24.幼女、再び奮闘する
よろしくお願いします。
「近づかんね!近づくぎんた、あがん長物てん使い難ぅなっけんが!」
ヴィーの話に納得したのか、近衛騎士たちは距離を取って慎重に敵と対峙していたのをやめ、意を決して肉迫するように動き始めた。
「良か。そいで良か」
一人の敵に背後から取り付き、剣の切っ先を兜と鎧の隙間から差入れたヴィーは、敵の身体を踏み台にして周りを見渡すと、満足げに頷いた。
血煙と共に倒れた敵から転がるような勢いで離れると、また別の誰かに取り付いて、膝を突き刺す。
たまらず膝を突いたその兵士は、脇から剣を突き刺され、肩を貫通したその刃を顔に受けて絶命した。
その様子を見ていたオディロンが、驚愕の叫びをあげる。
「なんという正確な狙いか! あ奴め、鎧の弱点を熟知しておる!」
「怖い子ね。だけれど、参考になる……!」
リーチの差で押し込まれていたブリジットも、ヴィーの動きを真似て敵兵氏に肉迫する戦法を選んだ。
すでにいくつかの傷を負っているが、動きは決して鈍っていない。
「おおお!」
勇気を振り絞った突進は敵のポールアックスの攻撃を潜り抜けた。柄の一部が肩に触れるが、回転の中心部に近い場所では速度も遅く、痛くもかゆくもない。
「なるほど。これならわたしの方が有利ね」
ヴィーがやっていたことを思い出し、兜で守られていない顔面を、顎下からナイフで突き上げた。
すぐに引き抜きぐったりと力を失くした敵の死体を盾にして後退すると、ブリジットはヴィーに声をかけて近くに来てもらった。
「どうしたのですか、これは一体」
「おいにもわからん。コレットの話ば聞いたけんが、来てみたぎんたかんなっとった」
ヴィーの口ぶりから、どうやらイアサントと彼女の行動は計算されたものではなく、偶発的な遭遇だということを知る。
「おっ、そん子はどがんしたとね」
「どう説明すべきか……コレットさんが地図作成の依頼を受けた人の、恋人ですよ。ここまで付いてきてもらったのですが、失敗でした」
「ふぅん。そいで、探しよったとは見つかったとや?」
「ええ。確たる証拠が見つかりました。その証拠が、この大規模な妨害ですよ」
「生きて帰らねば、悪事は闇の中というやつですな! まったく、腹立たしい!」
憤っているオディロンは、まるで怒りをぶつけるかのように兵の顔面に拳を叩きつけていた。ヴィーのアドバイスを聞いたのか、大剣はもっぱら防御に使い、拳で相手を昏倒させているようだ。
「重畳、重畳」
信頼できる人々によって正義は成されようとしている。それが嬉しいヴィーは、ニカッと歯を見せて笑った。
「ここさん来とっとは、雑兵ばっかいや」
「うぅむ。ワシにはわかりませぬが、指揮官はいるでしょう」
オディロンがそう断じた理由は二つある。
先ほど攻撃を命じた人物の声と、その通りに従っている兵士たちの動きに迷いが無いことだ。
相手はやはり組織としての戦力であり、そこいらからの掻き集めではない。
「そいぎ……」
どこにいるかと探し始めたヴィーの横で、ブリジットが一人の男を指差した。
「彼です」
「なんでわかっとね?」
「デュランベルジェ侯爵の名前を聞いて思い出しました。あの男は侯爵家の私兵で専属護衛として侯爵と共に登城したことがあります」
ブリジットの言葉には、嫌悪と怒りが込められている。
「思い出したら腹が立ってきました。あの男、貴族の次男だか三男だかの出身らしいのですが、自分には何の地位も無い癖に城内では侍女に対して横暴な振る舞いをしていたのです」
やれ紅茶が不味いから淹れなおせだの、肩がこったらか揉めだのと、侯爵が城内で用事を済ませるまで待機室でうるさく指図をしていたらしい。
デュランベルジェ侯爵は貴族派の筆頭であり、王室の権力を少しでも削ろうとやっきになっている。
そのため近衛に所属するブリジットのような侍女が監視を兼ねた対応をしていたのだが、侯爵本人よりも護衛の男の方が反感を買う始末だった。
「そいぎ、あの男から首魁に繋がっばいね」
なら話が早い。
こういった戦場では、指揮官をいかに潰すかにかかっている。敵が一団であるならば、その男を殺害するなり降伏させるなりすれば戦いは終わる。
尤も楽な戦闘の終わらせ方であり、戦後の始末もやりやすい。
「腹ば切る役のおっぎんた、勝った側も納得すっけんね」
「……そういう問題ではないかと」
ブリジットは戦後の処理についてのメリットに異議を唱えたが、その言葉が終わるより早く、ヴィーは目標へ向けて進み始めていた。
どん、どん、と敵味方にぶつかりながら、鎧で保護されていない敵の膝裏を刺し、味方は怯えずにもっと敵に近づけとばかりに押し出す。
大人たちの乱戦の中、身長百二十センチ程度のヴィーは兵士たちに紛れて敵にも味方にもそう簡単には見つからない。
時折、銀髪が輝いて見えることでブリジットやオディロンは彼女が無事に敵へと肉迫していくことが確認できるくらいだ。
「な、こ、こいつは!?」
指揮官は、突然目の前に現れた幼女に虚を突かれたらしく、二歩ほど下がって味方にぶつかった。
「はあ、おいば知っとっばいね」
「どうしてここに……」
「ふうけとろう? お前ば捕まえに来たとくしゃ」
「おのれぇ……こいつは危険だ! 囲んで突き殺せ!」
しかし、命令は遂行されない。
「取り巻きはワシらに任せられよ!」
「おおぅ、恩に着るばい!」
オレリのことをブリジットに任せたオディロンがヴィーの背後をしっかりと守り、他に近衛の者たちも彼女を守ろうと動いていた。
「畜生! やるしかないのか!」
悪態を吐きながら剣を構えた指揮官は、それなりに鍛えているようで、鎧の下の怒り肩を見せつけるように大上段に構えた。
直後、猛烈な正面打ちが連続してヴィーを襲う。
「ぬおおお!」
まるで畑を耕しているかのような動きだが、なまじ腕力任せなぶん、動きが読み辛い。
「力ん強かねぇ!」
「妙な訛りで言われても、嬉しくはねぇな!」
軽口を言いつつも、ヴィーは明らかに圧されている。
振り下ろす動きに側面から剣を合わせるように逸らしているヴィーだが、防戦一方になっているのは間違いない。
これが元の身体であれば、摺り上げの剣を叩きつけて剣を跳ね返してやるところだ。生まれ変わる前は、基本の稽古として何度もやった。
「木剣の感触も憶えとっとばってん、こいばっかいはどがんしゅうでんなか。虚しかばってんが、今はヴィーとしての戦いばせんばいかん」
「何を言って……おおっ!?」
また振り下ろされた剣の腹へ、側面から自分の剣を当てたヴィーは、肩を押し付けて体当たりのように剣を横へと弾き飛ばした。
攻撃のベクトルに横から力を加えることで、敵の隙を作り出す動きだ。
何ともシビアなタイミングを要求されるが、領地の子供たち多人数から斬りかかられて捌くという稽古の成果は充分に発揮されたのだ。
しかし、いかんせん威力は低い。
「こなくそぉ!」
横に押されるなら押し返すまでとばかりに、指揮官は足を踏ん張って逆にヴィーへと横殴りの打撃を叩き込んできた。
全身のばねを使って剣を弾いていたヴィーは、すぐには対応できない。
「ああ、もう! うらめしか!」
「恨むなら、お前の所に逃げ込んだ娘を恨め!」
言葉と同時に、指揮官の剣がヴィーの剣を弾き飛ばした。
「くっ……」
握力では勝ち目がない。遠くへと転がっていった剣を、目で追うような時間は無かった。
「これで終わりだな!」
「うんにゃ。そがんことは無か」
最早防御の方法は無いと判断した指揮官は、再び大上段からの振り下ろしを狙う。今まで多くの刺客が撃退された彼女を始末することができれば侯爵からの評価も上がるだろうとほくそ笑んでいた。
対して、ヴィーは冷静に相手の様子を見ており、自分の剣には一瞥もせずに、相手の攻撃に合わせて腹に目掛けて頭を叩きつけるような勢いでぶつかった。
「おっ、と。ふん。そんな小さな身体でぶつかったところで……」
俺を倒すには力が弱すぎるし、身体も軽すぎると言おうとしたが、言葉は途切れ、その直後には戦場に彼の甲高い悲鳴が響き渡った。
「いぎゃああああああああああ!?」
悲鳴が途切れると、指揮官は泡を吹き、尻を突き出すような格好で前のめりに倒れた。
「身体の小さかっちゅうことは、潜り込むとの楽になっちゅうことばい」
倒れ伏した指揮官の尻からは、木製の串が二本突き出ていた。
屋台で食べた串焼きの棒だ。
一本は肛門に、もう一本は睾丸に。元男であるヴィーは正確にその場所を見抜き、同時に串を叩き込んでいたのだ。
あまりの痛みに指揮官は気絶しているが、命に別状はないだろう。いずれ回復し、尋問も問題無くできるはずだ。
そして、残された兵士たちである。
指揮官がこれだけ酷い目にあっているのを目の当たりにして、近くにいた兵士たちは次々に降伏し始めていた。
「これは、どうも……うーん……」
敵とは言え、あまりの仕打ち。
青褪めたオディロンは、ヴィーから少しだけ距離を取った。
こうして侯爵の兵士たちが降伏したことで戦場は急速に落ち着きを見せ始める。
「これで、終わったんでしょうか?」
指揮をしているイアサントの近くでヴィーの様子を見ていたコレットは、勝利の笑みを浮かべて地面に倒れた彼女を見とどけて呟いた。
「それはどうでしょう。我々としては、これからが面倒ですよ」
恐らく侯爵は自分の犯罪を認めることなく、気絶している指揮官なり他の部下なりが勝手にやったことだと言って罪を逃れるだろう。
他の多くの貴族がやっているトカゲのしっぽ切りであり、罪は明白なのに釈放せざるを得なくなった相手をイアサントは幾人も知っていた。
「ところで、捜査の中で聞いたのですが、コレットさん」
イアサントはちらちらと周囲を見てから、声を押さえて尋ねた。
「あなたはフォーコンプレ子爵領の出身だと聞きましたが」
「はい、そうですが……」
どうして急に出身地の話になるのかと身構えたコレットに、イアサントは苦笑いで「そう緊張しなくていい」と伝えて、もう一つの質問を口にする。
「もしかして、オルタンスという名前の姉がいたりしないか?」
その名は、フォーコンプレ子爵家出身であり、城の文官として働いている女性の名前だった。
「……はい。オルタンスは私の姉です」
少しの逡巡を見せた後、コレットが返した言葉に、イアサントは眉間を押さえて頭を振った。
「だとしたら、問題はより大きくなる。申し訳ないけれど、貴女にはしばらく近衛の保護を受けていただきます」
それともう一つ、イアサントはコレットの姉について伝えることがあった。
「あなたのお姉さんは、ヴィオレーヌさんの出身地であるオーバン伯爵領に居ます。あなたを心配していましたよ。手紙でも良いので、無事を伝えてあげてください」
「わかりました……でも今は、先にやることがありますので」
「やること? ああ、なるほど」
大の字になって地面で眠り始めたヴィーのところへ駆けていくコレットに、イアサントは納得したように頷いて、笑った。
そして翌日の午後、デュランベルジェ侯爵家当主オクタヴィアンは王城への出頭命令を受けて登城し、一連の事件について問われたのだが、イアサントの想像通り、全て部下の責任であると説明し、王に対して管理体制を見直して徹底した不法行為の排除を約束した。
貴族院がこれで決着であるとの声明を出し、表向きに事件は終了となった。
ブリスという青年の犠牲も、襲撃に巻き込まれたオレリへの謝罪も無い。ただ部下を処刑することが決まったのみで、貴族たちは納得し、平民は黙殺されることになった。
まるで、それが当然の帰結であるかのように。
ありがとうございました。




