0.侍の最期
初見の方は、はじめまして。
過去作をご存知の方はお久しぶりです。
0話はプロローグです。
よろしくお願いいたします。
城山への攻撃は苛烈を極め、陣として敷いたはずの場所も、次から次へと土塁が吹き飛ばされていくありさまだった。
最後の戦いにと突撃した四十名余りのうち、今や片手で足る程度の人数しか残っていない。
その一人が、一番ヶ瀬央一郎という佐賀藩出身の武士だった。
いや、最早侍という階級は存在しない。
最後まで侍として生きたい。そして侍として死にたいという思いが、彼をこの鹿児島の地まで連れてきた。
弾雨の中、ちらりと背後を見る。
首魁である西郷氏の、首の無い遺体と、介錯をした別府という男の自決した姿がある。
もう、戦争は終わっている。
それでも、一番ヶ瀬はここで死ぬつもりなのだ。
「……どうする?」
生き残りの一人が声をかけてきた。確か、以前から西郷氏と親しくしていた薩摩出身の士族だという男だ。
「きさんは薩摩出身じゃなか。はよ逃げ」
「そいは酷か。ここまで来たとけん、最期までここに居っくさ」
「じゃっどん……うっ……」
男は首筋を撃ち抜かれ、あっさりと絶命した。
黒々とした穴を穿たれた首からは、赤い鮮血がどろどろと広がっていく。
「死んだか。まあ待っとかんね。おいも、すぐ行くけん」
転戦に転戦を重ねる間、常に持ち歩いた刀を握りなおす。
業物というわけでもないが、人を斬っても銃弾が当たっても、ここまでどうにか堪えてくれた。
武士の魂などと言うが、なるほどこれが壊れていない間は、自分の中でも武士の魂が残り続けているような気がする。
敵に向かって前のめりに。そして死ぬ。これが一番ヶ瀬が考える、武士の死に様だった。
「“捨て奸”やったかね。いや、あいは味方ば逃がすためやったか」
総大将はすでに死んでいる。
「一番ヶ瀬央一郎、参る!」
大地を踏み、前に進む。
耳元を弾丸がかすめる音が過ぎ去り、目の前には敵。
「武士道と云うは、死ぬことと見付けたり」
死すら厭わぬ侍の生き方を説いた『葉隠聞書』は、佐賀藩に生まれた侍の子として、小さなころから幾度となく教え込まれた。
しかし、正しいと教えられ、義と信じてきたその生き方を、歴史が否定しようとしている。
「うおっ、と、まだまだぁ!」
左肩を弾丸が貫いたが、骨には当たっていない。弾が貫通した傷を押さえることもせず、央一郎は前に出る。
ミニエー銃はとうに弾切れしており、頼れるのは刀一振り。だが、侍らしい終わりを迎えるなら、これでいい。これがいい。
「ひとり!」
右腕一本で振るう刀が、新政府軍の兵を一人、斬り倒した。
一人がやられると、狭い山道で横隊となっていた敵は狼狽え、乱れ、隊列は見るも無残に崩れ始めた。
「ふたり!」
喉を貫く。
人を殺すことを悦ぶような癖は無いが、それでも戦いは血が騒ぐ。
戦場に生き、戦場に死ぬ。
惜しむらくは、義を尽くす相手が最早存在しないことか。
死後の自分を弔うような相手もいない。藩にはもう、死んだとて自分の居場所は無いのだ。
悲しいが、身軽でもある。
「三人!」
こめかみを横殴りに切り裂く。
骨に食い込んだ刀を、相手を足蹴にすることで乱暴に引き抜くと、央一郎は次の相手に向かって大上段に振りかぶる。
「四人目ぇ!」
と、目の前に腰を抜かして座り込んだ敵兵の前で、その頭を唐竹割りにしてやろうと腕を振りおろし始めた直後だった。
「……お?」
火花が散り、意図せず刀が後ろへと反れた。
誰かが放った銃弾が当たったのだろう。まさか狙って刀身に命中させたとは央一郎も考えなかったが、あまりの偶然に思わず笑みが浮かぶ。
「はっ! こいがおいの最期か!」
刀が、鈨元から折れ、切っ先が地面へと刺さった時には、腰を抜かしていた敵の銃弾が、胸を貫通していた。
「終わった、か。おいの武士道も……」
銃で撃たれてというのはいまいちだが、刀で戦って、刃が折れるまで生きたのだから、それは良しとする。
いくつかの弾丸が腹や足を貫くが、もう痛みは感じない。
身体は、早々に死んだらしい。
あとは魂が抜けるだけだ。
「もう、世の中に侍のおらんごとなっとか……」
輪廻転生が真実だとして、過去へ戻ってまた侍に生まれたいと望むのは贅沢なのか。
意識が闇の中へと沈み込むような感覚と、視界が真っ白に塗りつぶされていくのを感じながら、央一郎は今生の終わりを迎えた。
そして、目覚めた彼は、見も知らぬ場所に生まれ落ちた。
地球とは違う世界で、女の子として。
ありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。