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36.平民たちの戦い

よろしくお願いします。

「襲撃だ!」

 と、第一声が響いたのは日が落ちてすぐのことで、守りを固めている地元民たちも、敷地内で待機している兵士達も、暗闇にまだ目が慣れていない状態だった。

 最初に声を上げたのは門の真正面に歩哨として立っていた人物で、気付いた瞬間は数名が走って近付いてきたものとばかり思っていたが、数名どころではない。


「なんだあの人数は……うわっ!」

 歩哨の男性に向けて、いくつもの石つぶてが飛来する。

 背中を強かに打った男性は、それでも門の中へと逃げ込むようなことはしなかった。代官がいる屋敷を巻き込んでは、意味がないからだ。

「くそっ、若造どもが!」


 いくつかの石が領主館の壁に当たっている間に、声を聞いた仲間たちが集まって、防御陣形を敷いた。予め決めていた通りの動きだ。

「いいから、早く盾の後ろに来い!」

 仲間が急いで用意してくれた大盾の後ろに飛び込んだ男性は、いつの間にか頭に石つぶてを受けたようで、だらだらと鮮血を流している。


「血を止めないと……」

「後でいい! それより、デジレさんを呼んでくるんだ! あいつら、思ったより人数が多いぞ!」

 伝令が急いで連絡に向かうのを見送った男性は、服の裾を手で千切って力強く頭に巻いた。

 さながら鉢巻のように巻かれた麻の紐は、見る見るうちに赤く染まる。


「大丈夫か?」

 近くで待機していたデジレが盾の後ろへと駆け込み、ちらりと様子を窺ってはすぐに頭を引っ込める。

「酷い有様だな。念のために、この骨董品を用意しておいて良かった」

 デジレが言う“骨董品”は、今彼らの身を守ってくれている大盾のことだ。彼の祖父の時代に、盗賊団と町の戦いで使われたと言い伝えられているが、彼は眉唾だと思っていた。


 人間三人が隠れられるほどに巨大で、二人がかりでようやく運べるような重さのバカでかい盾だ。壁といった方が良いと誰かが冗談を言ったのを耳にしたことがある。

「あいつら、俺たちに石を投げて来やがった。今のところは俺がかすり傷を負っただけだが、下手すりゃ死人が出ていたぞ」

 妻たちを家に帰しておいて良かっと呟いた男性は、盾の後ろに隠しておいた棍棒を手に取った。


「デジレさん、あいつらは本気だ。この分じゃ、俺たちも覚悟してやらなくちゃならん」

「……少し持ちこたえれば、町から応援が到着する。こちらから積極的に手を出す必要はない」

 デジレの指示に、男性はため息交じりに頭を振った。

「手を出す? ちょっと叱りつけてやるだけですよ。悪さをしたらゲンコツを落としてやるのは、町の大人の仕事だ」


 話している間に、領主館の周りは三十代以上の男性が古ぼけた盾で守りを固め、その周囲に十代から二十代の男女が手に武器を握って包囲するという状況が出来上がっていた。

「ボドワンが見当たらないな」

 石つぶてが止み、互いににらみ合いになった状況で、それぞれの陣営が篝火を点け始めたことで、屋敷の周囲は一気に明るくなる。

 そこでデジレは首謀者であるはずの人物を探したが、見当たらない。


「どうなっている?」

「わかりませんね。ただ、このままじゃらちが明かないってことくらいしか」

 打って出ようと男性は主張するが、デジレは止める。

「できれば、このままにらみ合いで終わらせたい。……ボドワンが居ない理由がわからないが、誰かが交渉か演説にでも出てくれば、私が出て話をつける」


 大人たちが説得し、最終的にヴィーが彼らを諫めてくれれば一件落着となる。

「ヴィオレーヌ……ヴィー様はまだお戻りにならないのか?」

「おいおい、デジレさん。その呼び方は少し砕け過ぎじゃないか?」

「ふふ、そうかも知れないな。だがあのお方がお望みのことでもある」

 それに、とデジレは男性の肩を叩いた。

「ヴィー様は我々と同じ平民になられた。もう少し仲良くさせてもらって、もっと長くあの方と話をしたいと思うのは、悪いことじゃないだろう?」


 話している間に、若者たちの方から再び騒がしくなってきた。

「何をするつもりだ?」

「つもりってわけじゃないようですな。どうやらあっち側で騒動が起きているらしい」

「……見えないな。物見やぐらを組むような余裕は無かった。高いところから監視ができないのは、歯がゆいな」


 デジレは背後にある領主館を見上げた。

 石造りで三階建ての建物は、篝火の灯りでゆらゆらと照らし出されている。

 殆どの木戸はぴったりと閉ざされているが、二階中央にある窓からは代官が、三階の角部屋からはコレットとオルタンスが不安げに様子を窺っているのが見える。

「代官にお願いして、監視役だけでも館に入れてもらうってのはどうです? 難しいなら、塀の中から、梯子で顔だけだして様子見するくらいなら……」


 男性の提案は魅力的だったか、デジレはそれを了承するわけにはいかない。

「駄目だ。ここで代官が接収している屋敷を利用したら、私たちが自力で問題を解決したことにはならない。協力してもらいたいのはやまやまだが、代官に貸しを作るのもヴィー様のためにならない」

 デジレは、自分たちの問題を幼いヴィーに押し付けるのを良しとしなかった。


 もし、ここで代官たち王国側の助けを受けてしまったら、領地運営やヴィーの扱いに対して、必要以上に下手に出る必要ができてしまう。

「ヴィー様だけならば、中に入るのも良いだろうが……」

 王国から正式な依頼を受けて代官の手伝いをしている彼女であれば、屋敷に入る言い訳は立つ。だが、肝心の彼女は出かけてしまっており、まだ戻っていない。


「ヴィオレーヌ様を探しに行った連中はまだか?」

「止せ、声を押さえろ。相手にヴィー様の不在を気付かれるのは拙い」

 若者たちは、ヴィーがこちら側にいる可能性を考えて、思い切った突撃を敢行しないのだろうとデジレは踏んでいた。

 実際、若者たちの主な面々はボドワンがヴィーを誘い出していることを知っていたのだが、彼らに従っているだけの大半の者たちは気付いていない。


 むしろ、ヴィーの身柄を代官が領主館に監禁していると勘違いしているものすらいるのだが、ボドワンもパメラも、敢えてその勘違いを放置している。

「町の方から、敵が来たよ。どうする?」

 今、若者たちを率いているのはボドワンの親友で同い年の青年だった。

 名をエンゾといい、ボドワン同様ヴィーの手ほどきを受けた一人で、腕前も彼に引けを取らないが、些か気の弱いところがある。


「ここじゃあなたがリーダーなのに……」

 彼のサポート役として隣にいたパメラは、エンゾから相談されて嘆息する。

「十人くらいを後方の対応に当たらせて。包囲して合流できないように妨害するの。守りが厚くなると面倒よ」

「そうか、なるほど」


 パメラの提案に納得した様子で、エンゾはすぐに指示を出す。

「これでよし……。なあパメラ。ボドワンは大丈夫かな?」

「大丈夫よ。それより、ほら。あの窓を見て」

 パメラたちは今、若者たちが形作る陣形の中央当たりにいる。そこから真正面にライトアップされた領主館が見え、いくつかの木戸が開いているのがわかった。


「見える? いくつか木戸が開いているから、そこに矢を射かけるの」

「ちょっと待て。万が一にも代官に当たったりしたら……」

 パメラの提案に、エンゾは驚きと困惑で落ち着かず、右手を自分の胸にこすりつけている。焦っている時の癖だ。

「代官の部屋は建物の中央。あの三階左端の部屋の窓が開いているから、そこを狙えば大丈夫」


「でも、誰かに当たるかも!」

 約束が違うとエンゾは叫んだ。

「誰かを怪我させたり、最悪殺したりしたら本格的に王国と敵対してしまうんだよ? ボドワンもそれだけは注意しろと言っていたじゃないか!」

「大丈夫。代官の屋敷に攻撃が当たったとなれば、問題は大きくなる。そこでボドワンが説得したヴィオレーヌ様が出てきてことを収めれば、ヴィオレーヌ様だけがこの領地を治められると示せるのよ」


 エンゾは反論できなかった。

 彼は、ボドワンがヴィーを味方に引き入れてくれることを信じていないわけではなかったが、だからといって、ヴィーが来る前にそんな風に状況を動かして大丈夫なのだろうか。

 再び、胸をこする。

「いい? あの窓には誰も見えない。閉め忘れたか、空気の入れ替えでもしようとしていたんでしょう。怪我人なんて出ないわ。弓が上手な人に任せれば、問題は何も無いの」


 冷静に考えるなら、この状況でそんなことはあり得ない。

 この時エンゾが目を凝らして確認していたならば、開いた木戸の内側に、うっすらと二人の人影が見えた可能性は高い。

 だが、パメラの言葉を鵜呑みにして、エンゾは頷いた。

 納得したと言うより、パメラの言葉に従っただけだという心理的な保険を無意識にかけていたのかも知れない。


「……三人、弓が得意なのがいたよな。あの部屋を狙ってくれないか。そうだな、一射ずつ……」

「三射ずつ」

 指示を出そうとしているエンゾの隣から、パメラが口を挟んだ。

「……三射ずつ、あの窓に向かって射ち込んでくれ」

 エンゾの指示を受けて、指定された三名が矢を構えて弦を引き絞ったとき、パメラの顔には笑みが浮かんでいた。

ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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