01
わたし、生島カレンは悩んでいた。
どうしても、このデキゴトの犯人が知りたいと。
そのためだったら警察の捜査にだって協力したいし。
どのくらいお金が必要か分からないけど、民間の捜査会社に科学調査を依頼してもいいとさえ考えていた。自分にできる事があるのなら何でもしたい。それぐらいの気持ちで、この犯人の顔が見てみたかった。
けど、一つだけ大きな問題があって。
それは、わたし生島カレンが。
このデキゴトの起こる数十年前には死んでいて、もう幽霊になってしまっている。
というコトだ。
「誰にも見えないのに、どうすりゃいいのかしらねぇ」
線が張り巡らせられた電柱の上に座し。
幽霊カレンの独り言を聞いていたのは。
春うらら、空の上から暖かな陽光を降りそそぐ太陽だけであった。
※
ことの起こりはーーー
いつものようにカレンが電柱の上で寝そべっていた時のことだ。
高い位置から、まん丸い猫さんが壁の上を可愛らしく歩いて行く所を眺めている。
それが幽霊のカレンは好きだった。
どうして猫ってフラフラしているのに、壁から右に落ちそうにならないのかしら。
左に落ちそうにならないのかしら。
そんな生きている時に考えていそうな事を、いま思うのが懐かしくもあったのだった。
「フンフンーン」
ぴょい、ぴょん、ぴょん。
カレンは鼻歌まじりに電線の上を飛ぶ。
同時に夕暮れを表すような悲しいチャイムが天高くまで鳴り響いていた。
もうすぐ太陽もサッと色が変わってしまう頃合いだろう。
幽霊になって数十年、ほぼ一人で過ごしてきたカレンにはよく分かっていた。
そして、いつも通り学校の校門まで戻った所で件のデキゴトに出くわしたのだ。
「ナニコレ」
それを見てカレンは動揺した。
ほんの少しその場所を離れただけなのに。
どうして。
なぜ。
と。
かなり驚いてしまうほどのモノが、そこに置いてあった。
英字新聞で包装された一輪だけの真っ赤なバラが電柱の下に添えられていた。
お気に入りだったはずのカレンの場所に。
誰かの手によって。
生き生きとした花が手向けられていたのだった。
しかも、まだ赤い花びらは僅かに湿っているように見えた。
たぶん置かれてから数時間と経っていない。
いったい誰がこんなコトをしたのか。
カレンは辺りを見渡した。
ただ、すぐ、それがムダな行動をしていると我に返ったのだった。
「……幽霊のわたしが誰に何を聞くっつーのよ」
苦笑いも出やしない。
死んでから数十年たってもヒトだった頃の感覚は抜けていなかった。
イヤになる話しだけど。
今や幽霊となったカレンが口が聞けると相手いえば、少し離れた所に立っている霊仲間の地縛霊ジバさんだけであった。
本人の言い分だと、ここいらでは一番古い戦時中からの由緒正しい地縛霊らしい。
ただ、何でも大げさに言うクセのある元オジサンなので、注意が必要というか何というか。
「ねえ、ジバさん、誰か怪しいヒト見なかった」
急ぎ足で押しかけたカレンはそう質問した。
すると、半分溶けかかっている顔をしたジバさんは口をポカーンとあけたのだった。
「なんだい、それ」
「怪しいヒト見なかったかなぁーと思って」
「はいぃ↑?」
「漠然とした質問なのは分かっているわよ。でも、何か見てない?」
「だったら、ここにいるだろ」
「はん?」
「怪しいのはどう見ても俺らだろ。なんつってもマジモンの霊なんだから。だはははははははははは」
ジバさんは、こんな面白い話しはないだろうという風に一人で笑っていた。
こっちの反応なんか気にするつもりもないらしい。
言い終わるなり笑っていたので、何を言っても初めからセルフ爆笑する気だったのだろうね。
要するにコレは話しを聞いているのが電柱でも変わらないというヤツで……。
どうでもいいか。
話しを戻そうとカレンは言った。
「……わかった。確かに、わたし達は怪しいヒトなのかもしれないわね」
「だろ。けっさくぅー↓」
「けど、いま聞いているのは、わたし達から見て怪しいヒトは見なかった? という事が知りたいのよ」
「んー。特に見なかったけどなぁ。何かあったのかい?」
「花が」
「ん」
素直に答えようとしたけれど。
カレンは。
ほんの一瞬だけ。
なぜか言葉がつまった。
「私が交通事故で死んだ所に、いつの間にか花が置かれていたのよ」
やっとそれが言えたかと思ったら。
一瞬だけ春とは思えないほど冷たい風が足元を流れていった。
あ。幽霊だし、痛覚ないから、たぶんね。
「……というコトなの」
もう少し件のデキゴトの状況を説明すると。
最古参の地縛霊であるジバさんは暫く押し黙ってしまっていた。
口を開いていれば陽気な雰囲気も出るのだが、被爆して爛れた皮膚が溶け出している顔で無言になられると、カレンとしては言い寄れない何かをヒシヒシと感じずにはいられなかった。
同じ幽霊が不気味に感じるのもアレなんだけどさ。
「お供えされていたのはバラなんだろ? 誰かの置き忘れという事はないのかい」
ふとジバさんは言った。
「どうかしら。場所は学校の校門前、その近くの電柱の下よ。何もないし、誰が忘れるっていうの」
「お線香は?」
「……無かったわ」
「だったら普通の置き忘れの可能性もあるでしょう」
「かもね」
どちらの言い分にも一理ある。
これが絶対だと決めることはできない状況。
なら、ここで幽霊が二人、普通に話し込んでいても仕方ないだろう。
カレンは踵を返そうとした。
その時、背後のジバさんから憐れむような声で、こう言われたのだ。
「変に希望を持つのはやめておきなよ。辛いのは君だから」と。
ハッキリと聞こえてきたのだ。
とたん、鋭い瞳で生島カレンは睨まずにはいられなかった。
「……別に希望なんて、もってないわよ」
「だったら良いんだが」
「へんな事を言わないで」
「すまない」
ジバさんは本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。
カレンが死んでしまったのは、学校の友達と遊んでいて帰宅するのが遅くなった所を、よそ見運転をしていたサラリーマンの車に引かれてしまったというデキゴトである。それは一瞬だったので苦しくもなかったし。とっくに犯人も捕まっているし。
「しかも……あれから何十年も経っているんだから。いまさら希望なんてないわよ。死んだの高校の時だったけど、それぐらいの現実は私にもわかるわ」
「うん」
「だから、やめてよね。最後に来たのはずっと前だし」
「……」
「来ないって事は、きっと、もう私の両親は死んでるわよ」
イヤな現実は受け止めている。
でもね。
たった一言、口にしただけなのに、わたしの目頭はもう熱くなっていた。
「泣かないでよ」
「泣いてないわよ!」
カレンは制服の袖で顔を隠した。本当に涙なんか出てなかったけど、なぜかジバさんに顔を見られるのが恥ずかしかったのだった。
「ほんと悪かったよ」と、ジバさん。
「別にいい」
「ほんとぅに? 顔がむくれてるよ」
「しらない」
「困ったねぇ」
「ご近所さんのヨシミよ。それで許してあげるってだけ」
「……それじゃあバツが悪いから、役に立ちそうな情報を一つ、どうかな」
「え」
「んー、どうかな」
「なにか知ってて今まで黙ってたってコト?」
「いやいや、そんなつもりないよ」
「ほんとかしら」
「ただ、会話の流れというか、君に話すタイミングが無かっただけだよ」
口元が引きつっているし。
もっともらしい言い訳だけど。
どうにもジバさんの顔つきは嘘くさかった。
顔が半分だけ溶けているからイマイチ嘘が見破りにくいのよねぇ。
半透明って所が更に分かりにくくさせてるし。
「で。なに?」
「俺の場所からじゃカレンちゃんの定位置は離れすぎて見えない。けど、校門の目の前なんだから、花を置いた瞬間を、学校の屋上に居たヒトだったら何か見ているかもよ」
「なにそれ」
「可能性はあるだろ」
「そもそも、そう都合のいいタイミングで屋上にヒトがいるかしら」
「いるさ。なにせ彼はここ二年間毎日いるから」
ジバさんはアッケラカンと言い放ったが。
どうにもその情報は信用しにくかった。
何でも大げさに話してる日頃の行いもあるけど。
物理的に、こっちから見えないなら、そっちからも見えないわけで。
ジバさんと同じように死んでから同じ場所に数十年と居続けているわたしが、二年間も同じ場所に現れていた存在に気がつけないなんて話しがあるのだろうか。
いや、ない。
「いや、あるよ」
「え」
カレンの心を見透かしたように、ジバさんは反対のコトを言った。
「どういうコト?」
「彼は夕方のその時間しか屋上に現れない。その時間は校門からだと逆光になるし、カレンちゃんは気がつけなかったんじゃないの」
顔が半分溶けたジバさんのドヤ顔は酷いものであった。
悪いけど、うぇ。
ただ、わたし生島カレンは、だらしないヒトを簡単に信用するのは好きではないけど。
確かにジバさんの情報には一つの理がある。
理を受け入れないのは、それ以上に好きではなかった。
「放課後の屋上に一人でいた目撃者、ねぇ……」