48.救済施設
よろしくお願いします。
「……子爵が女性を集めている、と?」
「そうなんですよ。なんでも、生活に困っているような寡婦を集めて仕事を与えるとかで」
宿の女性は、パールに見覚えはないと言った。
だが、気になることを言い始めた。
「この村にも二人ほど、病気で旦那さんを亡くした人がいたんだけれど、どこで聞きつけたのか、町から子爵の使者って人が来てね……」
一人は子供がいたそうだが、共に町へと引っ越していったという。
「そんなに親しいわけじゃなかったから、今どうしているかなんて聞いたことは無いんだけれどね」
パールのことについては秘していたブリジットだが、宿の女性は不安そうだった。
親しくはないといっても、村の人がどうなっているかが気になるのだろう、とブリジットは思っていた。
だが、そうではない。
「あなたも気を付けなさいね」
「……えっ? まあ、はい」
「若いのに2人も子供を抱えて大変だろうし、妹さんも連れての旅は大変だろうけれど、焦って変なのに捕まったら元も子もないからね」
一瞬何を言われているのかと首を傾げたブリジットだったが、どうやらヴィーとパールが彼女の子で、妹のコレット共に旅をしていると思われているらしい。
「ち、ちがっ……」
「子爵様を頼って仕事を見つけようってつもりだったんだろうけれど、連絡が付かないってことが気になるから、本当に注意するんだよ?」
本心から心配してくれていることが伝わってくるだけに、ブリジットは返す言葉を迷いに迷って、
「……ありがとうございます。注意しますね……」
と、絞り出すように言って食事を頼み、よろよろと覚束ない足取りで、ヴィーがいるテーブルの向かいに座りこんだ。
「どがんしたとね」
「……私って、そんなに老けて見えます? 十歳近い子供がいるみたいに見えますか?」
どんよりとした顔で問われ、ヴィーは「なんば言いよっとね」と苦笑いで答えた。
「さんこたなかばってんが。何歳てん聞いたこってん無かばってんが、まーだ若っかろうもん」
「ですよね!?」
ようやく目に光が戻ったかに見えたが、宿の女性が食事を運んできて開口一番「親子で仲がいいのね」と嬉しそうに言われて、ブリジットの背中は再び丸くなった。
「あー……事情は分かったばい」
暖かな湯気が立ち上るシチューにスプーンを突っ込みながら半泣きのブリジットは、それでも気丈に報告をする。
「どうも、領主である子爵が怪しいですね。仕事を与えると言って寡婦を集めているようですが、仕事や生活状況についての内容が判然としません」
「寡婦なぁ。どうもパールは父無し子のごたっ。本人は何も言うとらんばってんが、ひょっとすっぎんた……」
「彼女の母親も、子爵の募集に乗っている、と?」
しかし、そうなるとパールが追われている理由がわからない。
噂通りに母親が問題無く職に就き、親子共々安定した生活を得られているのであれば、パールは何故逃げなければならなかったのか。
「あるいは、なーんも関係ん無かとかも知れん」
「当人からもう少し情報を聞いてみますか?」
ブリジットの提案に、ヴィーは黙考する。
今の時点で、パールはヴィーに対して心を開いているとは言えない。誰かに追われて、危うく命を落とすところだったのだから、警戒心が高まっているのは致し方ないところだろう。
「コレットなら……」
「コレットさんが、どうかしましたか?」
ヴィーが見る限り、パールはコレットにだけは多少信用をしているような雰囲気があった。いずれにせよ、どれくらいのことを話してくれるかは未知数だが。
「ふむ。パールと子爵の件に繋がりがあってでんが、調べんばいかんことには変わりなかろう?」
「そうですね。私自身も子爵の施政がどうなっているかは確認しておきたいところです」
王国の法において、領主は王国の法に反しない限り領内の法を自由に設けることができるとなっている。だが、領民は同時に王国の民でもあるので、平民たちに対して不当な扱いや暴力を振るうことは、これを固く禁じられている。
王国の民は国を支える労働力であって、領主たちの奴隷ではないのだから。
だからこそ、ブリジットは事実を確認しておきたいし、ヴィーにも助力を求めるのだ。
「良か」
水を一口呷ったヴィーは、決断を下す。
「コレットには、ここでパールと待っとってもらうごとしゅーたい。街には、おいとブリジットで行ってみゅうか」
「二人で、ですか」
当初、ヴィーたちはパールを連れて町へ入って彼女の親を探すつもりでいた。襲撃してきた青年も、人が多い街中であれば簡単に手出しはできないだろうとの狙いもあった。
「子爵が関係しとって話ないば、わざわざ危なかところさい入っことになっ。さん危険は冒されん」
この村も確実に安全とは言えないが、コレットと一緒ならば逃げおおせるだろう。
「私かヴィーさんもここに残った方が良いのでは? 私一人でも充分調査が可能でしょうから。例えば、年齢的に不自然かも知れませんが、若すぎて通用しないかも知れませんが、寡婦のふりして子爵の人集めに応じるという手もあります」
年齢について何度も念を押しながらの提案に対して、ヴィーは半分だけ同意した。
「その手はおいも考えたばってんが、パールのことまで調ぶっない、おいも行かんばいかん」
「え。それって……」
にやりと笑うヴィーは、どこかいたずらっ子のように見える。
「おいに良か考えのあっとよ」
協力してくれと言われてしまうと、ブリジットには断ることはできなかった。
☆
翌日の昼には、二人の姿が町の入口にあった。
少々くたびれた服を村で買い付け、ブリジットは化粧気のない顔をしている。ヴィーは元々化粧をしないので、そのままだ。
二人は手を繋いだまま、町へ入る人々の列に並び、小声で話ながら順番を待っていた。
「厳重ですね。王都でもこれほど時間をかけて人の出入りを確認することはありませんよ」
列は三つ。
頻繁に出入りする商人たちの為の列はすいすいと進んでいるが、ブリジットたちが並んでいる一般の入場列は、二列に別れているにも関わらず、ほんの少しずつしか進まない。
余程念入りに調べているのか、一人を調べるのに十分以上かかっているらしい。
昼前には並んでいたのだが、結局声がかかったのは二時間以上過ぎてからだった。
「次の者、こちらへ」
簡素な胸部鎧を付けた兵士の声に従い、町の門の脇に建てられた簡素な小屋へと入る。
親子であると申請したこともあってか、ブリジットとヴィーは同時に案内された。
緊張しているふうを装っているブリジットの様子に、手を引かれながらヴィーは感心していた。何かと便利に使われているような印象がある彼女だが、それだけ能力があるからなのだと改めて感じる。
「子爵様のところで仕事に就きたいというのか」
立ったままの二人に対し、机に向かって座っていた兵士が顔をあげ、ブリジットの申告について確認する。
「はい。子爵様が私のような者にも職を与えて下さると聞きまして……ミナッラ村から来ました」
村の名前は、領内の端にある小さな集落のものを勝手に名乗った。
「確かに、夫を亡くした女性のために、領主様は多くの仕事をご用意されている。だが、面談は必要だぞ?」
「そうなのですか。詳しくは知らないのですが……むす、娘もいるのですが、一緒に居ても大丈夫なのでしょうか?」
探りを入れるような質問をぶつけるが、兵士は動揺を見せない。
ヴィーもブリジットも、恐らく目の前の人物は内部についてそこまで詳しく聞かされていないのだろうと見当をつけた。
これで中枢のことまで詳しいのであれば、余程自分の仕事に自信があるか、恐ろしいまでの演技派だ。
しかし、後者の可能性はすぐに消し飛ぶ。
「では、私が領主様の事業……“寡婦救済施設”とそのままの名前で呼ばれているのだが、そこまで案内しよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
親切心を見せた兵士に、ブリジットは明るい笑顔を見せて、わざとらしいまで喜ぶ。
ブリジットの方は完全に好印象を狙った演技でしかないのだが、兵士の方は耳まで真っ赤にしている。
紅潮した顔を隠すように、慌ててデスクの上から兜を掴みあげて頭からすっぽりとかぶると、他の兵士に「後を任せる」と言って、町の中へと誘導する。
その様子に、ブリジットは内心してやったりであり、ヴィーの方は男の弱い部分をまざまざと見せつけられているようで、自分まで気恥ずかしくなってしまった。
調子に乗ったブリジットが、兵士に触れるかどうかの距離まで近づいてあれこれ尋ねると、咳払いで照れを誤魔化しながら答えてくれる。
「子爵様は、町の中の視察をされた際に町の中で女性が物乞いをしているのを幾度となく目にされたのだ。仕事の事故や病気で夫を亡くした女たちは、働く場所が無く、食うに困ってしまうことも少なくないからな……」
春を鬻ぐ仕事もあるが、年齢があがるとそれも難しくなるし、後ろ盾が無い売春婦は危険が多い。
「そこで、子爵様は公的な施設をいくつか作り、そこで働かせることで彼女たちの生活を支え、治安も向上する結果となったのだ」
胸を張って答えた内容は、表面だけならば真っ当な救済策のようにも思える。
「もちろん、問題が無いわけじゃない。子爵様が職場として食堂や宿泊施設などを作った結果、一般の宿などが、客が減ってしまったという事例もある」
なかなか全員が幸福になるというわけにはいかないものだ、と兵士は嘆息する。
「でも、私たちを救ってくださるなんて、すばらしいことだと思います」
ブリジットが持ち上げると、兵士も満足気に頷いた。
「小さく、大した産業も無い土地だが、子爵様は素晴らしい運営能力をお持ちなのだろう」
自分たち兵士の給料も悪くないんだと続けたのは、ブリジットに対するアピールなのかも知れない。
ちなみに、ヴィーはここまでずっと黙っている。鈍りで出身を偽っているのがバレるからだ。
『ブリジットに惚れたばいね? 気持ちはわかっばい。良か女やもんねぇ。ばってん、もう結婚の決まっとっとよ』
と言いたいのをググググッと堪え、口を一文字に閉ざしてブリジットに手を引かれるままついていく。
「着いた。中に入って事情を話せば、すぐに説明を受けられる。宿も手配してくれるだろう。もう安心だ」
「良かった。親切にどうも、ありがとうございます。いつか、お礼を……」
「い、いや。これもおれの仕事だから、気にしなくて良いぞっ。それより、何かあれば門のところに来るといい。ガドランは居るかと聞いてくれたら、すぐわかる」
ブリジットの上目遣いに、ガドランはまともに目を合わせる事すらできなくなったようで、湯気がでるかと思うほど真っ赤になったまま、逃げるように去っていってしまった。
「……行っちゃった」
「やりすぎばい。とりあえず、予定通りこのまま任すっけんね。離れ離れになってもこっちはこっちで対処すっけん、不自然にならんくらいに戸惑う芝居ばすっぎ良か」
「わかりました。では、何かあったらあのガドランさんのところに集まることにしましょう。扱いやすそうですし、領の兵士なら隠れ蓑にも使えそうです」
酷いことを言うな、と少しガドランを可哀想に思いつつも、ヴィーは黙ったままブリジットと共に建物の中へと踏み込んだ。
ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




