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SMR狩人  作者: 津村基樹
5/7

配線のスパーク

 そのとき現れた白い巨体は、闘いの中で、己の命を狙う狩人たちの足元へ音の塊を投げつけた。人間の耳には聞こえないその波によって、足元の氷は砕かれ、そして一人の船員を飲み込んだ。

 死んだ船員の名前はイグナーツ・バプカ。遺体の回収は、不可能だった。


「お帰りなさい、船長」

「ああ」

 ロゼッタに戻ってきたカシマを、ミュールが迎える。惑星周回中で少ない仕事を仲間に預けてきたのだろう、ジャン=クリストフ他管制部のメンバー数名と、それからラフトも一緒だ。

 発見されたイグナーツの遺体を収容するため、船員たちは一度、ベースキャンプに戻ることになった。二度目の撤退を余儀なくされたわけだ。もちろん、異を唱える者はいなかった。

 コンテナ船は基本的には着陸船に牽引されて移動するが、降下・上昇といった単純な行動ならそれだけですることができる。第一、着陸船はベースキャンプのエネルギー維持に必要だ。そのコンテナ船にイグナーツの遺体が入ったカプセルを乗せて、カシマは何人かの船員たちとロゼッタへと帰還した。

 イザーク・バプカは地上に残った。着陸船と同じように、彼もまた残らなければならなかったのだ。……彼は、冷静だった。

「イグナーツの遺体を霊安室へ。それから、ミュールは船長室へ来てくれ。話がある」

 手短に指示を与え、カシマは格納庫を出ていった。自然、ジャンたちの誰かがイグナーツを運ぶことになる。志願したジャンを残し、あとの船員たちは仕事に戻る。

「彼が、一年前に死んだっていう?」

「そうです」

 カプセルを押しながら、ジャンは素っ気なく答えた。その後を追いながら、ラフトが質問を重ねる。

「きみたちと年が近そうだね。仲はよかったの?」

「まあ、ある程度は」

「彼はどんな友達だった?」

「どんなと言われても」

「……怒ってる?」

 ジャンは足を止めた。

「怒ってはいません」

 笑顔で振り返り、言う。

「でも、無神経な人だなとは思います」

「……ごめんなさい」

 ジャンが思ったよりも深く、彼女はショックを受けたらしかった。前を向いて、再び歩き始める。

「まあ、実は、ぼくはそんなに親しくはなかったんですけどね。ディックとかシュタルクとかの方が仲はよかったと思いますよ」

「それじゃ……」

「はい、ここまでです」

 ラフトの言葉を遮って、彼は扉の横のプレートを示した。もう霊安室の前だ。

「初日に船長が言ったでしょう。霊安室は立ち入り禁止です」

 開いた扉を通りながらそれだけ言う。その背中に、ラフトは言葉を投げかけた。

「バプカ君は、きみたち五人と年が近そうだね」

 ひと呼吸おいて、ジャンは目を見開いた。

 ……十数分後、船長室から出てきたミュールは、彼女には珍しく不服の表情を浮かべていた。


 ロゼッタからの報告を受けて、船員の一人が振り返った。

「小さめの個体が接近しているらしい。どうする、バプカ」

「……どうするもこうするもねえだろ」

 バプカはコクーンのヘルメットを手に取った。

「出発する。準備をしろ」

 船員たちが一斉に返事をする。三台の地上車に分かれ、彼らは再びアルブスの元へと走る。

「標的の250m手前で分散、フォーメーション通りに囲め。二号車はポイントに先回りだ」

「了解」

 一、三号車から船員たちが飛び降りる。なにしろこれが本命だ。

「いいかてめえら、背中に傷入れんじゃねえぞ」

 アルブスの皮膚は、柔らかい腹側・頭部と比較的硬い背側に分かれている。この背側の皮膚に傷を入れてしまうと、例えば剥製にするには価値が落ちることになる。

 船員の一人が肩に抱えた擲弾筒を発射する。アルブスは狙わない。手前の氷に着弾し、発生した煙幕の中に、バプカが姿を消した。やがて煙の中からアルブスの咆哮が聞こえてくる。

「気ィ入れろ。動くぞ」

 バプカが煙から出る。直後、地響きがひとつ。彼の後を追うように、煙を突き破って白い顎が現れる。

 喉の穴はバプカがあけたものだろう。流れ出る血が赤いところを見ると、酸素の運搬にはどうやら鉄を使っているらしい。目の前の狩人たちをひと睨みすると、アルブスはその巨大な口を開いた。尖った歯がずらりと並ぶ。恐ろしいことにこの怪物は肉食なのだ。

 船員たちが一斉に散る。ひと噛みが空振りに終わったアルブスは、逃げた船員たちの中からバプカを狙って追い始めた。巨人の一歩は大きい。クルトたちの仕事は、アルブスの進む速度を調節することだ。

 クルトは腹の下に潜り込んだ。アルブスが脚を下ろすタイミングを見計らい、その筋肉にナイフを差し入れる。行動を鈍くする。しかし、行動できなくしてはいけない……。

 傷つけられた脚が滑るのを視界の端に捉えたクルトは、慌ててその場を跳びのいた。体勢を崩したアルブスが胴をつく。もう少しで下敷きになるところだ。倒れたアルブスは、それでもすぐに起き上がり、執拗にバプカを追う。

「下半身!」

 バプカが叫ぶ。アルブスの後ろに回り込んだ船員が、左の後足を切りつけた。アルブスが大きく尻尾を振る。うまく避けられただろうか。なにも報告が入らないから大丈夫なのだろうが、当たるとまず無事では済まない。

 アルブスの動きが更に鈍る。そうして、彼らは二号車のメンバーが待ち構える地点までたどり着いた。待機していたメンバーが戦闘に加わる。場所を譲って、クルトは後方に移動した。

「誘導しろ」

 攻撃を加えながら、より精確に所定のポイントまで追い込んでいく。

「オーケーです」

「よし、後足落とせ!」

 もう一人の船員と共に、クルトは左の後足を狙う。見ると、右側にはイマードとシエンの二人がいた。気づいたらしいシエンがこちらに合図を送る。タイミングを合わせ、一撃。

 アルブスが腹を地に伏せた。

 振り回される尻尾を、動かなくなった後足に身を寄せることで躱す。これでもうアルブスは動けない。顔の方でバプカが次の指示を出している。

「投光用意、三、二、一――」

 クルトは顔を背けた。配置されたいくつもの投光機から、閃光が一斉に迸る。アルブスが吼える。氷が砕ける。

「次だ! 三、二――」

 幾度も閃光が放たれ、そのたびにアルブスは叫びを上げた。一人、また一人と、船員たちが離脱していく。氷に亀裂が走る。そして、そのときが訪れた。

 アルブスの放つ音波によって、砕かれ、強度を失った氷が、アルブス自身の体重によって周囲から切り離された。氷と共に海面に没したアルブスは、死ぬことはないが、再び上がってくることもできない。潜って逃げることもできないだろう。そのためにこの地点が選ばれたのだから。この場所はもともと入江なのだ。

 二台の地上車がやってくる。合計三台の地上車に積まれたバッテリーが直列に繋がれ、ふたつの電極が海に投じられた。


 警報が鳴り響く。

 船長室の前まで来ていたジャンは、慌てて踵を返し、管制室へ向かおうとした。そこへ目の前の扉が開き、カシマが顔を出す。

「なにがあった?」

「わかりません。今から確かめに行きます」

「俺も行こう」

 通路を並んで、早足で歩く。

「それで、お前はなんの用だったんだ」

「え?」

「俺に用があったんだろ」

 カシマに言われて思い出した。

「そうでした。あの、イグナーツのことなんですが」

 彼が頷くのを見て、ジャンは続ける。

「あいつはぼくらと同年代でした。ぼくら五人と、です」

「それで?」

「候補が五人なのは、たまたまエルンストたちが来たときに、同年代の男が五人しかいなかったからです。もしイグナーツが死んでいなければ、あいつも候補に入っていたはずだ。……いや」

首を振って、言う。

「違う、イグナーツ・バプカも候補に入っている(・・)んだ。手術が行われたのは十一年前なんだから」

「なるほどな」

 しばらく、二人は無言で歩いた。

「わかってましたね」

「いや、言われて気づいた」

 嘘だな、とジャンは思った。なんのための嘘かは知らないが。

「カシマさん!」

 2レベルまで降りてきたところで、管制部の船員と鉢合わせた。

「って、なにしてんだお前、こんなところで」

「なんの騒ぎか確かめようとしてるんだよ。そんなことより、なにが起こったんだ?」

 訝しげに訊く仲間に、ジャンがそう答えると、彼は慌てて報告した。

「そうだ、……カシマさん、火事です! 霊安室です」

「なに!?」

 一瞬、ジャンとカシマは顔を見合わせ、そして三人で走り出す。ここからなら霊安室は近い。

 ジャンがついさっき来た道を辿っていくと、行く手に小さな人集りができていた。角の向こうに霊安室がある。煙がこちらまで流れてきている。ディックの顔を見つけて、訊く。

「なにしてんだお前、こんなところで」

「なにしてたって構わねえだろ、お前が非番ならおれだって非番なんだから」

 ジャンの問いに彼は不満そうに答えた。今はそんなことはどうでもいい。

「それより、消火設備はどうしたんだ?」

「働いてないらしいな。今、消火器を取りに行ってもらってる」

「そうか」

 落ち着いて話しているが、そうのんびりしていられる状況でもない。火の勢いが強くなってきたらしい。換気扇(ファン)が回っていることからこの場所の消火設備は生きているのだろうが、それでも危険なことには変わりがない。

「そろそろ移動した方がいいのでは」

 ラフトがカシマにそう言ったとき、数台の消火器が到着した。片手で持てるような小型のものだ。

「いや、ここの消火設備は火を広げないようにするだけだ。火元から消さないと意味がない」

「そうですか。では」

 言って、彼女は消火器のひとつに手を伸ばした。

「なにしてる」

「見ての通りです」

「君がする必要はない」

「一応わたしは専門的な訓練を受けています。適任かと思いますが」

「……そうか。なら」

カシマの判断は早い。

「お前とお前、それにお前。一緒に行け」

「わかりました」

 合わせて四人。それぞれ手に消火器を持ち、彼らは通路を進んでいく。

 霊安室の中は火の海だった。が、これなら十分消し止められる。船員の一人が進み出て、消火器を作動させると、噴射された粉末が炎を押さえ込んだ。代わるがわる前に出て、消火器を使う。

 ラフトの番になったときには、既に炎はほとんど収まっていた。これは消火器に頼る間でもないのではないか、そう思いながら、彼女が残った火に近づいたとき。

 火元である壁の一部が、小さく破裂した。

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