アルト先生。お勉強を教えてくれる人だよ」
「そうね、先生ばいね。俺はヴィー。よろしく」
試しにヴィーは握手を求めるように右手を出してみた。
まさか子供たちがいる目の前で武器を取るような真似はしないだろうし、見た目だけは幼女のヴィーに対して攻撃を加えたりはしないだろう。
「……よろしく。歓迎するよ」
引きつった顔でアルトと呼ばれた青年は握手を返した。
「むっ」
互いの手が触れた直後、ヴィーの軽い身体が引き寄せられる。
「……何が目的だ」
「はて。おいは母ちゃんについてきただけばい」
とぼけやがって、という言葉でしめたアルトはヴィーを解放し、周囲の子供たちに再び笑顔を振りまいた。
「で、あんたは……」
「ねえ、あなたも一緒にやりましょう?」
聞き返したヴィーを、女のコが強引に引っ張って遊びに誘ったことで、二人の邂逅は終わった。
その後は夕食の時間を知らせる鐘が鳴り、ヴィーが気付かぬうちに、アルトは姿を消していた。
☆
「お母さんとは、一緒に町に行くことになったのよ。それでね、町の中で新しいおうちに住むことになったの」
「そうなんだね。お母さんはどうして町に行くって言ってた?」
宿の部屋の中、パールと並んでベッドに座っていたコレットは、彼女に温かいミルクを手渡した。
湯気に息を吹きかける姿は、ヴィーとは違って年相応の女の子だ。
「新しいお仕事があるって」
仕事の内容までは聞いていなかったようで、パールは母親が何をしていたかまではわからないと言う。
子供には言い難い内容なのだろうかとコレットは勘ぐったが、これをパールに問うても意味がないだろう。
そう考えているうちに、パールの表情が曇る。
「でも、急にお母さんが逃げろって言って……」
“仕事”からいつもより早く帰って来た母親が、慌ててパールを逃がした。
理由など聞く暇もなく、母親に押し上げられるようにして建物の塀を乗り越えさせられたという。
「とにかく、村に帰って……そうだ! 村に帰らなくちゃ! お母さんとそこで待ち合わせって言われたんだ!」
母親から「後から行くから」と村にいる知人を頼るように言いつけられたことを思い出したパールは、急いでいかなくちゃと慌てて部屋を飛び出そうとした。
「ま、待って!」
後ろから抱き留めてどうにか止めたコレットは、パール一人では危ないと言って宥める。
「お母さんは遅れて行くって言ったんでしょ? だったら、私が送っていくから。それに、また襲われるかも知れないでしょ?」
「でも……」
「大丈夫。……私が、ちゃんと送ってあげるから」
少しだけ迷ったが、コレットは自分も旅の心得があるからとパールを村まで届けにいくことに決めた。
「また悪い人に襲われたりしないように、こっそり、ゆっくり出かけましょう?」
「……うん!」
パールは元気に頷き、コレットはどうにか数日だけでも足止めをして、ヴィーたちが戻る時間を稼ごうと心に決めた。
ありがとうございました。
経営する店が去年に続いてまた浸水してしまい、更新が遅れてしまってすみませんでした。
今後ともよろしくお願いいたします。




