4 座敷童の色姫
行きつけのコンビニまでは、少し時間がかかる。
階樹公園から町の中心地に向けて歩くこと、およそ十五分。住宅街を通りすぎ、幾つかの商店がちらほら見えるようになると、それらに紛れるようにしてコンビニが建っている。女子高が近いためか、朝方はよく女子高生の姿が見られる。皆一様にお菓子を購入しているみたい。彼女らに人気のおかげで、そこのコンビニはお菓子の品ぞろえが充実している。
チョコ菓子のみならず、グミやガム、駄菓子にポテトチップスなど、その種類は多岐にわたり、同ジャンルの中でも多くの種類が陳列されている。その光景は圧巻の一言に尽き、いくらでも眺め続けることが可能だ。
ゆえに、お菓子好きの私は、足しげくそのコンビニに通っているというわけ。
この町にはコンビニが数店舗存在しているけれど、私がよく行くコンビニはその一件だけで、他はあんまり行かない。別に、嫌だとかそういう理由は無い。コンビニって大抵どこも同じようなものだし。ただ、西のコンビニだけは近寄ることもしないけれど。
あそこのコンビニには何回か寄ったが、一回だけ(といってもその一回が最後だったのだけれど)小太りの店員がぬめぬめとした視線を向けてきたことがあった。全身を舐めあげるかのようなあの視線に対して生理的な嫌悪感が湧き上がってきてすぐに店を出たけれど、しばらくは悪寒が続いたのを覚えている。思えば、あれ以来、あの店には行っていない。
私は、頭を振った。嫌な記憶を意識外に吹き飛ばすように。
嫌なことを思い出してもつまらない。風景でも見て忘れよう。
コンビニまでの道中、林立している電柱の灯りをぼんやりと眺める。羽虫が群がっているのが見える。光は、夜の暗闇を浸食するように地面を照らしていた。
ゆっくり歩いていると、ちりんちりんと音が鳴った。弱い光が後ろから近づいてくる。おそらく自転車だろう。自転車のベルを鳴らして自分の存在を知らせているのだ。
そのまま真っ直ぐ前に向かって歩いてると、左側を自転車が通過していった。男だ。半袖長ズボンのどこにでもいそうな男。不審者のような感じはしない。こんな夜中に何処へ行くのだろうか。私と同じように、コンビニにでも行くのだろうか。
男が乗った自転車は、そのまま進んでいき、やがて闇の中に消えていった。
(私も自転車を買おうかな。移動が楽になりそうだし。
でも、身を潜めたりする時に邪魔になるからなぁ。渚に相談でもしてみよう)
それにしても、夜中に活動する人間が多すぎるように思う。
一般人が夜中に外出するのは、あまり歓迎しない。必要に駆られて、というのもあるかもしれないが
しかし、できるなら夜は静かに寝床で丸くなっている方が人間として正しいと私は思う。
夜は人の生きる世界ではない。
昼が人の生きる世界だ。
朝起きて、昼間活動し、夜眠る生活。規則正しいリズム。それが人の領域だろう。
最近の人は、深夜にまで生活領域を広げているので、少し面倒。今から向かう、コンビニというものができたことが理由の一つだと思う。二十四時間営業なんて、正気の沙汰ではない。休まず営業なんてするから、低賃金で働かされる人間が増えるのだ。加えて、休まず連続出勤なんてことが起きてしまう。
(便利すぎるのも考えものだなぁ)
今から深夜のコンビニに行く者の考えではなかったが、思わず心の中でそう思った。
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お目当てのコンビニに着いた。
窓ガラスからは光が漏れていて、営業中であることを知らせている。
さぁ、店内に入って涼しもう。歩いたことで火照った体を、思う存分冷やしてやろう。
自動扉が開き、中に入る。客の来店を告げる音が、店の中に鳴り響いた。
「いらっしゃいませー」
同時に、店員さんが接客用語で歓迎してくれる。マニュアル通りの対応なのだけれどね。歓迎とはまた違うものなのかもしれない。
店員さんは、いつもの人だった。二十代前半の男性で、三か月ほど前から働いているらしい。大体、深夜帯にシフトを入れているという。三ヵ月経ったから、もうそろそろ仕事に慣れてきたころだろう。挨拶の声も自然な感じで、堅さが無かった。
店員さんの情報は、この店に住み着く知り合いに教えてもらった。正確には、この店の店長に憑いている知り合いなのだけれど、いっつもコンビニにいるらしいから、住み着いていると言っても問題ないだろう。
「あら、月子じゃない」
噂をすれば何とやら。
お菓子コーナーを物色した後に雑誌コーナーで立ち読みしていたら、鈴を転がすような声に話しかけられた。
手に持った雑誌を棚に戻して振り向くと、そこには着物姿の綺麗な女の子がいた。素人が見ても高そうな、薄青の着物を着ている。髪形がおかっぱで、顔立ちはとても整っている。まるで人形みたいに。
それでいて、生気が感じられるから、おかしな雰囲気だ。人と人形の境界にいるみたい。ちなみに、革ジャンは着ていない。
「こんばんは、色姫。お邪魔しているわ、あなたの家ではないけれど」
「ふふ、こんばんは。この店はすでに、私の家みたいなものよ」
「真理子さんは、今日はいないの?」
真理子は店長の名前だ。フルネームは遠野真理子、三十代くらいの女性で、独身。本人はあまり結婚願望がないみたい。
「真理子は、今日はもう帰っているわ。残っているのは深夜シフトの子だけよ」
「あなたも帰らなくていいの?」
「今日はあなたが来そうだったから待ってたの」
予知能力みたいなものでも発現したのだろうか? 座敷童としての力だけでなく、予知までできるなんて、羨ましいにも程があるのだけど。
そう。何を隠そう、色姫は座敷童である。ここのコンビニが繁盛しているのは、立地だけでなく、彼女のおかげもあるのかもしれない。
「そうなんだ。何か用でもあったの?」
「別に特別な用件はないわ。ただ、あなたと話したかったの」
色姫は、そう言って微笑んだ。
思わず体温が上がる。不意打ちでそんなことを言うなんて卑怯だ。それに、彼女は無自覚に言っているから余計に響くのだ。言霊の効果でも付与されているのかしら。
「あ、あらそうなの。じゃ、じゃあ、お互いの近況でも話しましょうか」
「近況ねぇ。私の方はあんまり変わらないわ。ほとんど、真理子の住む部屋とココの往復だから」
「どこかに出かけたりしないの?」
「うーん。人の多いところって好きじゃないのよね。元々インドア派だし…。月子もそうでしょう?」
「あー、そうね。外に出るのは少ない気がする。家でゴロゴロする方が好きだし」
ゲーム三昧、深夜アニメ三昧の日々で満足できるからなぁ。
「都合がついたら、どこかに観光にでも行きましょうか」
腕組んでうなっていると、色姫がそんな提案をしてきた。
自宅警備ばかりしている私のことを気遣っているのかもしれない。
「私とあなただけじゃなくて、もう少し呼んで、温泉にでも行きましょうよ」
「温泉?」
「そう。たまには羽を伸ばすした方がいいわ。あ、その時は真理子も呼んでいいかしら?」
「別にいいわよ、真理子さんなら」
むしろ、本命は真理子さんの休息かな。
色姫は、普段から頑張っている真理子さんのことを労いたいのかもしれない。
直球で聞いてみるか。
「もしかして、真理子さんを温泉に連れていくのが目的なの?」
「そ、そういうわけじゃないのよ」
「私のことはついでだったのね。悲しいわ、色姫がそんな子だったなんて。よよよ」
分かりやすい泣きマネをしてみると、彼女は目に見えて慌てだした。
「ち、違うのよ。確かに真理子の息抜きになればいいと思ったのは事実だけれど、あなたと、月子と一緒にどこかへ行きたいと言った気持ちは本当よ。し、信じて。お願いだから」
「もう、色姫ったらあわてすぎよ。大丈夫。あなたが私のことも大切だって知っているわ。同じくらい真理子さんのことが大事だってことも。だから泣かないで、ね」
見ると、色姫の目は潤んでいる。泣きそうになっていたのだろう。こんなのに引っかかるなんて、純粋すぎるわ。いつか誰かに騙されそうで、不安になる。
「本当? 怒ってない?」
「怒ってない。だから落ち着いてね。泣いたら、店員さんも驚くわよ」
そう言った途端に彼女はレジの方を向いた。幸いにして、店員さんは弁当コーナーを見ている。
色姫は胸をなでおろした。まったく、愛い奴め。
「まぁ、温泉の件は日程次第ね。私はいつでも大丈夫だけれど、真理子さんはシフトとかの問題があるだろうし」
「う、うん、そうね。分かったわ。日程は後で考えてみる」
ありがとう、と小さく呟く彼女がまた可愛らしくて、貴重な血が流れるところだったわ。
それから話は近況から横道にそれていき、ゲームやお菓子の話題になっていった。
特に、お菓子の話は実物が店の棚に並んでいるので、色々と紹介してもらった。さすがに「自分の家のようなもの」というだけあって、彼女はコンビニお菓子の知識に明るかった。
私は、紹介された商品の内の幾つかを選んで購入することにした。ついでにアイスも。外はまだまだ暑いからね。アイスで涼みながら、最後の場所に行こうと思ったのだ。
レジに商品を持っていくと、あの店員さんがいた。バーコードが次々と読み込まれる。
ピッ。総額932円也。
しっかり払ってレジ前から離れる。支払いの時まで隣にいた色姫に、別れの言葉を告げると、「また来てね」と言われた。言われなくても、また来るよ。
「ありがとうございました」
店員さんの声を聞きつつ、店から出る。
私は、店内にいる色姫に手を振り、夜道に向かって、また、歩き出した。
<キャラクター情報>
・色姫は座敷童で遠野真理子に憑いている。
・遠野真理子の借りているマンションの一室とコンビニを、行ったり来たり。
・色姫はイジワル耐性が低く、お菓子が好き。