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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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3.幼女、褒美を貰う

よろしくお願いします。

 拝謁から十日間、ヴィオレーヌは投獄されたままだった。


 牢と言っても、城内に設置されているそれは貴族向けのものであり、一般の犯罪者を放り込んでおく狭くて汚い地下牢とはまるで違う。

 寝室とリビングの二部屋があり、監視役の騎士の他に専属の使用人が付き、貴族として不自由ない生活ができるようになっている。

「良か旅籠はたごに泊まっとっとと(ているのと)いっちょん(全然)変わらん」


 これで良いのかと首を傾げつつも、今は王が命じるままにするべきだと理解はしていた。

「しょんなかね。しばらくは待つしか無か」

 そう言いながら、彼女は室内にあった適当な椅子の足を握って、素振りを繰り返していた。武士が行う基本的なトレーニングで、本来は鍛錬棒という重く太い棒を刀のように振るのだが、他に適当な物が無かった。


 この国の貴族令嬢には『身体を鍛える』という発想が無い。警備の騎士も侍女も唖然としているが、毎朝の鍛錬と水浴びは欠かさず行い、朝餉(あさげ)が終われば瞑想する日々を過ごした。

 残り短い人生を思い、これまでの生涯と前世を思って静かに心を落ち着けるこの時間が、ヴィオレーヌにとって、最も豊かで幸福感があるひとときだった。


「この身体()なって、十年か。ようやく慣れたところばってんが、まあ仕方ん無か」

 転生して、自分が女の子の身体になっていることに気付いたのは、若干三歳の頃だった。それまでの記憶はおぼろげで、ひたすら泣いていたり、乳母に揺られて眠ったことをかすかに憶えている程度だった。

 状況を把握するまでしばらくは混乱していたが、どうやら日本どころか自分が知る外国ですらないことを理解すると、後はすんなりと受け入れることができた。


「一遍は死んだ身やけん、死ぬこと自体はえすうなか(怖くない)。ばってんが、この身体が元々別の誰かのためやったない、そいは申し訳無かね」

 その疑念はいつまでたっても拭えず、輪廻転生の中で自分の魂がヴィオレーヌとして生まれるはずだった誰かを押し退けてしまったのではないかとの考えが、常に頭の中にある。

「考えてでん、答えてん出らんばってん」


 輪廻の輪が地球の外にまでつながるとは、想定すらしていなかった。

 最初は外国に生まれたのかと考えたのだが、言葉をおぼえていくにつれて、そうではないことを知ることになった。

 まず違和感を覚えたのは、屋敷の中で灯りとなるものが未だに小さな松明であり、オイルランプの類はまだ実用化されていないようだったからだ。


「使用人やらがおる裕福か家でんそがんやけんね。ばってんが、まさか呪いの類ば本当に使いよっとは意外やったばい」

 いわゆる“魔法”を行使できる道具が存在するのだ。

 ごくごく限られた者だけが使用できるような高級品だが、魔石と呼ばれる一種の宝石を使い、単純なものではランプや着火に使用される。

 聞いた話でしかないが、魔力を潤沢に蓄えた魔石であれば、戦闘で使用可能な程の強力な効果があるという。


 許されるなら、この未知にあふれた世界を見てみたかった、と嘆息していたところで、彼女の牢を一人の男性が訪ねて来た。

 近衛騎士隊長、イアサントだ。

「おお、ようやくおいの始末が決まったとばいね」

「その言い方は、些か問題がありますね。国王陛下は貴女に死を言い渡すつもりはもうとうありませんよ。それよりも、先に服を着てくださいませんか」


 指摘されて視線を落としたヴィオレーヌは、水浴びのあとで羽織った薄い肌着一枚の姿であることに今さらながら気づいた。

「おお、これは失礼をば」

 寝室へ移動し、いつものドレス姿へと着替える。スカートには慣れたが、どうにも男性の時の意識が強く、衣服に気をつける癖はついていない。


 手早く着替え、リボンで手早く髪をまとめたヴィオレーヌは、見た目だけならば立派な貴族令嬢だった。中身は未だに侍だが。

「それで、どがんなったとやろうか」

「先ほどお伝えした通り、陛下は貴女に生きることを望んでおられます。処罰ではなく、むしろ何かしらの褒美をお与えになられることをお考えです」


 褒美と聞いて、ヴィオレーヌは目を丸くして驚いた。

 武士であった前世でも、ついぞ縁の無かった言葉であり、予想すらしていなかったことだった。

「ほ、褒美、とは、一体何に対してかね?」

「オーバン伯爵の不正を暴き、王へと真実を報告した件に関してのことです」


 伯爵殺害については、罪には問わないが評価の対象にもしないことになったらしい。

「まだ完全な調査は終わっていませんが、貴女が話した内容が真実であったことは確認できましたので、もうここに閉じ込めておく理由もないのですよ」

「上げ膳据え膳でのんびりさしてもろうただけやけんが、そいはどがんでんよかとですけどね。そうね、おいはまだ生きとって良かとね」


 脱力した様子で力無く笑顔を見せるヴィオレーヌは、腕組みをしてしばらく考えていた。

「では、おいはこいから自由の身になっと?」

「はい。ただ、貴族としての地位は失います。正式な地位継承を経ることなく、伯爵が亡くなられましたので」

 イアサントは残念そうに首を振ったが、言われた方はケロッとしている。


さんと(そんなこと)は、どがんでんよか(どうでもいい)そいよいた(それよりも)、自由になるならしばらく旅でんしゅうかね。この国ば、あちこち見て回りたかとさ」

 幾ばくかの金はあるから、しばらくは旅をしながら次の仕事を探す。

 希望を語るヴィオレーヌに、イアサントは申し訳ないと首を振って答える。

「残念ですが、少なくとも数十日は王都内に留まっていただくことになります。まだオーバン伯爵領での調査が完全には終わっておりませんので」


「左様かね」

 疑問が出た時に、すぐ確認できるようにしておいてもらいたいというイアサントの言葉は、ヴィオレーヌにも納得できた。

「王都滞在中の費用は王国から補助いたします。調査が完全に終わって問題が無ければ、王都を出る許可も出るでしょう。その時は、国内であれば自由に行き来もできるでしょう」


 普通、平民であれば行商などを目的として領主なり代官なりの許可を得なければならないが、元貴族となるヴィオレーヌならば王から特別な許可を得ることは難しくない。

「王都内では、自由にお過ごしください。もちろん、犯罪にかかわること以外でおねがいしますよ」

 軽い冗談を飛ばしたイアサントは、続けて問う。


「他に、何か必要なものはありますか?」

「ん~……」

 小首を傾げて考える様子は可愛らしく、貴族のままであれば高位貴族の引く手あまたではなかったか、とイアサントは残念に思った。

「剣ば、一振り貰えんやろうか。預けた短剣には家紋が入っとっけん、もう使えんけん」


 貴族の地位を失うことは良くても、武器を失うのは嫌だと言う。

 当惑しながらも、イアサントは「用意する」と確約した。多少の金があろうとも、いや、逆に金を持っていることで、この幼女は危険に曝されるのだ。

 王国内でも特に王都は治安が良い方だが、不埒な連中がいないわけではない。いくら腕が立つと言っても、限界はある。


「何か困ったことがあれば、騎士の詰所を訪ねてください。お力になれることがあるかも知れません」

「そいは心強かね。なんかあっぎ(あれば)、遠慮なく頼らせてもらうけん」

 話せば話すほど、奇妙であってもまだ純粋で幼い女の子であると感じられて、イアサントは自分と王の判断に間違いがあるのではないかとすら思えてきた。

 尤も、そんな感想は彼女を送り出した直後には全くの間違いであったと痛感するのだが。


 翌日には準備が整い、王城前で彼女の見送りが行われた。

 まさか王が出てくるわけにもいかず、イアサントと世話役であった侍女のみであったが、それでも近衛騎士隊長ほどの人物が見送るのは異例であった。

 ちらりとヴィオレーヌが視線を向けると、いつぞやの門番騎士が緊張した面持ちでチラチラと視線を向けてきている。


「お世話に相成りました。路銀もまあ、こげんも(もろ)うて良かとやろうか。そいと、こげん良か剣ば(もろ)うて」

 胴体と同じくらいのサイズがある大振りのカバンに、着替えとたっぷりの金貨を抱えたヴィオレーヌは、城門で照れたように笑っていた。

 その腰には、彼女の要望に応えてやや反りがある片刃の剣が提げられている。彼女の腕にはやや長いようだが、当人的には「申し分ない」らしい。


 きらりと光る宝石が柄頭にあしらわれているのはいかにもこの国の貴族らしい華美さだが、ヴィオレーヌはそれも良いかと何も言わなかった。

 内心で、金に困れば取っ払って売れば良いくらいに考えている。

「まず宿探しに行くけん。そいぎね」

 深々と頭を下げる侍女に「世話になった」と改めて伝えて、彼女は城下町の人込みへと消えていった。


「……やれやれ、無事に目印もつけることができたか。これでしばらく彼女の様子を観察するとしよう。まだ女性というには幼過ぎるが、妙な輩に目を付けられないように気を付けるように」

 イアサントは独り言のように言っているが、実際は隣にいる侍女へと話しかけている。

「ご心配は、不要かと」


 彼女は表向き侍女として王城へ出入りしているが、実際は近衛騎士の一人であり、表舞台ではなく陰から王城の保安を行う役割を担っていた。

「この数日間、ずっと観察をしておりましたが……あの方の実力は本物です」

「貴女がそこまで評価するとは」

 裏近衛とも言われる彼女たちは、表にいる近衛達に比して実力が劣るわけではない。そんな彼女の評価を、イアサントは聞き流したりしない。


「彼女自身に何かの不幸が降りかかる心配はいらないのであれば、“彼女のせいで”何かが起きる心配は必要だろう。頼んだぞ、ブリジット」

「承知しました。では、監視を続けます」

 言うが早いか、メイド服であったブリジットと呼ばれた女性は、いつの間にか平民たちが着ているような、麻の簡素なワンピースへと変わっていた。


 すでにヴィオレーヌの姿は見えなくなっていたが、心配はない。彼女に渡した剣に付けられた宝石は、その所在を知らせる魔石の片割れとなっている。

 もう一つの片割れである魔石が、ブリジットをヴィオレーヌの下へと誘ってくれるだろう。見逃すことは無い。

 今後、オーバン伯爵領の調査が終わるまで、ヴィオレーヌは監視下に置かれるのだ。


 そうとは知らず、城下の賑やかな場所に宿をとろうと考えたヴィオレーヌは、オーバン伯爵領では体験したことが無い人込みを楽しんでいた。

「江戸ば思い出すなぁ。御維新の後に一遍しか行かんやったばってんが、こがん賑わっとったなぁ。うるさかばってん、活気があって良かね」

 とはいえ、楽しんでばかりもいられない。人が多いと背が低い彼女は埋もれてしまって、店を探すのも一苦労だ。


「ごめんばってん、通してくれんね!」

 と声を上げながら人込みを抜けたところで、ようやく食事が出来そうな店を見つけた。宿を兼営しているわけでも無さそうだが、とりあえず飯を腹に入れたかった。

「適当に、飯ば頼みたかとばってん」

 通りに面した場所に並んだ簡素なテーブルについた彼女が一声かけると、店の女性はけげんな顔を向けて来た。


「可愛らしいお嬢ちゃんだけれど、金はあるのかい?」

 はっきりと聞いてくるのは、彼女が年齢に見合った経験を重ねていることと、無銭飲食がそれだけ多いということを表していた。

 賑やかな王都にも、浮浪児や犯罪者はいる。江戸に比べても治安は悪いのだ。

「心配せんで良かよ。ほら」


 まさか持ち金を全て見せる必要も無いだろう、とヴィオレーヌは金貨を一枚だけ見せた。

「こいで、腹いっぱい食わしてくれんね」

「……あんた、なんでそんな大金持ってるのか知らないし関わりたくもないけれど、こんな通りで見せびらかすもんじゃないよ!」

 怒っているというより叱っているらしき女性に手を掴まれ、ヴィオレーヌはあっという間に店の奥の席へと連れていかれた。


「ご飯は用意してあげるから、お金は隠しときなさい! 誰かに見られたかも知れないから、帰る時は裏口を使うんだよ!」

「いやはや、かたじけない」

 なるほど見せ金をするのは気を付けねばならない。以前の髭面でいかつい見た目とはまるで違うのだから。


 反省もそこそこに、運ばれてきた肉や魚を味わい、野菜を齧り、硬いパンを噛み千切って飲み込む。

 城で食べた料理とは違う、薄味で粗野な料理ばかりだが、気取らない、素材の味がしっかりと味わえるこういう料理が彼女には嬉しかった。

「領地の野菜ば思い出すばい。みんな元気にしとっとやろか」


 腹が満たされてくると、しんみりと故郷を思い出す。

 幼女の見た目でするような表情では無いが、遠くを見るような目でぼんやりとしていたヴィオレーヌの視線の先で、何やら騒動が始まった。

「火事と喧嘩は……とか言うばってん、こいは見逃せんばい」

 これが男同士の喧嘩なら放っておくか、人々に混じって見物するかも知れない。だが、女性一人を男性陣が囲んでいるとなると話は別だ。


「理由はなんもわからんばってんが」

 椅子に立てかけていた剣を取り、腰へとぶち込むと、ヴィオレーヌは金貨を一枚、テーブルへと置いた。

「おばちゃん。お代ば置いとっけんね!」

「えっ? ちょっと、お嬢ちゃん!」


 飛び出したヴィオレーヌが、小さな身体を滑らせるように人込みを掻き分け、襲われている少女の前に立ちはだかる。

 その様子は子供が未熟な正義感に突き動かされたようにしか見えず、周りの男たちも、それどころか庇われている少女ですら困惑を見せていた。

「どがん理由か知らんばってん、助太刀の一人(ひとい)くらい、おって良かろうさ!」


 啖呵を切った彼女の右手では、貰ったばかりの剣が眩い光を放っていた。

ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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