リリィの想い
なんだろう。さっきまで、ウッキウキの異世界冒険ライフが始まると思っていたのに、いきなり現実に叩き落されるというか、こんな目にあっているのは。
それも、全てこいつらのせいだ!
そう思って、二人を見つめる。うん、かわいい。じゃなくて!
「何よ?」
「どうかされましたか? コタロー様」
「別に……なんでもないっす」
「まだ、ウジウジ言ってるわけ? 男らしくないわねー」
「それが、たった5千ジェムでA級モンスターの依頼を押し付けた人間の態度ですかねぇ~?」
「う、うるさいわね! 決まったことをいつまでも、嘆いていてもしょうがないでしょ!」
まあ、それもそうなんだけどさ。この剣があるとはいえ、本当に大丈夫なんだろうか?
ていうか、防具! 防具は!? しまった、防具のことを完全に失念していたー! どうしよ! 今から町に戻って……。
「防具? ああ、それなら絶滅した騎士団が置いていったのがあるから、それ使えばいいじゃない。ちょっと傷だらけのところあるけど」
「……すげえ、嫌なんですけど」
「つっても、SSR級の防具よ? あんた、ジェム持ってないんだから。これ以上ない装備だと思うけど?」
何が悲しくて死んだ人間の装備を身に纏わないといけないんだか。てか、そんな装備を身に着けていても負けるって……やっぱり、ヤバくねーか?
「私たちは応援することしかできませんけど、頑張って下さいね」
「えぇ!? お前ら、戦わねえのかよ!」
「戦えるわけないでしょ。レベル差がありすぎるもの。そんなことが出来ていたら、あんたに依頼なんかしないわよ」
「……そりゃそうだが。さっきから、随分と態度がでかくないか、お前。自分の立場わかってんのか」
「素なだけよ。今更、取り繕ったって一緒でしょ。引き受けるつもりがないなら、とっくに逃げ出しているでしょうし」
まあ、変に気を使われてもそれはそれで、嫌だけどさ。だからってそんな露骨に変えられても困る。
ちらっと、サーシャの方を見る。この子は、最初に出会った時と変わらないな。お淑やかな感じだ。
俺は馬車の上で、袋から一冊の辞書を取り出す。ギルド登録をした時に貰ったモンスター図鑑だ。大体のモンスターの情報がここには書かれているらしい。
どれどれ……ヴァンパイアはっと。これか。
ヴァンパイア。『災害級』指定。A級モンスター。ヴァンパイアの標的となった町は、あっという間に、全て眷属とされてしまう。中には、じわじわと時間をかけて町を食いつぶすような趣向の持ち主も存在する。悪趣味な奴だな……。
弱点……水属性、か。なんでだろ? 血を操るからか……? 十字架とかにんにくみたいなベタなやつは効かないわけね。
えーと、次ページっと……何々、ヴァンパイアにも様々な種類が存在する為、弱点も一概には言えないのと、千年戦争を戦い抜いた猛者については、S級に匹敵するとも……おいおい、つまり最低でA級ってことかよ。それより上のさらにヤベー奴までいるとか。どんだけだよ。俺が今から退治するやつは一番弱いので頼むぞ。それでも、A級だけど。
しかし、水属性が弱点つっても、俺は魔法使いでもなんでもないしなぁ。意味がないというか……ん? この剣、ステータスのところに虹色のマークがあるな。なんだこりゃ。
「なあ、この虹のマークってどんな意味があるんだ?」
「え? それって、全属性のマークじゃない?」
「全属性?」
「ええ。全ての属性が付与されているってことよ。火・水・風・土・闇・光・魔・無の全ての属性」
「えぇ? 凄くね……? ということは、全ての弱点を突き放題ってことか」
「そういうことね。さすが、レジェンドレアの装備だけのことはあるわね。ねえ、ステータスも見せなさいよ~」
「だ、ダメだ。さすがにそれは、ちょっと怖い」
「ケチぃ~」
こいつらがどんな連中かわかったもんじゃないからな。一度、騙されてるわけだし。そうじゃなくても、自分の個人情報を簡単に相手に見せない方がいいだろう。
そうこうしている内に、リリィ達の村に到着したようだ。
「ここが私たちの村よ。入って」
なんか、男の人ばっかりいるな……。畑作業まで、男の人がしてるなんて。ちょっと異常じゃないか? いや、農家なら普通か。それにしても、女の人が全然見当たらない。
「言ったでしょ。ヴァンパイアの被害にあってるって。女の子ばかり狙われているのよ。だから、みんな家から出てこないわ。それに、被害のせいで人も減ったし……この村から逃げ出した人たちも多いわ」
「そういうことか……悪い」
「別にコタロー様が謝られる必要はありませんわ。悪いのは、ヴァンパイアですもの」
「あ、ああ……」
たしかに、こんな状態を目の当たりにしてしまうと、予想以上に驚異的というか。相当、被害にあってるんだな。軽く、考えすぎていたようだ。『災害級』って言ってたもんな……。
俺たちは倉庫のようなところへと足を運んだ。木の匂いが充満している。
「はい、これ。騎士達が使ってた防具」
「え、あ、どうも……これ、着るのか」
たしかに、ところどころ傷が入っていた……しかも、血までついてる。生々しすぎるだろ、これ。背に腹は代えられないか……せめて、水で洗い流そう。
「悪いんだけど、これ。洗ってから身につけたいんだが」
「わかったわ。外に行きましょ」
じゃばじゃばと鎧を洗う。こびりついていて、中々落ちないな……。たわしか何か使わないと。
「はい、これ」
「お、サンキュ」
って、よく何も言ってないのにたわしが欲しいってわかったな……。は、もしや俺たちって……通じ合ってる? なんて……見りゃわかることか。
「……私だってさ、悪いとは思ってるのよ。でも、他に方法もなくて……頼れる人も、いないの。だから……」
目線をリリィの方へと移すと、背中が震えていた。拳を握りしめて、俯くリリィの姿を見て、俺は……。
「わかってるって。この村の感じ見ただけでも、なんとなく察するからさ。お前たちがどんな絶望を感じているかは、わからないけど。こうなった以上は、腹くくって挑むつもりさ。応援していてくれよ。それぐらいは、出来るだろ?」
「コタロー……」
「へへっ、ま、やれるだけのことはやるさ!」
「コタロー様、ありがとうございます!」
「おうよ。任せとけ!」
「ふ、ふん……カッコつけちゃって。調子に乗ると危ないわよ」
今まで、人に頼られることなんてなかったしな。悪くない気分だ。
さて、鎧も洗ったことだし……タオルで拭いてっと。
俺はさっそくSSRの鎧を装着した。おぉ……こうしてみると、さすがに騎士が身につけるだけのことあって、カッコいいなっ!
「いいじゃない。似合ってるわよ、それ」
「そうか? へへっ! それじゃ、いっちょヴァンパイア退治と洒落込みますかね!」
「ヴァンパイアのアジトは村のすぐ近くの祠よ。案内するわ」
そうして、俺たちはヴァンパイアのアジトへと向かったのだった。