18.騎士隊長、処断する
よろしくお願いします。
「まずは裏口を探すとしましょう」
外周に敵がいないことを予想しつつも、イアサントは充分に周囲を警戒しながら建物の周囲をぐるりと回る。
三階建ての邸宅は、ごく単純な直方体の構造で、石と煉瓦で形作られた本体を、彫刻で飾り付けたような、周囲にいくらでもあるデザインのものだった。
そんな貴族の邸宅には必ず裏口が複数存在する。
危急の際に出入りすることを目的としたいわゆる『抜け道』のためにあるものと、使用人たちや出入りの商人が商品を届けたりするための勝手口としてのものだ。
馬鹿々々しい話ではあるが、貴族が使う出入り口と平民である使用人が使う出入り口は分けるのが原則であり、非常用としても変わらないのだ。
「ここですね」
建物の裏に回ってみて、目立つ場所にあるのは使用人や商人のための出入り口で、緊急の出入り口は巧妙に隠されているのが常だ。
だが、イアサントにとって隠された出入口を探すのは難しいことではない。
実家も含めて全国に数十軒の邸宅を持ち、全ての邸宅に専属の使用人がいて、バカンスの時は適当に各地を回っているのだ。
職務として高位貴族の邸宅へ踏み込んだことも一度や二度ではない。そうして、貴族邸のあらゆるパターンを見てきているのだから、ものの数十秒でこの家の抜け道を発見したのも、不思議なことでは無かった。
「たしか、こう……やはり、難しいですね」
ヴィーの真似をして扉に耳を当ててみたが、中の様子は流石にわからなかった。
ここは素直に入るしかない、とノブを捻った瞬間だった。
「うっ!?」
扉を貫通して飛び出してきた鋭い刃が、イアサントの腕をかすめるようにして胸元へと迫る。
間一髪、ドアを殴りつけるようにして飛び退ったことで、胴体への傷は追わずに済んだ。
「私としたことが、失敗しましたね」
太い針のような刃は、左腕、前腕を浅く貫通しており、シャツの袖がびっしょりと血で赤く濡れている。
まったく力が入らないわけではないが、剣を振れるほどではない。
致し方ない、と顔に巻いていたスカーフで腕を縛っている間に、扉がゆっくりと開いた。
「仕留め損ねたか……」
「お前は……近衛を罷免された後、どこへ行ったかと思っていたが、まさか賊に組していたとは。元とはいえ近衛がやることではないな」
「黙れ」
姿を見せたのは、元近衛騎士のドミニクだった。
ヴィーに対して無用の疑いをかけた挙句、幼い彼女に手ひどい反撃を受けるという失態を演じた彼は、ヴィーが軟禁されている間に近衛騎士を馘首されていた。
貴族家の跡継ぎであるのは変わらないので、イアサントを含めた多くの者たちは、ドミニクが寮を追い出されたあと、実家に戻ったものと考えていたのだが。
「賊などと言われたくはないな。第一、今の状況はお前の方が不法な侵入者で、俺の方が家を守る側だ」
「そうか。そう思うならそれでも良いが……近衛騎士として立ち入りを行う。お前は王国の守護者として公務を行う近衛騎士に傷を負わせた。その罪、重いと知れ」
「ハッタリを言うな。部下も居ないこの状況で、王の御飾りに過ぎないお前に何ができる。……制服も着ていない男が騎士を騙って侵入してきたので対処した。これでこちらに非は無いとわかる。その恰好のお前の死体を見せれば、誰もが納得する」
「もはや、会話にならないか」
「元よりそのつもりも無い」
互いに両刃の直剣。騎士が扱うサーベルだが、片や左手が使えず、片や右手に短いナイフを持っている。
完全に止血が出来ていないイアサントの方が、圧倒的に不利だった。
「両手に武器を持つとは。下品だな、ドミニク」
「好きなだけ吠えていろ。貴様のようなお坊ちゃんには理解できない戦い方がある。俺はお前よりも強かったはずだが、ここに来て間違いなくその差は広がっている!」
こんなふうに、とドミニクは足元の砂利を思い切り蹴り上げ、イアサントへの石つぶてに使った。
「無様な! それでも元王国騎士か!」
痛みに耐えながら左腕で目元を庇いながら、イアサントは円を描くように左へと身体を滑られる。
案の定、彼がいた場所をドミニクの切っ先が通り過ぎて行った。
「今は騎士ではない!」
軌道を変えて横薙ぎになった攻撃を剣の側面で受け流し、イアサントは仕切り直しを狙って距離を取る。
だが、ドミニクは離されまいと距離を詰めて来た。
「騎士を辞めさせられたとき、俺は絶望した。だが、理解者はいたんだ。子爵家を継ぐのに、必ずしも騎士の実績など必要はない!」
ナイフの鋭い突きを首を引いて避け、真下から切り上げてくる剣の斬撃を剣で逸らす。
イアサントは防戦一方になりながらも、一振りの剣で上手に捌いていた。ドミニクはお飾りと嘲るが、鍛え上げた筋力と技術を持つ一流の騎士であるというのが事実だ。
「お前、貴族派のお抱えになったな?」
「力がある者に従うのは当然のこと。権威のみで力がない者に比べれば、利を考えれば当たり前の判断だ!」
「利か。実利を得るのを目指すのは当然だが、利を考えるなら、やはり王に従うべきだろう」
「そんなわけがあるか!」
再びナイフの突き。
そう見せかけただけで、ナイフはそのままドミニクの手を離れて、投擲となる。
「う、ぬっ!」
反応は辛うじて間に合った。
イアサントは倒れんばかりに身体を傾け、頬を浅く切られながらも致命傷は避けた。
だが、バランスを完全に崩した彼を両断すべく、ドミニクはサーベルを振り上げている。
「実力を示せば、俺は貴族社会でも一目置かれる! 子爵になってからの道も拓かれるんだ!」
「愚かな……」
敢えて踏ん張ることなく、イアサントは重心が流れるままに横倒しとなった。
「諦めたか! 死ねぇ!」
「冗談ではない」
完全に倒れると同時に、イアサントのつま先がドミニクの膝を引っかけるように動いた。
「ぬおっ!?」
踏み込んだ足に重心を置いていたドミニクは踏み込みの勢いを止められず、バランスを取るために前へとよろめく。
たった二歩。それがイアサントの狙いとも気付かず。
「あ……」
自らの勢いに押されて進んだ二歩目が、突き出していたイアサントの剣へと自ら胸を突き出す結果となった。
「……また足を取られたな。学習しない奴だ」
「そ、そんな……」
肋骨の間をすり抜けるように突き刺さった剣は、切っ先を心臓へ到達させ、イアサントの右手にドミニクの鼓動を伝えていた。
「ヴィオレーヌさんと戦った時のこと、しっかり反省しておくべきだったな」
力を失って剣を落としたドミニクの身体は、自らの体重によってさらに刃を受け入れることになった。
「こんな、馬鹿なことが……」
「馬鹿なことをしたのは、お前だ。近衛を罷免になっても、領地の運営を真面目に勉強しておけば、いずれ名誉を回復する機会もあったろうに」
同情心がまったくないわけではない。
騎士の訓練校において、特に近衛を目指す高位貴族の子弟たちは、とにかく武功を立てることを第一の目標として教わる。領地を上手に運営し、安定させること。とくに民衆を豊かにすることなど、一切教えてくれない。
騎士たちの中には、勉学に励み金の計算が得意な者を卑下する者さえいるほどだ。
「もっと広い交友を持って、もっと様々な世界を知っていれば、こうはならなかったかも知れないな」
そういうイアサントも、近衛騎士として、侯爵家の跡取りとして様々な貴族と交流し、さらには職務として平民たちとも話す機会が多かったからこそ、気付けたことも大きい。
各地の人々を見て、地方の生活を知る機会も多かった。
「広い世界、か」
父親の権力が重圧になったこともあるが、そのお陰で多くのことを知ることができた自分は幸運なのだろう。
イアサントはそれでも、まだ見ていない土地があり、人々の生活があることをヴィーを見て知った。そして、興味を持った。
完全にこと切れたドミニクの瞼を下ろし、剣を引き抜いたイアサントは、改めて屋敷の中へと入っていく。
「オーバン伯爵領。一度見ておきたいものですね」
それはきっと楽しく、興味深いものになるだろう。そしてヴィオレーヌという女の子のルーツを知ったとき、何か大きな発見ができる予感もあった。
「一件が落着したら、陛下にお願いして休みをもらうとしましょう。ヴィオレーヌさんがよければ、案内してもらうのも良いかも知れませんね」
残された領民たちの感情次第だが、彼はそのあたりはさほど心配していなかった。
彼女が領民たちのことをあれだけ心配していたのだから、きっと領民たちも同じなのだろうと思えたからだ。
後の楽しみができたと微笑みながら、イアサントはホールへ出ずに地下室を探すことにした。
誰かを監禁するとしたら、叫び声が聞こえにくい地下の方が都合が良いからだ。
「あー、こう来ましたか」
できればコレットを見つけて二、三人の見張りを始末して先に脱出といきたいところであったが、彼の目論見は見事に外れた。
地下には確かに牢が存在したが、監禁されているのはコレットではなく、複数の男たちだった。
ありがとうございました。




