47.幼女、しつけされる
よろしくお願いします。
「ん……むぅ……」
深い眠りからゆっくりと覚醒し始めた少女は、ぼんやりとした視界の中で自分がいる場所がどこかわからずにいた。
柔らかなベッドの感触は久しぶりで、このまま再び目を閉じたいくらいに寝心地が良い。
しかし、どんなに硬い寝床だろうと、母親の香りに包まれていなければ落ち着かない。
「っ!」
そう、母親だ。
自分が何をしていたのか、誰を探していたのかを思い出した彼女は、まどろみから一瞬で抜け出し、押しつけられていたバネのように勢いよく起き上がった。
「お母さん!」
「おごっ!?」
聞こえてきたのは悲鳴だった。
キョロキョロと少女が見回した部屋は、やはり見覚えが無い。
古いが丁寧に掃除されているらしい清潔な部屋の中で、少女はベッドに座り、真横では見知らぬ女性が頭を抱えてうずくまっていた。
「……いたい」
落ち着いてみると、自分の額も痛いことに気づき、頭を押さえる。しかし、その表情はどこかぼんやりとしていた。
「起きたばいね」
ころころと笑いながら、ヴィーはうずくまるコレットの額を見て「冷やしとかんば」と言って再び少女へと視線を向けた。
「コレットは涙ん出よっばってんが、こっちは平気か顔ばしとっ。頑丈か頭やねぇ。具合はどがんね」
「えっと……?」
妙な訛りで話しかけてくる同世代の少女に困惑したのか、言葉が出てこないらしい。
「ま、話はゆっくりでん良かろうさい。腹ん減っとろう?」
そういわれて初めて気づいたのか、少女が自分のお腹を見下ろすと、タイミングよく腹の虫が悲鳴を上げた。
「良か。まずは飯にしゅうさ」
にっこりと笑ったヴィーに手を引かれ、少女はおっかなびっくり食堂へと連れ去られてしまった。
残った部屋にはコレットが一人。
「ひどいよぅ……」
ふらふらと立ち上がってヴィーを追いかける彼女も、ブリジットを忘れているあたり人のことは言えなかった。
彼女たちが部屋を出て食堂へ向かってから十五分後、勢いよく入ってきたブリジットを出迎えた者はいない。
「馬の世話を頼める人がいましたよ!」
馬車から貴重品を下ろし、馬を休ませて宿の人間に世話を頼んできたブリジットは、誰もいない部屋に木霊した自分のせりふの余韻を感じながらベッドに腰かけた。
「おかしい。私は騎士団のエリートで、貴族令嬢で、近いうちにお嫁に……」
これは幸せになるための試練だと自己暗示をかけ、彼女は気丈に立ち上がってヴィーたちを探しに向かった。
☆
ブリジットが食堂に合流したころ、ヴィーも少女もまだ食事中で、小食気味のコレットは食後のコーヒーを傾けているところだった。
「もっと食うぎ良かとこれ」
「山道の馬車で少し酔ったみたいで」
先ほどの頭突きも影響しているが、旅慣れているとは言えない彼女は、疲れが出始めているらしい。
「置いてけぼりは酷いですよ」
「こん子が腹ば減らしとったとやけん、しょんなかろうもん」
「うむーっ」
子供のことを出されると不満を口にするわけにもいかず、ブリジットは妙なうなり声を出して宿の女主人に話を聞きがてら食事の注文へと向かった。
「じゃあ、この席を空けようか。私は少し部屋で休んでるから」
立ち上がったコレットに、掴んでいたパンを置いた少女が駆け寄り、泣きそうな顔で見上げてくる。
しばらく逡巡したあと、大きく息を吸って意を決したように口を開いた。
「あ、あの……さっきはごめんなさぃ……」
最後は消え入りそうな声だったが、コレットにはちゃんと届いている。
「私なら大丈夫。それより、ちゃんとごめんって言えるんだね。えらいね」
そっと頭をなでると、涙を浮かべたまま少女はコレットに笑顔を見せてくれた。
「私はコレット。彼女はヴィー。さっきの人はブリジット。私たちは三人で旅をしているの。あなたは?」
「……パール」
「そう。いい名前ね、パール」
お腹いっぱい食べたら、ゆっくり休んでと伝えたコレットに向かってうなずき、パールはヴィーと向かい合う席へと戻った。
「パール、か。よろしゅうな」
ヴィーも笑みを向けたが、パールの方は真顔でじっと見つめ返していた。
「どがんしたと?」
「……変な話し方。あなた、ちゃんとお勉強してる?」
「んあ?」
想定外の返しに、ヴィーはフォークで突き刺していた肉団子をぽろりと皿に落としてしまった。
「藩学校……じゃなか、一応勉強はしたとばってんが……」
「なら、どうしてそんな話し方なの? どうして変なスカートはいてるの? なんで剣を持っているの? あたしと同じくらいの歳でしょ? まだ危ないから剣とか槍に触っちゃダメって、お母さんに教わらなかった?」
助けを求めるようにコレットへと目を向けたヴィーだったが、彼女はにこにこしながら無慈悲にも食堂を出ていった。
ブリジットの方は、まだ戻ってきていない。
「どうしたの?」
「パール、お前さんには参ったから、とりあえず飯ば食うてしまおうさ。腹いっぱいになっぎんた色々教ゆっけんが。な?」
「あまり食べすぎると、お母さんに怒られるし」
果実のさわやかな果汁で味付けされた水を飲み干すと、パールはひょい、と椅子を下り、自分の分の食器を重ねて抱え上げた。
「お皿、あなたもちゃんと片付けないとだめよ?」
「あぁ、うん……」
コレットを追うように食堂を出ていったパールに呆然としながら、ヴィーは彼女が語る内容に“お母さん”が出てきても“お父さん”が出てこないことが気になっていた。
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