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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
24/51

23.墓所、戦場になる

よろしくお願いします。

 長い眠りから目を覚ましたヴィーが最初に発した言葉は、

「コレット、か。無事やったばいね(無事だったんだな)

 だった。


「ヴィー。あなたがそれを言っちゃだめでしょ」

 呆れたように笑いながら、コレットはベッドの上でゆっくりと上半身を起こしたヴィーを抱きしめた。

 細い身体を包み込むと、こんなに小さな身体で自分を助けに来てくれたのかと改めて感謝と申し訳なさが心に染み入る。


 対して、ヴィーの方は不満げだった。特に自分に対して、だ。

まぁた倒れたばいね(また倒れたんだな)……」

 体力の無さを自覚しつつも、どうにも丁度良い具合というのが計れない。実家にいた頃は稽古してすぐに休息というローテーションが出来ていたが、実戦となると魂の記憶に引きずられて体力の限界を超えて活動してしまう。


とりあえず(とりあえず)腹の減った(腹が減った)

「三日も眠っていたから、当然よね。すぐに用意するから、横になっていて」

「三日!? そがんもや(そんなにか)!?」

 どうりで身体の節々が固く感じる、とヴィーは忠告を無視しでベッドの上で身体をぐりぐりと動かして解していった。


 思ったよりも、身体に不調は無い。どういう理屈かいくつかの古傷を除いて怪我もほとんど残っておらず、関節もそれほど凝り固まっていないようだった。

「むぅ……こがん時は(こんな時は)若っか身体で(若い身体で)良かったち思う(良かったと思う)

 これが前世の身体であれば、三日も眠っていれば半日は身体がまともに動かなかっただろう。


歳は取りとうなかね(歳は取りたくないな)

「何を年寄りみたいなことを言ってるんだか」

 予め用意していたのを温め直したらしい麦がゆを差し出し、コレットはヴィーと並ぶようにベッドへと腰かけた。

「コレットは、大丈夫ね(大丈夫なのか?)


「お陰様でね。ヴィーがなかなか目を覚まさなくて心配したくらい」

そいは(それは)すまんかった(すまなかった)

 二刀の男を倒したヴィーが昏倒した後、イアサントが駆け付けて二人を保護してこの部屋へ案内し、治療師を手配したとコレットは説明した。

 近衛騎士隊が秘密裏に所有する建物の一つで、緊急時に証人を保護したりするために使用しているらしい。


「隊長さんには、世話になる(世話になる)ばっかいやね(ばっかりだな)。で、その隊長さんは(隊長さんは)どがんしたとね(どうしたんだ)

「あの建物について調べているらしいけれど、詳しいことは聞いてないんだ。昨日はブリジットさんに色々話をしたんだけれど、そっちも何か調べてるみたいだけれど……ちょっと?」


 話している間に、さっさと食事を終えてしまったヴィーは「おいの服は(俺の服は)どこさんあっと(どこにある)?」と言いながら着せられていたネグリジェのような服を脱ぎ始めた。

「他には誰もいないけれど、少しは女の子として恥じらいを持ちなさいよ」

「ん? ああ、そうやった、そうやった」


 十歳程度の年齢であれば、人前で裸になって水浴びをしている姿は珍しくないのだが、流石に無頓着すぎるとコレットに言われて、ヴィーは自分の姿を思い出して笑った。

昔ば思い出す(昔を思い出す)ごたっことの(ようなことが)続いたけん(続いたから)うっかいしとった(うっかりしていた)

「昔って……」


 コレットが問う前に、彼女が差し出した服を取って着替えながら、ヴィーからの質問が出た。

「ブリジットさんは、何ば聞きに(何を聞きに)来たとね(来たんだ)?」

「私が依頼された地図のことだった。場所を確認するって話だったけれど……あの人、亡くなったって……」

 コレットに対して、ブリジットは自分が調べた内容を全て話していた。他言無用に願いますとは言われたが、ヴィーには良いだろう。


「コレットは、頼まれた仕事ば(頼まれた仕事を)ちゃんと(ちゃんと)やったっちゃけん(やったのだから)そがん気にせんで(そんなに気にしなくて)良かさい(良いでしょ)

 それよりも、とヴィーはベッドわきに置かれていた剣を取り、すらりと抜いた。

「おお、ちゃんと手入れば(ちゃんと手入れを)してくいちゃっ(してくれている)……コレット、おいたちも(俺たちも)動こうさい(動こうよ)


 足が届かないベッドの上から飛び降り、ヴィーは鞘に納めた剣を腰に佩いた。

騎士たちばっかいに(騎士たちばかりに)働かすっぎ(働かせたら)申し訳んなかろうが(申し訳ないだろう)そいにさ(それにさ)すっきりせんやろ(すっきりしないだろう)?」

 自分が何に巻き込まれているのか、知りたくはないか。ヴィーがそういうと、コレットは複雑な顔で頷いた。


「納得できるけれど……ヴィー、あの男の人と同じこと言ってる」

そがんね(そうか)

 何が楽しいのか、ヴィーはコロコロと笑いながら部屋を出て行き、コレットは嘆息しながらも鞄を掴んで彼女の後を追う。

 その表情は明るかった。ヴィーは彼女を置いていく選択肢を口にしなかった。二人で行動するのが当たり前だと、受け入れてくれたのだ。


「それで、どうするの?」

「もう、逃げ回っとは(逃げ回るのは)飽きたばい(飽きたよ)

 町の中にはいつもより騎士の姿が多い。いつも警邏に当たっている騎士たちではなく、普段は城の中にいる近衛たちがいるのだ。

かん時は(こういう時は)最初から(最初から)見ていくぎ(見て行けば)良かとさ(良いのさ)


「最初?」

「最初、最初……あ、串ば二つ(串を二つ)いや(いや)三つばっかいくれんね(三つほどくれ)

 眠っていた建物は結構な街中にあったようで、家を出るとすぐに繁華街へと出ることができた。そこで見かけた肉の串を頼み、ヴィーは一本をコレットへ。二本を自分の口へと運ぶ。


肉ば食わんば(肉を食べないと)回復せんばい(回復しない)

 御維新以降でも然程肉食に慣れなかったヴィーだが、この世界ではすっかり気に入ってしまった。前世で牛鍋を食べずにいたのを後悔する程度には。

 騎士が多く立ち歩いているせいか、町はどこか緊張したような雰囲気であり、兵士たちはこそこそと隅を歩き、平の騎士たちは居心地が悪そうだ。


こん話の(この話が)どっから(どこから)始まったこっちゃい(始まったのか)考ゆっぎ(考えれば)自ずと場所の(自ずと場所は)決まっさい(決まるだろう)

「話の最初……私が依頼された地図のこと?」

 コレットの言葉に頷き、ヴィーは食べ終わった串を懐へと放り込んだ。

「ブリジットさんよいた遅かかも(よりも遅いかも)知れんばってん(知れないけれど)何こっちゃい(何か)わかっかも知れん(わかるかも知れない)


 そう話していた頃に、オディロンとブリジットはオレリを連れて地図の場所に辿り着いていた。

 時刻はまだ昼過ぎだが、場所は共同墓地に近い場所であって、あまり人気が多いとは言えない。

「ひょっとして、ここですか?」

「どうしてわかるのですか?」


 平たく削られた墓石が横たわるように半ば土に埋まっているのが一般的な形式である。

 それがずらりと墓地の一角、最近磨かれたらしい墓石をオレリが示すと、ブリジットは否定しなかった。

「彼の、古い友人のお墓なんです。まだ小さいときに、病で亡くなったと聞きました」

 地図は共同墓地の隅にあるその墓を示していて、墓石の脇に最近掘り起こしたらしい跡が見える。


「お願いします」

「承知。では、失礼する」

 ブリジットに促されたオディロンが素手で土を掻き分けると、すぐに小さな木の箱が出て来た。副葬品などではなく、まだ新しい箱だ。

 箱には鍵が無く、簡単に開いた。


「これが……拝見しても?」

「はい。お願いします」

 オレリに一言断ったオディロンは、四つ折りにされた紙を取り出し、丁寧に開いていく。

「……なるほど。これは確かに危険なものであるな」

 紙は二枚あり、一枚はこれを隠したブリスの手紙だった。そこには、彼が関わってしまった組織の上位者が何者かを知ってしまったと実名が書かれている。


 そして、その証拠を示すかのように同封されていたもの。

「命令書ですね」

 記載内容を確認したブリジットは眩暈がするような感覚に襲われながら声に出す。

「デュランベルジェ侯爵家当主オクタヴィアンのサイン付き。内容は領地の炭鉱で働かせる奴隷を急ぎ補充しろと書かれていますね」


 普通なら残さないような書類であり、サインまで入っているのは何か緊急の用事があったのか、それとも補充が上手く行かずに部下を脅す目的があったのか。あるいは、偽造を恐れた当主があえてそうしたのかも知れない。

 偶然にしても、これが王家に渡ればかなり大きな問題になるのは間違いない。

「たまりませんな。こんな物を持っていたら、命を狙われると考えるのは当然でありましょう」


 確たる証拠を掴んだことを確認している二人の隣で、ブリスからの手紙を読んでいたオレリは膝から崩れ落ちた。

「あの人……あれほど危ない人と付き合うのはやめなさいって……」

 もしかすると、どこかで足を洗うことができたかも知れない。だが、いつの間にか引き返せないところまで来ていたのだろう。犯罪組織が加わるのは容易で、抜けるのは困難であるのはいつの世も変わらない。


「では、これを王城へ届ければ一件落着ですな。もちろん、彼女の保護も必要ですが……」

「どうやら、それが最優先になりそうよ」

 敬語を捨てて、ブリジットが素早くナイフを抜くと、オディロンも即座に反応して剣を抜く。

 一人状況がわからずに戸惑っているオレリを、ブリジットはオディロンの後ろへと押し込んだ。


「隠れていて、このでかいのの後ろから出ないように気を付けてください」

「え、え……?」

 店が監視されていたのか、ブリジットたちが尾行されていたのか、気付けば二十人を超える集団が墓地を取り囲んでいた。

 いずれも金属鎧を着こんで兜で顔を隠し、ポールアックスやロングソードといった物々しい装備でガチガチに戦闘態勢を取っていた。


「この連中、どう見てもゴロツキの類ではありませんな」

「冗談を言っている状況ではないわ。とにかく、あなたは彼女と書類を死守! 隙を見て脱出しなさい!」

 恐らくは侯爵家かその派閥に与する貴族が出した兵士たちだろう。いくつかのグループに分かれて、町の角にある墓地へと三人を追い詰めている。


 これほど明らかな絶体絶命は無い。

 完全に怯えてしまっているオレリはすっかり足がすくんでいるようで、とても走れる状況では無かった。深読みして彼女を連れてきてしまったことを悔やみながら、ブリジットはどうにか相手の注意を引いてオディロンたちを脱出させる方法を考えている。

 しかし、その必要はなくなった。


「何をしているか!」

 大喝が響き渡り、多くの足音が墓地へと迫って来た。

「隊長!?」

 それは、近衛騎士たちを率いてやってきたイアサントだった。武装している男たちがいるという通報を受け取った近衛が、危急と判断して彼に報告したのだ。


「よくも城下で好き放題にやってくれたものだな」

 ブリジットたちを包囲していた兵士たちも近衛であると気付いたようだが、人数は兵士たちの方が倍近く、鎧を着て重武装している自分たちに対して近衛は隊服とサーベルという出で立ちであったものだから、戦意を失ってはいないらしい。

「怯むな! 一人残らず始末すれば、何の問題も無い!」


 兵士たちの一角で、率いているらしい人物のくぐもった叫びが聞こえると、集団と集団はより彼我の距離を縮めていく。

「舐められたものだな……。近衛の誇りを持って、陛下の身辺を騒がせる不逞な輩を“処断”する! 全員、行動開始!」

「これはどうも、えらいことになりましたな」


 乱戦が始まる中、オレリを庇いながら敵の攻撃をどうにかいなしているオディロンだったが、長柄武器が多い相手とのリーチの差は如何ともしがたい。

「逃げる隙を窺いなさい!」

「そうしたいのは山々なんですが……」

 オディロンもブリジットも、いわゆる“戦場”の経験は無い。多人数の乱戦でどう行動するか、教わってはいても実戦は未経験だ。


 戦闘開始から数分。

 墓所を踏み荒らしながらの戦闘が続き、双方に幾人かの犠牲が出たあたりで、小さな人影がするりと戦場へと踏み込んできた。

「義によって助太刀いたす!」

 勇ましい内容に似つかわしくない、可愛らしい声。


こん感じ(この感じ)久しぶいばいね(久しぶりだな)!」

 活き活きと声を弾ませているその人物は、ヴィーだった。

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