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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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21.平騎士、叩き起こされる

睡魔にやられました。

お待たせして申し訳ありません。

「うーむ。快適である」

 イアサントの計らいで近衛騎士のための治療室に入院していたオディロンは、想定外の快適さに仕事のことなど忘れそうだった。

「お加減は如何ですか?」

 真新しい寝具に包まれて横になっていたオディロンに、純白のエプロンを付けた女性が話しかけた。治療室で看護を担当する侍女の一人だ。


 十代半ばくらいに見える柔らかな笑顔が素敵な女性で、オディロンは入院当時から彼女に手厚い看護を受けていた。

「まだ少し痛むのですよ。いやあ、参った、参った」

「まあ。では鎮痛剤入りの飲み物を用意しますね。お腹は減っていませんか?」

「少々腹は減っております。いや、お恥ずかしい」

 厳つい髭面をゆるゆるに綻ばせて、オディロンは頭を掻いた。


 騎士訓練校の厳しい集団生活を経て、その続きのような騎士生活を送っていたオディロンにとって、女性に世話をされながら日がな一日ベッドの上でゴロゴロしている生活というのは未体験のことだった。

 訓練中に怪我をしたときは、一応の治療だけされて寮の簡素なベッドに転がされていただけ。正騎士になってからも似たような扱いなのだ。


「では、何か軽い食べ物をご用意しますから、安静にしておいてくださいね」

「かたじけない」

 緊張気味に頼むオディロンが可笑しかったのか、くすりと笑って侍女は部屋を出て行った。

 こうしてオディロンは二日間を過ごしていたが、傷そのものは既に塞がっている。

 高位貴族たちが使用する高価な治癒魔石を使って命の危機は脱したものの、血は足りていないのだ。そのため、しばらくは安静にするよう命じられていた。


 特に見舞客がいるわけでもなければ、普段は近衛が使う治療室ということもあり、見知った顔も居ない退屈な治療の日々を数日は過ごす。

 そのはずだった。

 死んだと聞いていたブリジットが姿を現すまでは。

「女の子にお世話してもらって、のんびり治療なんて、良いご身分ね」


「……なんと。ワシは夢でも見ているのか? 神よ、迷える魂に安らぎを……」

「死んで無いわよ」

 ヴィオレーヌが投獄され、世話していた時同様に侍女の姿であった彼女は、顔も隠さずに部屋を訪ねて来ていた。

 事件に関わった者たちには死が偽装されていたが、元々城内では“イアサントの命令で動く侍女”として行動していたので、誰も気付いていない。


「妙な話でしょう? わたし自身はここにいるのに、近衛のブリジットが死んだことだけが事実として広まっているのだから」

「なるほど。いやしかし、ご無事で何よりです」

「わたし自身は軽傷で済んだから、あなたに比べれば運が良かった」

 多少の打撲と両手の切り傷だけだった彼女は、この治療室で綺麗に回復したあと、表向きの死亡説を流して以降はイアサントの命令に従って調査を進めていた。


「一件が終われば、情報が修正されることになっているわ」

「大変ですな……」

 町にいるオディロンのような平騎士は、いわゆる警邏と民間の犯罪事件捜査が主な仕事である。偽装して捜査などまずやらない。

「他人ごとのように言わないで。とにかく、目が覚めているなら丁度良かった。すぐに準備を整えなさい」


 そう言ってブリジットが放り投げたのは、騎士隊の制服だった。

 元々着ていたものは、怪我をして運びこまれた時に処分されてしまい、今はすっぽりと頭からかぶる入院着のような薄い麻布一枚だけだ。

「準備? ですがワシは……」

「少々血が足りない程度、男なら気合いでどうにかなさい。あなたにも捜査を手伝ってもらうわ」


「何故単なる騎士爵のワシに?」

「町に関して詳しい人の手伝いが欲しいの」

 背中を向けているから、その間に着替えろと言われてオディロンは渋々身体を起こした。大柄な彼は、貧血のめまいなどは然程感じておらず、動こうと思えばすぐに動ける。

「テランスという名前の騎士は知ってる? テランス・ケクラン。この町で勤務していた、あなたと同じ騎士」


「……存じております」

 つい先日、留置していたヴィーを殺害しようとした騎士のことだ。

 問答無用で殺害を主張することに違和感を覚えたオディロンの質問によって、上からの命令であると判明したところで、テランスを留置場に監禁したのだ。

「そういえば、あの後はどうなったのでしょうな。誰かが発見したとは思うのですが」


「確かに、あなたの同僚が発見したわよ。テランスの死体を」

「死……死んだ? どういうことです。死ぬような怪我を負わせた覚えは……」

「わかっているから、落ち着きなさい」

 テランスは毒によって殺されたらしく、激しい悶絶の挙句に爪が剥がれるほど激しく格子を引っ掻いてこと切れていたらしい。


「一時はあなたに疑いがかかったらしいけれど、今は捜査を近衛が担当することにしたから、一先ずは大丈夫。……本当にあなたじゃないでしょうね」

「笑えぬ冗談ですな。彼には腹が立ちましたが、奴は誰かから命令を受けておりました。法の裁きを受けるにしても、情報を話して多少の慈悲を受けることもできると思っておりましたが……」


 口封じであろうことは、ブリジットにもオディロンにも簡単に想像がついた。

 着替え終わったオディロンを連れて、ブリジットは城の中を進んでいく。

 城内の西部は近衛騎士たち武官のためのスペースであり、ヴィーが軟禁されていた貴族のための牢もこの一角に存在する。

 広い廊下を裏口へと向かいながら、状況説明は続いた。


「ヴィオレーヌさんは、別の場所で治療を受けていることは知っているでしょう?」

「はい。見事に敵を倒し、コレットさんを助け出したとか。素晴らしいことですな。傷は大したことは無いと窺いましたが……長いですな」

「傷は少なくても、出血と疲労が酷いらしいから……。今は隊長が用意した場所でコレットさんと共に匿ってる」


 本来ならば王城があまり関わるべきではないが、イアサントは王とかけあってヴィーをコレットと共に保護することにした。

 現時点でかなり高位の貴族が関わっていることがわかっているので、最早王家が完全に無関係を決め込むわけにはいかなくなってきている。

「隊長が踏み込んだ家には、炭鉱に売られる予定の奴隷たちがいて、雇われた騎士たちの警備がされていた。王都でこんな真似、伯爵以上の地位でもないと不可能よ」


 王国において、奴隷制度はすでに過去のものになっている。

 しかし、法で禁じても需要があれば供給する者が出てくるもので、借金などで身売りせざるを得なくなった者たちの内、まだ働ける男たちを集め、炭鉱などの重労働へ送る犯罪は確かに存在していた。

「一定の人数が集まればまとめて炭鉱へ送る予定だったのでしょうけれど、まとめて近衛が保護をしているわ」


 裏口を出たところで、ブリジットは侍女服を脱ぎ捨て、下に来ていた町娘の衣装を軽く整えた。頭からスカーフを被り、目元を隠す。

「わたしは隊長から命じられて、屋敷の持ち主やその目的を調査していたのだけれど……今日、これがあなた宛てに届いたの」

「手紙、ですか」


「念のため、中身は先に確認させてもらったわ」

「構いません。……ワシを早々に起こした原因は、これなのですな」

 羊皮紙を巻いただけの手紙は、ブリジットが言う通りすでに封蝋が剥がされていた。手早く開いて確認したオディロンは、口をへの字に曲げた。

「通報……というよりは助けを乞う手紙のように見えますな」


 筆跡は女性のようだが、断定はできない。

 内容としては、危険な情報を手に入れてしまったので、オディロンにだけ情報を渡したいというものだった。

「差出人は不明。便利屋が例の詰所に持ってきたところにわたしが居合わせたから、当番の騎士に受け取らせて、わたしが預かってきたのよ」


 髭を撫でたオディロンは、差出人が待っていると手紙に記された場所を知っている。

「罠かも知れないけれど、本当に情報を持っているなら、あなたがいた方が話は聞きだしやすい」

「そのために叩き起こされたわけですな。たっぷり二日も休ませていただきましたから、もちろんやりますとも。軽食を逃したのは残念ですが」


 流石近衛は良いものを食べているとオディロンは嘆息した。普段彼らが食べているものとはパンの香りから違うのだ。

「それくらい、仕事が終わればわたしが食堂に案内してあげるわよ。それよりも、気を付けていきなさい。訪ねていったが最後、大勢に囲まれて斬り刻まれる可能性だってあるのよ」

「その可能性があるとしても、騎士としては民衆の声に応えねばなりますまい」


 なるほど、とブリジットはオディロンが指名された理由がなんとなく分かった気がした。

 捜査の中で念のため彼のことも調べてみたが、どうも騎士たちの中では浮いた存在だったようだ。こういう部分で“平民の味方をし過ぎる”というのは、騎士たちの中では煙たい存在として映ったのかも知れない。

 民衆に信頼される、理想の騎士として振る舞おうとする彼は、そうなれないことを自覚している者たちには鬱陶しいのだろう。


「ところで、治療室の侍女に鼻の下を伸ばしていたけれど」

「そういうわけでは……まあ、あのように可憐で甲斐甲斐しく立ち働く女性が美しく見えるのは当然ですな」

「あの人も近衛騎士よ。素手なら私より強くて、投獄された貴族が暴れたり、誰かが救出に侵入したときには制圧する役割がある。……あなたが妙な動きをしたら、即座に始末するつもりだったでしょうね」


 背筋に寒いものを感じたオディロンは、眩暈がしてきた。

「むぅ……人は見た目ではわからぬということですな」

「おまけにわたしより十歳近く年上で、伯爵家の女当主よ。未婚だから、気に入られたらチャンスはあるかもね」

「それは夢がある、と言いたいところですが」


 家格、実力共に絶対に敵わない相手となると、毎日が落ち着かないだろうとオディロンは思った。

 笑顔とも困惑ともつかない顔で、唸る。

「懸命に働いて、酒の一杯を引っかけて心地好い気分で狭いベッドに転がるのが、ワシには似合っていると思いますな」

「そうね。わたしもそう思う」


 ブリジットも似たような生活をしているので、そこは共感できてしまった。

「ここですな。さて、慎重に行きましょう」

 話しているうちに、手紙が指定した場所に到着した。

 そこは平民たちの居住区であり、井戸の周りで洗濯をしている女たちや、裸足で元気に駆け回る子供たちがいる場所だった。


 その一角にある、小さな商店。

 生活雑貨を扱うらしいその店が、指定の場所だった。

ありがとうございました。

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