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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第一章:辺境の小さな侍
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11.幼女、激怒する

ちょっと遅刻しました。

すみません。

どがんなっとっと(どうなっているの)か、おいにも理解でくっ(できる)ごと説明ばしてもらいたかとばってん?」

 銀髪の幼女であり、見た目は華奢な(元)貴族令嬢であるヴィーが宿の主人に対してそう告げた時、周囲にいた従業員や客は黙ってしまい、言われている当人である主人に至っては、顔色まで変わっていた。


「ヴィー。主人をそう責めるものでは……」

「黙っとかんね、オディロン」

 見ていられないと声をかけたオディロンだったが、ヴィーに睨まれて口を閉じた。

 怒鳴り散らしたりはしないし、暴力を振るっているわけではない。ただ、青い瞳がごみを見るような目で見ている。


 主人はただ「申し訳ありません」と繰り返すばかりだった。

「き、気付いたらこのような状況でして……」

 人の出入りには気づいており、三人組の男がコレットの部屋の前に居たことまでは把握していた。だが、それも単なる来客だと思っていたらしい。

 その後、いつ男たちが居なくなったのかは知らないという。


「で、おいたちが来っまでこがんなっとっと(なっているの)に気付かんやった、と?」

「は、はい……申し訳ありません……」

「おいは、あんたを責めるのは違うとは頭ではわかっとっ(わかってる)とよ」

 だが、感情では怒りが渦巻いている。

 王都の、裕福な商家が主な客層である宿で、強盗のような連中が入って気づきもしないというのはあまりにも杜撰ではないか、と。


 もちろん、これが見も知らぬ他人であれば、ヴィーはここまでにならなかったかも知れない。不幸な人を助けようという気概はあるっても、誰かを責めるということにはあまり意識が向かない質でもある。

 守ると約束した女性だからだ。

我がどん(自分)の勝手で腹ば立てよっとは重々承知の上ばってん、そいででん言わしてもらうばい」


 冷や汗でびっしょりと顔を濡らしている主人に、ヴィーの顔が近づく。

 整った容姿の幼女ながら、いや、だからこその迫力がある。

「客の誘拐されたっちゅう責任ば、取ってもらうばい。こいであんたが王国の臣ないば、腹ば切れち言いたかくらいばってんが……」

「は、腹……?」


 何を言われているのか理解できなかったが、主人は自分に死が近づいていることに動揺を増していた。

 小さな子供が相手だが、なぜか抵抗すら難しいと本能的に理解していたのだ。

「そがん怯えんでよか。死ねてん言わんし、そがんことば言う資格てんおいには無か。全てはおいがコレットば残して部屋ば離れたとが問題やけんね」


 一転してにっこりと笑ったヴィーに一瞬だけ安堵した主人は、次の瞬間に腹をがっちりと掴まれて小さな悲鳴を上げる。

「ただ、協力ば頼む権利はあっと思うばってん?」

「何をすればよろしいでしょうか!」

 圧力に耐えきれず、主人は叫んだ。


「探してくれんね。使用人でん友人でん知り合いでんなんでん良かけん、知っとっ人全部に声ばかけて、コレットが、そん男どもがどこに行ったとこっちゃい、探さんね。そいくらいは頼んで良かろう? ……まさか、男どもがどがん見た目やったこっちゃい、憶えとらんちゃ(とは)言わんやろうね」

「もちろんです! すぐに手配をします!」


 従業員に対して集まるように言いながら、主人は逃げるように去ろうとしたのを、ヴィーは再び捕まえて男の特徴を確認する。

 そしてようやく解放された主人は、先ほどより十歳は老けているようにも見えた。

「我々も探すのかね?」

「がむしゃらに探したところで、どがんもならんやろう」


 ヴィーは宿の主人がコレットや男たちを見つけられるとは少しも信じていなかった。

「あんまり迷惑ばかけとう無かったばってんが、こがんなっぎ仕方んなか」

 怒りと言うよりは焦りだろう感情に支配されないように長い息を吐き、自分を落ち着かせる。焦燥は失敗につながることを知っている。

 戦場を駆ける時、失敗は死につながる。


「城の近衛ば訪ねて、イアサント殿に協力ば頼む」

「イアサント……まさか、イアサント・ムイヤールか? あの近衛騎士隊長の!」

 無茶を言うなとオディロンは言う。

「近衛は城の中のことしか関知せぬのが不文律だぞ?」

「一応知り合いやけん。そいに、言葉だけかも知れんばってんが、何かあっぎ(あれば)相談ばて本人が言いよったとやけん」


 知人であると言っても、オディロンは納得しない。

「それが本当であったとしても、まず会うことすら難しいぞ。騎士であるワシですら門前払いされてしまうのは間違いない。お前がいくら会いたいと言っても、良くて何十日も待たされて断りの伝令が来るだけだ」

 王族はもちろん、近衛騎士も王国の中枢を担う貴族として扱われる。平の騎士や平民がそう簡単に会えるものではなく、まして個人的な協力など期待できない、とオディロンは丁寧に説明するが、ヴィーは大丈夫だと断言した。


「イアサントに話ば通すだけない、どがんかなっ(なる)。あとは、あの御仁が自分の吐いた言葉にどんくらい(どれくらい)責任ば持つつもりのあっこっちゃい(あるやら)。そい次第やね」

 言いながら、ヴィーは宿を出てまっすぐに通りの向かいへと進み、そこに佇んでいた女性に声をかけた。


「え……」

 麻のワンピースにエプロンという出で立ちで、スカーフをかぶって顔の半分を隠していた女性は、突然のことに驚いたかのように、ヴィーを見て固まった。

「城で世話んなったね。オディロンの足は速かったばってん、あんたも女だてらによう(よく)走ったばい」


 女性はブリジットだった。

 たまたま監視を担当するタイミングでヴィーが投獄され、しばらくは楽な任務かと思い始めたところ、何故かオディロンがヴィーを抱えて走りだしたものだから、慌てて追いかけてきたのだ。

 多少鍛えているとはいえ、急な全力疾走でようやく息が整ったところだった。


「気付かれてしまいましたか」

「監視の()ろうねとは思うとったばってんが、しばらくはわからんやった。ばってん、そがん(そんな)格好の娘さんが、あがん(あんな)ごいごいごいで(勢いよく)走りよっぎ、すぐわかっさい」

 それに、オディロンが時折彼女に視線を向けていたのも気付くのに一役買ったとヴィーが言うと、彼は「面目ない」と自分の頭を叩いた。


 監視対象に露呈するという失態を演じたブリジットは、今日の報告でどう伝えるか頭がぐらぐらしているところで、ヴィーから頭を下げられた。

 正確には、道路に座った彼女が土下座したのだ。

「無理ば頼んで申し訳なかばってんが、どうかイアサント殿に取り次ぎば頼めんやろうか」

「ちょ、ちょっと。やめてください……」


 幼女に土下座させる女性という状況は、通行人の注目の的だ。

 任務の特性上、目立つのは極力避けたいというのに、悪目立ちもいいところの状況に立たされて、ブリジットは狼狽える。

「わかりました。わかりましたから、あまり目立つ行動はやめてください。ただ、隊長に会う目的だけは正直にお願いしますよ?」


「良かとね! ありがとう!」

 了承された瞬間、ヴィーは顔を上げて弾けるような笑顔を見せた。

 そして、両手を地面についたままで続ける。

「コレットが……おいの連れがどこじゃい(どこか)に攫われたごたっさ。探すとば手伝(てつど)うて欲しかと」


「人員を動かせるかどうかは、隊長と国王陛下のご判断次第となりますので、わたしには何とも言えませんが、お伝えするだけはします。直接会ってお話をされるかもわかりませんが、とにかく要望は伝えますから、早く立って、普通にしてください、普通に!」

 城へ急ごう、と立ち上がってすぐに歩き始めたヴィーをオディロンと並んで追いかけながら、ブリジットは自分のキャリアが音を立てて崩れていくのを感じていた。

ありがとうございました。

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