03
翌日。
ハルトは学校が終わると普段とは別のルートから帰宅しだしていた。
幽霊のカレンが追跡し出してから、それは始めてした予定外の行動である。
「……昨日、言っていた檀家の所に行くのかしら」
ふわっふわっとカレンはハルトの後を追いかけていく。
飛ぶことのできる幽霊だから追跡は誰よりもお得意だった。
物理法則の外にいる存在だからか空気の抵抗すら感じない。
速度を出そうと思えば鳥よも早く飛べるかもしれない。
ドコにだっていけた。
ただし、ある程度なら。
「あ」
カレンが追跡していたら、ハルトは都営バスに乗っていったのだ。
目的地は駅に向かうヤツだった。
「ど、どうしようかしら」
これにはカレンも弱った顔をするしか無かった。
幽霊の自分にとって一番面倒なことは、この街から外に出られなくなったコトである。
遠くに行かれ過ぎると、どうしても追いかけるコトができなくなってしまったのだ。
前に試したが。
どうやら交通事故で死んでしまった学校を中心に数キロ範囲が、今のカレンの限界らしい。
その先に何かあるワケではない。
ソコで死んだわけでもない。
でも、確実にラインがあって。
神が決めたのか。
仏の定めか。
その線を一歩も越えるコトは幽霊のカレンには不可能であったのだ。
「……行っちゃった」
カレンは頑張って追跡していた。
だが、無情にもソコを簡単に通り過ぎていったバスを、ただ眺めている事しかできなかった。
念のため試しにソコに手を出そうとする。
すると、一瞬で虫を鷲掴みにするようなゾワゾワとする嫌悪感で心が満たされそうになった。
怖くなってピャっと素早く手を引っ込めていた。
「どこに行ったのかしら……」
しばらく、もう消えている彼の姿をカレンは眺めていたのだった。
ただ、数時間後には、もう会えていた。
ハルトの家で待っていたらノホホンとした顔で戻ってきたのである。
「ったく、どこ行ってきたのよ。何してきたのよ。説明ぐらいしなさいよ。ずっと黙ったままじゃ何も分からないわよぉぉお」
カレンはハルトの頭をぽかぽか叩こうとしたが全く当たらない。
そんなの知ってるけど。
帰宅するなり、無言で、ずっっと本ばっかり読んでるからムカつくでしょう。
たまには独り言ぐらい口にしなさいよ。
ある意味、こっちは、ずっと喋りっぱなしなんだからさ。
「ああー、質問できるんっだったら良いのになぁ。そしたら楽しく問い詰めるられるのにぃぃ!」
じったんばったん。
空中に浮いたままカレンは手足をバタバタ動かしていた。こういう時は何もさわれないほうが好きなだけ暴れられる。ストレス発散にはもってこいよね。突然カレンはハルトの耳元にまで近寄って大きく息を吸っていた。
「ばっかぁああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」
ヒトだったら隣近所まで響き渡るほどの大声だった。
あまりに急の行動だったので、お婆ちゃんだったら腰を抜かしいいるかもしれない。
しかし、それでもハルトは眉一つ動かさずに仏教の本を読んでいたのだった。
「くそ。やっぱり反応しないわね」
二重の確認だったが、やはり、あれは何かの気のせいだったのかもしれない。
カレンはふて腐れたように飛び立っていってしまった。
「さて、あと少し、あと少し」
残されたハルトは、やっと独り言を口にしたかと思ったら。
読んでいる本の残りページ数を気にしているのだろうか。
何も分からない。
この後は何一つ変化のない、いつも通りの日常を繰り返すだけであった。
それから数日経っても。
何一つ新しい情報は掴めていなかった。
カレンのストレスも限界が近かった。
いい加減、もう諦めてもよさそうだというのは自分でも分かっていた。
地縛霊のジバさんにも、もう苦しむだけだと止められていた。
それが懸命な判断なのかもしれない。
でも、それでもカレンはハルトの追跡を止められなかった。
もしかしたら自分の死に場所にバラの花を手向けたのが誰なのか分かるかもしれない。
そう思うだけで一歩、また、一歩と自然に足が動いたのだった。
マジの足はないけどね。
もう最初にバラが置かれてから何週間は経っているだろうか。
結局、花を拾いにくるヒトはいなかった。
置き忘れではないのかもしれない。
それとも、もう枯れてゴミになっているからと諦めてしまっているのだろうか。
分からない。
質問もできないのだから、それをハルトが目撃したのかのも分からなかった。
「なんで、止めてないのかしらね」
自分のことながら幽霊カレンは苦笑してしまっていた。
こんな辛いなら、いっそ。
キンコンカンコーン。
カレンの思考を遮るように、全ての授業を終える電子音が鳴り響く。
生きている学生たちは各々の道を進み出す。
がらっがらっ。
低学年みたいに椅子を引きずり回して遊ぶ男子たち。
ぺらっぺらっ。
身だしなみの話しかしない女子たち。
たったったっ。
教壇の下で隠れてゲームのスタミナだけ確認をする若い教師。
よくある光景だった。
ハルトは友達と別れを告げると学校の屋上に向かっていた。そして、施錠されているドアは空けられないので、何とか一人ぐらいが通れる高い窓を器用に登ってから外に出るのだった。これまで何度も繰り返してきたのだろう。慣れた動きであった。
「……そういや気にしてなかったけど、この子、なんで屋上に来るのかしら?」
屋上にある給水塔にカレンは腰を掛けて彼のことを眺めていた。
むしろ初めに気がつくべき当然の疑問であった。
今までバラを置いた人物を知りたいという気持ちが強すぎて彼の心の中まで気にしてはいなかった。
が、よくよく考えてみると何故こんなマネをしているのだろうか。
今は掃除をサボった反省文を電子化して残す時代だ。
進学や就職にも不利になる。
もし屋上に忍び込んでいる所を先生にでも見つかったら叱られるだけではすまないだろう。
彼なりに意味があるから、ここにいるのだろうが……。
かぁっ、かぁっ。
カレンが悩んでいる間に、ゆっくりと日が暮れていった。
光の元が校舎の裏側に沈んでいこうとしているので、血のように赤い滲んだ色が校庭から外の世界にまで伸びていこうとしていた。
校門の所に立っている人間には眩いほどの逆光で何も見えなくなっていく。
かぁっ、かぁっ。
「……昼は人間が出歩き、夜は悪鬼が闊歩する。では、夕方は誰の時間?」
屋上に留まっていた大量のカラスが飛び立つと同時にハルトは口を開いた。
誰に言ったの?