41.癖を知るもの
遅くなりました。
よろしくお願いします。
「ふ、ふざけるな! こんなこと、認められるか!」
たった一太刀で仲間を二人やられて、エンゾは叫び声を上げた。怒声と言うより悲鳴だが。
「ボドワンはどうしたんだ!? どこに行った? パメラもだ、あの女……!」
エンゾ自身も武器を持っている。刀身をやや詰めた剣を両手に一振りずつ掴んでいたのだが、彼自身はボドワンほど腕が立つわけではない。
「こんなはずじゃなかったのに!」
「エンゾよぅ。『はず』てん言いよっ時点で、もう他人任せじゃっこ。そがんことぎんた、どがんことでん良か結果にならん。我がでせんば」
「うるさい! 元はと言えば、あんたが伯爵を殺して、この町を“捨てた”のがきっかけじゃないか!」
捨てた、といわれるとヴィーは苦笑いを浮かべるしかない。
「おいには資格の無かことて思うたとさ。やり方の良うなかったとは認むっばってんが」
だからと言って、町を二分して荒らすような真似が許されるわけがないのだ。だから、彼女は後始末をすると決めた。
「ごちゃごちゃ言わんで、かかってこんね。諦むっない、そいでん良か」
「……くそっ!」
エンゾの進退はすでに窮まっている。
ここで投降しても、良くて生涯町から出られない生活。いや、最早王国の代官に弓を引いているのだから、死罪は免れない。
できるとすれば今ここでヴィーを倒して、大人たちが彼女を救おうとする隙に行方をくらますことくらいか。
逃走の間にもう二、三人は殺害する必要があるかも知れないが、町を逃げ切れば自分の顔など誰も知らない土地へ行けるかも知れない。
急いで家に戻り、ありったけの荷物と家にある金をまとめてすぐに出るのだ。
生まれ育った町を脱出するのだから、王国の兵たちが追いかけてきても抜け道を使って逃れられる可能性は充分にあると踏んだ。
考えがまとまるや否や、エンゾの左手が動いた。
片手に持った剣を早々に投げつけたのだ。
「むっ!」
身を躱しながら刀の腹を横から当てる避け方は基本的な動きの一つで、突きや投擲武器に対して自然と身体がそのように動く武人は多い。
ヴィーもその一人で、投げられた剣を逸らしつつ軌道上から身体を外す動きになる。
これが右に攻撃を逸らして左へ身体が傾くか、左へ逸らして右に傾くかは個人のくせに寄るが、ヴィーの場合は前者だ。
回避と同時に左足が踏み込み、同時に相手の動きを見極める。
そして二歩目の右足が出ると共に、振るった刀を引き戻しながら斬撃へ移るのだ。
当然、ヴィーの手ほどきを受けたエンゾもそれを知っている。
「もらったぁ!」
だから、ヴィーがどこに出てくるかを予想できるのだ。
右手に残った剣をそこへ向けて振り下ろす。
当然防御されるだろうが、男性の力で振り下ろされた剣を、ヴィーが完全に防ぎきれるわけではない。
硬い手応えに、エンゾはほくそ笑む。
このまま押し込めば勝てると確信してさらに力を加えたが、それが彼を敗北へと誘った。
「よいっしょお!」
「へぇあっ!?」
上からの打ち下ろしで俯いた格好になったエンゾは、自分がどうなっているのか一瞬把握できなかった。
ヴィーの刀を叩いたのは間違いないし、彼女が刀で防いだ格好になったのもエンゾの想像通りだった。
しかし、ヴィーは決して立ち止まらなかった。
「武器しか見よらんぎんた、足ば掬わるって教えたろうが」
刀を背負って上からの斬撃を防いだヴィーは、そのままエンゾの腹の下に潜り込み、腰の上に彼を背負い上げた。
そのまま、頭から落とす。
「ぐっ!」
エンゾは一応受け身に成功したものの、硬い地面で首の下を強かに打ち付け、もはや立ち上がることもできない。
「うぅ……」
星が舞う視界の中で、ヴィーが自分を見下ろす様子を見つけても、エンゾは言葉が出なかった。
「下が土で良かったばい。石やったないば、死んどったかも知れん」
死ななくて良かった、とヴィーは本気で安堵したように息を吐く。
「お前は、ボドワンと一緒にみんなば率いとったっちゃろ? ないば、かんところで死なんで、責任ば果たして死なんば」
気付けば、まだ残っていたはずの若者たちもすっかり逃げ散ってしまい、周囲には先ほど手指を斬られた者たちが大人たちに手当を受けており、代官が兵士たちに守られながら屋敷から出てきていた。
そして、コレットも顔を見せる。
「ヴィー!」
「おお、コレット。無事やったばいね」
「何を言っているの。わたしより、ヴィーの方がずっと危険だったのに……」
とにかく無事でよかった、と涙声で繰り返しながら自分にしがみつくコレットを、ヴィーは支えきれずに座り込んだ。
墓地までの往復と連戦で、すっかり体力が尽きていたらしい。
「こいで一段落……うんにゃ、まだ代官殿に……」
と振り返ったところで、ヴィーの耳に聞き覚えのある風切り音が届いた。
「矢の来っ!」
自分が狙われるかと思い、素早くコレットを抱きかかえたが、狙いは違った。
矢が向かったのは、代官の方だ。
「おおっと!」
ヴィーの言葉にとっさに反応できた兵が居たのが幸いして、代官は無事だった。
代わりに矢を受けた兵士も、鎧を装備していたお陰で矢を弾くことができ、衝撃でよろめいて代官に抱えられる格好にはなったが、無傷で済んでいる。
「次の矢の来るばい! 隠れんね!」
声に反応したかのように次々と矢が飛んでくるが、タイミングから見て一人で放ってきているものとヴィーは判断した。
屋敷からやや離れた、篝火が照らしていない暗闇から撃ってきている。
「ぐぅっ……」
最後の力を振り絞って立ち上がり、コレットを守る壁になる。それが、今の彼女にできる精一杯だった。刀を振るうような余裕は無い。両腕と胴体で、コレットを守るのだ。
今ほど身体が小さいことを呪ったことは無いだろう。
恐らく、少しでもヴィーを逸れればコレットに当たる。
「ひぃっ!」
「コレット、下がらんね! 屋敷の中に入らんば!」
頭を抱えて震える足で避難するコレットを叱咤する。ヴィーが動き始めた彼女をフォローするために振り返り、再び矢が来る方向へと向き直った時だった。
まっすぐ、自分へと向かう矢が視界に入った。
ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




