特訓
あれから。俺は、ナユラに渡された鉄の剣を使って、特訓をしていた。
毎日の基礎トレーニングとして、素振りから腕立て伏せ等、基礎中の基礎から始めている。幸いにも、俺の体力はレベルが上がったことにより、大幅に上昇している。
一日中、稽古に励んでもそれほど支障はない。そして、時には休息を入れて、ルメーンの町を出歩いたりしている。息抜きも必要なことだと、ナユラは言っていた。
正直、この一ヶ月程度でナユラを超えることは不可能だろう。そんなことは俺もよくわかっている。しかし、そのぐらいの意気込みを持って挑まなければ行けない。それだけの話だ。
それと、これもナユラから聞いたことだが、やはり実力がS級以上の存在と対峙した時、レベル補正に制限が掛けられるらしい。具体的にはA級の上限までしか補正が入らないとのこと。つまり、俺のステータス+A級の上限ステータスということらしい。
だから、獣王ベイザスに俺は簡単にあしらわれてしまったわけだ。恐らく、ナユラもS級以上の実力の持ち主だろう。もし、そうでないとしたら……それは、神業とも呼べるモノかもしれない。よく、MMOやアクションゲーでも全ての攻撃を回避して、実力以上のボスを完封したりすることが出来る奴がいるだろ? それと同じようなもの、かもしれない。まあ、俺は前者だと思うのだけど。
とはいえ、鉄の剣で俺のレジェンド・レア装備と渡り合ったのは、事実。それも、完封負けだ。あまりにも、衝撃が強すぎた。何も言い訳出来ない。
あれから俺は、レジェンド・レア装備を封印している。それは、剣だけではない。防具もだ。全て、Rの装備で統一している。それで、わかったことがある。
あまりにも、打たれ弱い。装備に頼りすぎていたせいで、防御が疎かになっていた。さらに、ダメージも大幅に緩和されていた為、実際の受けるダメージ量をまったく把握出来ていなかった。まあ、いきなり強くてニューゲームみたいな感じで始めたせいではあるんだが……感覚がマヒしていたってことだ。
全てRの装備。この状態で、ナユラと稽古をした時、実感した。痛い。激痛が走る。攻撃を受けるとたしかな痛みがあった。つまり、痛みすら緩和されていたということになる。つくづく、レジェンド・レア装備の凄さを実感してしまう。あまりにも、万能すぎたんだ。あの装備は。
Rの装備は簡単に摩耗し、破損する。紙切れのように斬られてしまう。その恐怖を体に刻み込まなければ行けない。攻撃は受けるものではなく、回避するものなのだと。
つまり、直撃を避けるってことだ。攻撃は急所を狙い、急所を狙った攻撃は回避する。逸らす。そうしなければ、死ぬ。それを肌で感じるようになった。
それと、どうやら俺も魔法剣士タイプのようで。シャイニング・ブレードに関しては、レジェンド・レア固有の技ではなく、俺専用の技だったらしい。
ようするに、ネウの時の戦いでは、とっさに閃いた技だったということだ。
属性は光で、魔力依存の模様。ナユラのような魔法剣士相手では、障壁によって防がれてしまうということだ。
障壁というのは、魔法や物理攻撃に対するバリアのようなものらしい。魔法を得意とするタイプが主に使用出来る物で、相手に接近された時の防衛が主な目的だ。
知っての通り、魔法使いは接近戦に弱い。そして、物理攻撃に弱い。それを補う為に生み出された技法らしい。現在では、高い障壁によって魔法も物理も防ぐバリアに変化していったとのこと。
とはいえ、障壁を維持するには、高い魔力が必要だし、消費も激しい。それに、一点を集中的に狙われれば、バリアを貫通することも容易いので、過信は禁物らしい。
俺もそれを使うことが出来るらしいが……まだ、先の話だろう。
「ふぅ……今日はこれぐらいにしておくか。少し、リリィ達の様子を見に行くことにしよう」
そう、俺だけでなく、リリィやサーシャも特訓を開始していた。その上達っぷりは凄まじく、二人共、天性の才能があったに違いない。
凄いのは、その力を引き出すことに成功した、指導者の方だろうけど。
俺は、第二訓練所にやって来ていた。訓練施設は一つではなく、それぞれ分野毎に分かれている。ここは、魔法をメインとした訓練施設らしい。
当然、ここで訓練しているのは魔法をメインとしている、サーシャだ。
俺は遠くから、ネウとサーシャの特訓を眺めていた。これもまあ、勉強の一つだ。相手を知ること。それが、何よりも重要で難しいことだろう。
さて……サーシャはあれから、どれぐらい成長したのか。
「遅い! そんな詠唱では、相手に反撃してくれと言っておるようなものじゃぞ!」
「は、はいっ!」
「最速で切り替えよ! 術式は常に複数! いつでも切り替えれるようにしておくのじゃ!」
「限定術式……解除! 闇よ、我が身に纏て、深淵を描け! ダークスフィア!」
限定術式……セット魔法のことだ。予め、魔法をセットしておき、状況に応じて、瞬間的に発動する技法。そのほとんどは、札にして体に貼り付けておくことが多い。
勿論、卓越した魔導師ならば、体内に直接セットしておくことも可能だ。それには、相当の技術力が必要となる。
この限定術式は多く用いられており、魔力を秘めた装備を解放する際や、城などの防衛にも使われている。侵入者が入り込めば、即座に魔法の乱れ打ちに遭うというわけだ。
しかし……もう、限定術式まで使えるようになったのか、サーシャは。
俺も、魔法を使う側の人間なので、よくわかる。どれだけ凄いことなのか。
ちなみに、俺はまだ扱えない。そもそも魔法をセットすること自体、容易なことではないのだ。それは、発動した魔法を空間上に維持しておくことに他ならない。
発動した魔法を発動させずに、留めておくことが、非常に難しい。高難度の技法なのだ。
「甘いのう! 読めておったわ! お主は、限定術式を解除する瞬間、体が硬直する! 緊張しておるのだ! 故に! 簡単に見抜けてしまう! 気をつけよっ!」
「はいっ!」
しかし、ネウの奴……案外、普通に指導してるのな。いい師匠じゃねえか。ほんと、俺もうかうかしてられないぜ。サーシャの成長っぷりは、見ていてもよくわかる。
さて……そろそろ行くか。次は、リリィの様子を見に行くとしよう。
第一訓練所へとやってきた。主に、物理職をメインとして扱う訓練所。俺も、こちらで剣の特訓をしている。
リリィは……いた。弓の特訓をしている最中のようだ。
はっきりいって、意外だった。リリィが弓をメインとした職についているなんて。攻撃的なイメージがあったから、俺と同じ剣か、拳や槍辺りを想像していたのだけど。
弓相手じゃ、手合わせの相手としては不十分だと思うかもしれないが、そうではない。むしろ、難しいんだ。弓というのは、剣よりも一撃の破壊力に優れている。
つまり、相手は一撃必殺の技を繰り出してくるわけだ。弓相手に接近するのが、いかに難しいか。そう容易なことではないのだ。相手の弓を避けきれなければこちらが負ける。相手の間合いを図るには、うってつけの相手というわけだ。
しかも、リリィは弓と同時並行で短剣の修行もしている。理由は簡単で、接近された時、弓を捨てて、短剣に切り替えて応戦する為だ。
つまり、弓の修行というのは、遠距離だけでなく、近距離戦闘も視野に入れて行わなければならないということ。それだけに大変なのだ。
「はぁ、はぁっ……」
さすがのリリィも疲れが出ている様子。しかし、指導しているナユラは容赦がない。
「何をぼさっとしている! 今日中に千本! その後、短剣へのスイッチ千回!」
「は、はい……!」
こちらも、想像以上に大変な特訓内容だった。俺は、ナユラの指導が受けられない時は自主練になっている。勿論、課題も突きつけられているわけだが。
どちらかというと、そういう時は休息日になっていることが多い。その方が効率よく教えることが出来るからだ。じゃあ、肝心のナユラはいつ休息を取っているのかというと……実は、取っていない。バケモンだ。一切、休息を行わず、俺たちの特訓に時間を使っているのだから。休みの日がないだけで、休息自体を取ってはいるのだろうけど、それでも、だ。休みの日が一日もないというのは……よくやってくれると思うよ。
それだけ、俺たちに期待しているのかもしれない。
俺は、訓練所を後にした。
◆ ◇ ◆
それから、しばらくが経ち、俺は確実に成長していった。
そして本日は、俺の特訓の日だった。ナユラが付きっきりで俺の相手をしてくれる。
「どうした、来い」
相手の挑発に乗る必要はない。こちらのリズムで動けばいい。俺はゆっくりと、間合いを図ろうとする、が。
ナユラは、ゆらり、と。動いた。
「!」
早い。気づいた時にはもう、接近されていた。恐らく、あの動き。ゆらりと動いたのは、錯覚を起こさせる為だったのだろう。視覚的に錯覚してしまった。
目がそれを切り替えようとした瞬間を狙ってきたのだ。恐ろしい奴。
しかし、俺はナユラの速攻をいつも体感していた。ようするに、この一撃を受け止められたのは、奇跡でもなんでもない。来ると直感していたからだ。
最初から受けに入っていた為、動作がワンテンポ遅れていても、相手の接近する時間ギリギリで手が追いついたということになる。
ガギンッ! と。音が鳴り響いた。
「ほう。しかし、最初からそんな消極的では、いかんな。私が必ずしも、接近するとは限らんのだぞ!」
ナユラはそのまま横にスライドし、距離を取って、詠唱を開始した。
いや。すでに開始していたのだ。接近した瞬間に。
つまり、詠唱を阻止させない為に、あえて自ら接近した。とんでもない発想だ。
こちらが、攻撃を受け止め、反撃に出ようとした瞬間、すでにナユラは後方にいたのだから。リズムを狂わせることにも、成功している。明らかな腕の差。経験の差だった。
「くそっ!」
今から、詠唱したんじゃ間に合わない! 障壁を展開するしかない!
俺は障壁を展開した。そして、そのまま回避行動に出る。
「甘いな」
すると、どうだ。そんなことは知っていたと言わんばかりに、ナユラは再度接近してきた。セットしたんだ。魔法を。恐らく、俺が障壁を展開したら、そうするつもりだったのだろう。そうせずに、突っ込んでいれば魔法の乱れ打ち。どちらも使い分けれるということだ。
これが、魔法剣士の戦い方……隙がまるでない。熟練された魔法剣士はここまでの次元に到達出来るのか……!
ナユラは、剣を振るう。非常に問題なのは、ナユラはいつでも魔法を『発動』出来る状態にあるということだ。つまり、俺は魔力消費の激しい『障壁』を解くことが出来ないということ。
魔力とは、体中に溢れるマナから作り出すエネルギー。このマナは、生命活動にも影響を及ぼすほどのエネルギー体だということ。つまり、魔力の消耗が激しいということは、体力、生命力まで奪われていくということに他ならない。
持久戦では、圧倒的に不利だ。どうする?
なら、無理矢理にでも、魔法を使わせるしかない!
「風よ……我が身に纏いて、集え! ハイウィング!」
魔法を扱うには、相当の集中力を必要とする。つまり、戦闘行動を行いながら、魔法を唱えるということは、非常に難しいのだ。
その為、多くの魔道士は、前衛に守護して貰いながら、戦うことが多い。勿論、簡単な詠唱ならば、動きながらでも簡単に出せるだろう。
魔法剣士の凄さがわかるのは、そこだ。戦闘行動を行いながら、魔法を詠唱する。が、それは卓越した技術を習得した一部の魔法剣士だけだ。
ほとんどは、間を取って、後方に下がり、詠唱を開始する。当然だろう。先程のナユラが行ったような行動を取れる者は数少ない。
俺は、比較的、発動の容易なハイウィングを詠唱し、上空へ飛んだ。これで、ナユラはセットしていた魔法を発動するはず。
勿論、同じようにハイウィングで追いかけられる可能性もあったが。
ナユラは、そうはしなかった。
「限定術式、解除──セイント・ビーム!」
無詠唱ッ!? 上級魔法のセイント・ビームを予めセットしておいたとはいえ、無詠唱で放つなんてっ!
ダメだ。回避出来ない。かといって、俺の障壁レベルじゃ、セイント・ビームの直撃を防ぐほどの密度はない!
俺は、障壁ごと肩を貫かれた。
「ぐあっ……!」
空中で身動きが出来ない俺に対し、ナユラはさらに魔法で乱れ打ちを行った。
「があぁああああああああああああああっ!」
ボコボコだった。何もすることが出来ずに、俺は大地に激突した。
「ごほっ……!」
ゆっくりと、ナユラが近づいてくる。
「ふん……あまりにも、予想通りすぎる。子供のやることだ。空中でああなった場合、もはや逃げることは出来ん。一方的にやられるだけだ。お前は私に魔法を使わせようとするあまり、一番、やっては行けない選択を取ったというわけだ」
「……」
何も、言い返せない。肩の力が抜け、大量の出血でめまいがしていた。
「ヒーリング」
ナユラはゆっくりと、腰を下ろして足をつき、俺に治癒魔法をかけた。
「ぐっ……」
「マナを血に変換しろ。傷は防げても、出血量からして、危険だからな。お前の寿命は多少縮むかもしれんが、致し方あるまい」
俺は、霞む視界の中、必死にマナを血へと変換する作業を行った。
数分して……だいぶ、落ち着きを取り戻した。
「はぁ……はっ。は……」
「そうだ、それでいい。慣れれば、戦闘中にもマナを血に変換し、出血を止め、血液を輸血することも出来よう。ただし、自身の寿命は確実に減る。多用はしないことだな。とはいえ、戦場に赴くのであれば、避けられんが、な」
たしかに、これなら……長時間の戦闘を維持出来るのかもしれない。となれば、結局のところ。トドメを刺すしかないってことだ。相手は常に一撃必殺をもって、接してくる。逆にいえば、こっちもトドメを刺すまでは何も安心出来ないということだ。
殺すか、殺されるか。それだけ。
それだけに、相手を無力化することがいかに難しいか、わかった。
この間、ネウにさせたことがどれだけ大変なことなのか、痛感した。
「お前は、行動が直線的すぎる。考えてはいるようだが、それがあまりにも表面に出過ぎているんだ。若いとも、言えるがな。この辺は、やはり経験がモノを言う。感覚的に慣れろ。私の戦い方を見て、な」
「はい……」
「成長はしている。確実にな」
俺は、いつのまにか、泣いていた。その一言で。
泣いてしまっていたんだ。
「……また明日、この時間に遅れずに来い」
そういって、ナユラは去っていった。
泣いたのは、何故なのか。決っている。悔しいからだ。ボコボコに打ちのめされて、何も出来ずにいて、悔しいからだ。
けど、それだけじゃない。そう、嬉しかったんだ。俺は。
『成長はしている。確実にな』
その一言が、とてつもなく、嬉しかった。
認められたんだ、俺は。ナユラに。
だから、泣いた。
俺はただ、地面に倒れ込みながら。天を見上げて、泣いていた。