04
幽霊カレンと、坊主の息子ハルト。
二人が立っているのは夕日が差し掛かる学校の屋上。
もう部活動すら終わっているので、校庭からはヒトの声すら響かない。
無音の世界。
穏やかな春の季節とは思えないほど、重い湿った空気感が辺りには漂ってる。
スッと。
無言のままハルトが屋上から外界を指差した。
ちょうど、カレンが交通事故で死んだ校門のあたりだ。
そこには6個のヒトカゲがある。
一つは、女の幽霊を見たという隣クラスの吉岡と、もう一つは男の幽霊を見たという彼女。
この二人は。
「あ。また幽霊が出たぁ」「本当だ、くそダセェ」と。
下品に誰かをあざ笑っている所だった。
ヒソヒソ声ではない。
明らかに相手に聞こえるよう大声で叫んでいたのだった。
誰を?
「あ……」
その先には、バカップルに笑われているヒトカゲがあり。
一つは松葉杖をついた包帯を巻かれている年老いた男性。
もう一つは車椅子に乗せられて酸素ボンベで呼吸する年老いた女性だった。
遠目でも大病を患って苦しんでいると分かった。
そんな人達を、あのバカップルはあざ笑っていたのだった。
かなりのクズ野郎だ、と普段のカレンだったら怒っていたかもしれない。
でもね。
今は別な所に目が奪われてた。
「うそ……」
カレンの顔が朱に染まる。
重病を患っている二人は、フラフラとした足取りで校門前にある電柱の所まで向かっていった。
手にしていた真っ赤なバラを一輪、夫婦が一緒になって花をお供えしていたのだった。
それは交通事故で亡くなった場所に手を合わせに来たカレンの両親であった。
最後に出会ってから数十年は経っているので、二人共、かなり年を取っている。
それでもカレンには誰なのか分かっていた。
「ど、どうして?」
「今から数十年前、奥さんが重い病気にかかったんだ。助かるには県外の専門医のいる病院に入院するしかなかった。治療と旦那さんの介護で何とか奥さんは一命は取り留めたが、今度は旦那さんが辛い過労で潰れてしまった。とても病弱な奥さんには介護はできる状態ではなかった」
「……」
「そして、二人は国が運営している施設に運良く入居できたのだが、数年後、こんどは二人同時に重い癌になってしまったんだ。何度か治療を試みたが治らず、ああ、これも娘を救えなかった天命かと二人は全てを諦めた」
「……」
「そして、あの夫婦は残った命をかけて、やれなかったコトを一つやろうと決めた。あの世で娘が寂しいオモイをしているだろうと、あの場所に最近バラをお供えしに来たらしい。ずっと、これなくてすまないと言っていたよ。
ここからじゃ見えないけど二人にはサポートの人が側にいる筈だ。お祈りの時は二人だけの時間を作る、良い礼儀だよ」
「そう……」
カレンの頬には大粒の涙が伝わっていた。
幽霊になってから泣いたことなんてないのに。
一人になっても耐えられたのに。
誰にも話しかけられない日々にも慣れたのに。
希望なんて、なかったのに。
本当は両親に忘れられてはいなかった、と分かっただけで。
カレンは泣くのが止められなかった。
「わたし嫌われてなかったんだ」
「愛されていたよ」
「生きていたんだ。
良かった。
私の不注意で死んだのに、辛くさせてゴメンね、お父さん、お母さん。
そして、わたしが好きだった花を覚えていてくれて、ありがとう」
カレンは泣きながら笑っていた。
「数十年ぶりなんでしょ。両親に会いに行かなくていいの?」
「……いい。わたし幽霊だから行っても話しせないし。今は近づくと、余計に、それが悲しくなるから。落ち着いたら絶対に会いに行く。どんな手を使っても」
「そっか」
「で、でも、どうして分かったの?」
「……イヤな話しだけど、葬儀屋と同じく墓を所有しているヒトの所にも、これから亡くなりそうな人の情報は集まってくる。むかし父さんから聞いていて、君の家庭環境は珍しいから覚えていたんだ。後は、その檀家さんに話しを通して連絡してもらったというワケさ」
「そんな偶然ありえるんだ……ウソみたい」
「偶然じゃないよ」
「え」
「諸法無我。全てはあるがままに、だよ」
「どういう意味よ? ていうか、アンタ、なに自然に会話しているのよ。わたしのコトが見えないんじゃなかったの!?」
「さあ」
「会話してるじゃない!」
「……」
「今さら黙っても遅いわよ! ナゾも、とかないとか言っていたのに説いてるし」
ハルトは屋上の金網に手をかけた。
「ナゾはトいてないよ」
「だって私の両親を探してくれたじゃない。しかも、幽霊を見たって言っていたバカップルのウソも暴いたし」
「君に必要なのはご両親の安否だけで、他のことは関係ないだろう。あのバカップルのコトは少なくても君にとってのナゾではない」
「……そ、そうかもしれないけれど」
「ナゾとは自分にとって価値があるのに分からないコトだけだよ」
「うーーーーーん、関係はないように見えて関係があるコトとあるじゃない。ほ、ほら例えば何で世界で争いが絶えないのか謎でしょ。でも世界のコトなんだから関係はあるじゃない」
「それは無知なだけでしょ」
「むー」
「それに、あれを見て」
頬を膨らませているカレンを無視して。
ハルトは再び外界を指し示す。
それは、ちょうど地縛霊のジバさんの所に霊のバカップルが向かっている所だった。
そこに、更に神経質な担任教師、村田が近寄っていくから。
さあ、大変。
ジバさんの顔を見て悲鳴を上げる村田教師、男に抱きつかれて顔を赤くさせる隣クラスの吉岡、自分のカレを担任に取られそうになって鬼になる彼女。そして、誰が最初に手を出し始めたのか、気がつくとビンタの応酬がもう止まらなかった。
自分の両親をバカにされたコトを思い出してムッとしたカレンだったが。
この状況を見て胸がちょっとスッとしていた。
何が起こっているのか分からない地縛霊ジバさんだけがオロオロしてるし。
迷惑な話しだろう。
後でちゃんと説明してあげよう。
「うわー。悲惨」
「だね。ただ、本当なら君にこれを見せる必要もないだろ」
「……う」
「僕はナゾをトいているんじゃない。諸法無我。この世は、全て出会うべくして出会うだけ。君は僕が関わらなくても何れ両親と出会っていたよ。僕はその時間をちょっと短くしているだけださ。お釈迦様の境地にはまだ遠いいから。これも勉強だよ」
「よく分からない」
「……」
「ただ、ジバさんが、ちょっと可愛そうってのは分かる」
「あのジバさんと担任の村田は波長が合うんだろうね。ああもハッキリ幽霊が見えるなんて珍しいよ。さすが夕暮れ、あの世とこの世の境界線が曖昧になる時間。間の時」
「なにそれ
「さあ」
とぼけながらハルトは一人で屋上から出ていこうとしていた。
「って、ちょっと、待ちなさいよ」
「……」
「ここまで自然な会話しておいて、いまさら無言になるんじゃないわよ」
「……」
「待ちなさいよ。まだ」
カレンは言葉につまる。
こんなコトを口にするのは、それこそかなり久しぶりだった。
両親が生きていたと知った時とは別の意味で顔が赤くなっていった。
「君に、まだ両親を見つけてくれたコトを感謝してるって、言ってないじゃないの」
「……」
「ありがとう」
「……」
「ねえ。人の感謝すら素直に受け入れないなんて、どんな教育受けてるのよ」
あまりにも顔を赤くさせた幽霊がうるさいもので。
タンタンと降りていた階段の途中でハルトは足を止めた。
「さっきも言ったけど僕はナゾをトいた訳でもないし、君のためにやった訳でもない」
「全ては仏の教え通りってコトでしょ」と、言ってドヤるカレン。
「……その通り」
「でも、なんで幽霊が見えないなんてウソを付いたのよ」
「さあね。仏の教えに幽霊は出てこないからじゃない」
「何よ、それーー!」
「だから知らないよ。話しかけないで」
幽霊は見えないハズなのにハルトは逃げ出していた。
カレンは後を追いかけていく。
「あ。最初から気になっていたんだけれどさ。花を置いたヒトを犯人呼ばわりしていたでしょ。あれはよくないよ」
「だって、両親だとは考えないようにしていたし。こんなの誰かのイタズラだと思って」
「……」
「って、なんで、そんなコトまで知ってるのよ!! アンタどっから知ってるの!」
「さあね」
ヒトは出会うべくして出会うだけ。
どうして、とか、出会いに理由は必要ない。
このナゾをトくつもりはない。
「幽霊ってしつこいからキライなんだよ」
「分かるまで逃さないからね!」
END