15.騎士、奮闘する
よろしくお願いします。
「えっ? えっ?」
食堂の女性やスタッフ、それに見知らぬ女性や髭面の騎士がなだれ込んできて、コレットは何が起きているのか把握できなかった?
「コレットさんですね。私はヴィーさんの知り合いです。今は危急の時なので手短に話しますが、敵が来ています。このまま彼女たちとここで待機してください」
「え、ヴィーの知り合い?」
「ワシもそうだが、今はあまり長話ができる状況ではないのだ。許せよ」
最後に入って来たオディロンは、自分が町の騎士であると短く自己紹介すると、ブリジットのことも協力者であると告げる。
近衛だと言うわけにはいかないが、味方だと理解してもらうにはその方が早いだろうと思ったのだ。
ところが、コレットにとっては初めて見る相手であり、警戒心は隠せない。敵意を見せているわけではないが、不安げに店の女性を頼り、彼女から説明されてようやく安心したようだった。
「……どうやったら、初対面の人から信用されるものなの?」
「ワシに聞かれましてもなぁ……それより、指示を受けるようにと言われたのですが」
狭い部屋に五人の人々を押し込めたブリジットは、なるべく声を出さないようにと注意して、コレットにはヴィーが来ていることを告げる。
「今は表で戦闘中です。それなりの人数が来ていますが、強力な助っ人も居ますから、安心してください」
「ヴィーが来ているんですか!」
ここで自分も戦えれば、とコレットは自分が非力であることを悔いた。
旅をするにあたって多少は護身に関する心得を勉強し、いざというときには隠し持ったナイフで敵に傷を負わせて逃げるくらいはできるつもりだった。
「……すみません。よろしくお願いします、としか言えません」
想定していたのは、女性としての敵であり、こんなふうに大勢から命を狙われることは考えていなかったのだ。
「それで良いのです。あなたは守られる者として必要なことをやってください。その仕事は、わたしや彼がやりますし、ヴィーさんもそうですから」
向き直ったブリジットは、オディロンが手に持っている分厚く長大な刃の剣を指差して「これは使えない」と言って鞘に戻させた。
「長い武器は室内では不利になる。ナイフがあるでしょう。それを使いなさい」
騎士としての武装は、街中では剣のみが基本だが、道具としてのナイフは持ち歩いている。身分証としても使用できる家紋入りで、戦闘用としても充分使用に耐えうる頑丈な物だ。
「優先事項は、彼女たちの保護。ただし、余裕があれば敵を生け捕りにする。わたしは部屋の出入り口を固めるから、オディロンは裏口を警戒」
「承知!」
すぐに部屋を出たオディロンに続いて扉を開けようとするブリジットに、店の女性は不安そうに声をかけた。
「だ、大丈夫かい?」
「任せてください。表で戦っている二人ほどではありませんが、わたしもそれなりに戦えます」
「その……さっきは悪かったねぇ。埋め合わせに、美味しい物を作ってあげるよ」
「それは楽しみです」
ナイフを右手に握り、刃こぼれなどが無いことを一目で確認したブリジットは、扉を開いた。
「水をかけられたことは、気にしていません。それよりも、わたしは野菜スープに干し肉を入れるのは許しがたい行為だと思っているタイプなので、それだけは憶えておいてください」
「なんとまぁ」
室内に残された者たちと視線を合わせ、女性は呆れたように笑った。
「頼りになるやらならないやら、緊張感に欠ける人だねぇ」
「狼狽えるしかない私には、なんとも言えません。それより、ヴィーが来てくれたんですね」
「そうよ。あたしが言った通りだね! それも随分と早く、仲間まで連れて来たんだよ」
良かったねぇ、とコレットの両手をしっかりと握りしめた女性の手は、冷たく震えていた。気丈に振る舞っているように見えて、彼女も怯えているのだ。
「はい。ヴィーならきっと、敵なんてあっという間に倒してくれます」
「そうだね。あたしたちは、待っていようか」
従業員たちにも落ち着くように伝えると、コレットはじっと壁に耳を付けて目を閉じた。
部屋を出ると、すぐに裏口が見える位置に来る。
ブリジットは扉を少しだけ開いて外の様子を窺っているオディロンの後ろ姿を確認し、次いで表の方を見た。
「戦闘継続中のようですね」
確認している間に、裏口から敵が雪崩れ込んできた。
「敵襲!」
「見えている! 援護するから、侵入させないように!」
とはいえ、表の連中と同様に、裏から入ってきた連中もチンピラの集まりではなさそうだった。
数名が互いを守るように隊列を組んでおり、先頭の男がオディロンを押さえ、もう一人がサポート。残りが彼を無視して中に入ってくる。
「おのれ! 離れんか、ばかもん!」
押さえつけて来た相手を殴りつけたオディロンは、サポート役にナイフを叩きつけたが、腕で止められてしまった。
「ガントレット!? どうなっている!」
それは前腕から手首全体を覆う金属の防具で、普通なら戦場でしか見ないような装備だ。
「連中、犯罪者集団にしては装備が整い過ぎています!」
気を付けるように叫んだオディロンに、侵入してきた連中の前に立ちはだかったブリジットは当然だと応じた。
「町にたむろしている連中と同じだと思うな!」
町での騒動を簡単に隠蔽できる者が送って来た連中だとすれば、やくざ者というより一種の軍隊を相手にしていると考えていい。
敵が所持する剣や槍も、町で簡単に手に入る粗悪品ではないだろう。
少なくとも、裏から入って来た者たちが持っている剣は揃いのデザインで、明らかに支給されたものだった。
「どこの私兵か知らないが、このような真似をして無事に済むと思わないで!」
最初の敵はブリジットを見て町の女だと勘違いしたのか、短い剣を持っていても斬りかからず、柄で殴りつけようとした。
それが、命取りになる。
「せいっ!」
振り下ろされた手をナイフで撫でるように斬り裂き、落ちた剣を蹴り飛ばして、痛みに足が止まった相手の首を裂いた。
「あまり、舐めないでもらいたいものですね」
右手に持ったナイフを突き出す様に構え、右足を前、左足を引いて身体を斜めにした構え。ゆらゆらと左手が怪しく動く独特のスタイル。
スティレット格闘術。リーチこそ無いが、素早く的確に急所を狙う攻撃と狭い場所でも問題無く戦える、まさに室内戦に適した彼女が得意なスタイルだった。
ブリジットが近衛でありながら諜報に適しているとされた理由でもある。
「中に入ってきたら、殺しますよ」
足を軽く、バランスを崩さない程度にそっと出す。
「あっ?」
ブリジットを油断できない相手だと判断したらしく、殺すつもりで勢いよく剣を突き出してきた敵は、彼女の足で膝頭を押さえられて前進を阻止された。
その直後。手首、腕、胸と立て続けに切り裂かれ、おびただしい血を流して倒れ伏した。
「ぬおおおお!」
倒れた相手の向こうでは、ナイフで切るというよりぶん殴ると言った方が適切に見える戦い方をしているオディロンが見えた。
「乱暴な」
だが、敵が一人でも気絶で済めば情報源になる。
そう考えながら、ブリジットは次の相手の太ももを思いきり突き刺し、悲鳴を上げたところで顎を殴りつけて気絶させた。
「出血多量で死ななければ、この男も使いましょう」
と、ナイフを引き抜いた瞬間だった。
「うぬぅっ!」
オディロンの呻きが聞こえ、大柄な身体が膝を突くのが見えた。
「オディロン!」
「想定外だが、これくらいなら問題は無い」
オディロンの身体を蹴り倒して、一人の痩せた男がゆっくりと室内へと入ってくる。
布をぐるりと巻いて顔を隠した男は、隙間から見える鋭い瞳で周囲に転がる侵入者たちの姿を見まわす。
「コレットとかいう娘はどこだ? お前は情報とは見た目が違う」
男は両手に刃渡り四十センチほどもありそうなうちぞりのナイフを持ち、左手を前、右手を掲げるようにして油断なく近づいてきた。
「……知りませんね」
男を脅威と判断し、ブリジットは短く返した。
情報を与えないのは当然だが、言葉を飾る余裕も無い相手だからだ。
「では、お前に用はない」
その前に、と男はまだ生きていると判断した味方にナイフを振り下ろして止めを刺した。
刈り取るような動きで首筋を的確に叩き割る刃は、頸動脈を間違いなく切断し、死に至らしめる。
三人ほどそうやって始末し、ナイフにはべっとりと血がまとわりついた。
「多少は腕が立つようだが、随分とお行儀が良いようだ!」
ナイフを振るって血をたっぷりと浴びせてきたのを、ブリジットはとっさに左腕を振るって払った。
べちゃりと顔の下半分に血が張り付いたが、目つぶしを喰らうことはどうにか避けられたようだ。
追い打ちのナイフを、もう一度左手を振るって手首を殴りつけることで躱し、反撃の突きを男の胸へと突き入れる。
が、それはもう一振りのナイフに阻まれた。
「くっ!」
リーチの差があるうえ、相手は両手に刃を持っているのが厄介だった。
ブリジットは息も忘れるほどに集中し、敵の刃はナイフで弾き、近ければ左手を振るって武器を落とさせるのを狙う。
しかし相手も彼女の狙いを理解していた。
攻撃が胴体狙いではなく彼女の腕や指を目標に動き、防戦一方となっていく。
「ナイフ一本でよく頑張るものだが、そろそろ限界だろう」
返答をする余裕も無いブリジットは、相手の両腕をどうにか捌いたところで腹に思い切り蹴りを受けて、店の中央へと転がっていった。
彼女の小さなナイフが、男の足元に転がる。
「終わりか」
「くぅっ!」
男は倒れたブリジットが落ちていた剣を投げつけて来たのを苦も無く躱し、彼女を見下ろす位置まで駆け寄ると、左手のナイフを彼女の腹へと突き立てた。
「ぐ、ふっ……」
内臓に傷が入ったのだろうか。口から血を零したブリジットは、自分の腹に刺さった刀身に手を添えたが、すぐに引き抜かれて奪うことは叶わなかった。
「……背骨に当たったか」
硬い感触を覚えたらしい男は、切っ先を確認して刃こぼれが無いことを確認すると、ゆっくりと扉を開いた。
「閣下から頂いた品だ。刃こぼれでもできたら失礼だからな」
そう言いながら、男は目的の少女を見つけて、彼女を守ろうとした店の女性や従業員も含めて全員を殴りつけて気絶させた。
正面での戦いが終わり、ヴィーたちが店に戻ってきた時、すでにコレットの姿はどこにも無かった。
ありがとうございました。




