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SMR狩人  作者: 津村基樹
4/7

狩り

「スピーカー用意!」

 バプカの声が飛ぶ。数名の船員が地上車に積まれた音波発生機に駆け寄り、それらを氷の上に設置する。

 アルブスの生態は音と関係が深い。仲間同士では音でやりとりして意思疎通を図り、また適切な音波を前方に発することで氷塊を砕いて進むことができる。その一方で「嫌いな音」というものも存在し、この音を使ってクルトたちはアルブスを誘導する。

「引きつける。一号車メンバー、来い」

 バプカに続いて、一号車に乗車していたメンバーがアルブスに向かっていく。正面から音をぶつけたのでは効果は薄い。彼らの仕事は、アルブスの気を引くことだ。やがて銃声が聞こえてくる。

「凄いな……」

 至近距離での戦闘になる。もちろんいざとなればクルトも同じことをするのだが、果たしてあれを目の前にして満足に動けるかどうか。巨大な生物への本能的な恐怖というのはやはり存在するのだ。

「ぼーっとしてんなよ、シュタルク」

「うん、ごめん」

 クルトたちの仕事は周囲の警戒だ。スピーカーを壊されてしまっては元も子もない。気を張り直し、尋ねる。

「今のところ、異状は」

「さあな。あいつに訊いてみろよ」

 相手が示したのは、地上車の運転席で計器類に目を走らせる船員だった。氷の下を走査しているのだ。頷いて、その男の方へ近づいていく。

「まずいな」

 窓越しに顔が見えるところまで来たとき、彼の独り言が聞こえた。

「どうしたの?」

「囲まれたかもしれん。おい、ナイフを装備しとけ――構えろ、囲まれたぞ!」

 扉を蹴り開け、彼は怒鳴る。クルトが跳びのいたところで、周囲からどよめきが、そして悪態をつく声が聞こえた。氷の下から現れたのは、あのスコロペンドラの集団だった。

 脇に装備したハンティングナイフを抜き、電源を入れる。気持ちの悪い振動が手に伝わる。六、七、八匹。撃退できない数ではない。クルトは自分が意外に冷静なことを感じていた。

 目の前の一匹が、ゆらりと胴体を持ち上げる。

「こっちは引き受ける」

 叫んで、勢いよく切りかかる。振動する刃はスコロペンドラの硬い外骨格を難なく切り裂き、緑がかった体液を飛ばした。体を傷つけられたスコロペンドラは、のたくり、そしてクルトめがけて猛然と襲いかかってくる。

 巨大な牙をサイドステップで躱したクルトを、跳ね上がった尾角が襲った。

「くっ」

 左肩が裂かれる。腰のボンベから空気が噴出し、気圧差を埋める。その間に活動服の繊維がうねり、伸び、すぐに穴を塞いでしまった。(コクーン)の名の由来だ。

 傷は深くない。確かこいつらの尾角には毒はなかったはず。ほっと息をついたのもつかの間、再び頭が襲ってきた。 避けようと踏み出した足が、滑る。

「……っ」

 まずい。

 焦るクルトに、牙が迫る。次の瞬間、スコロペンドラの頭を一条のレーザーが貫いた。

「気をつけろ!」

「ありがと」

 銃を撃った男に礼を言い、ナイフを構え直す。よろめいたスコロペンドラは今度は男の方へ向かっていく。下等生物の生命力である。銃は効くまい。

 クルトは、目の前を横切るスコロペンドラの胴を両断した。

 氷の上に倒れたスコロペンドラは、それでもしばらくは動いていたが、次第にその動きは鈍くなっていった。少し離れて周囲を見回す。どうやら、他の個体も無事に倒されたらしい。シエンとイマードも二人で一匹倒している。

「この下、地面ないよな?」

 一人が言う。スコロペンドラは土の中に棲む生物だ。ということは、うっかりと巣の上に陣取ってしまったわけではない。

「……てェことは、餌に釣られて集まってきたってとこか」

 もちろんクルトたちのことだ。どうやったか知らないが、スコロペンドラはコクーンの上から人間たちの存在を嗅ぎとったらしい。

「分散した方がいいかな」

「かもしれん。バプカに相談してみる」

 そう言った彼は、通信機越しに二、三言会話した後で、クルトたちに向かって指示を出した。

「一号車、二号車はこのままここで待機。三号車メンバーはスピーカーを積み込んで、適切と思われる位置まで移動、そこに再び設置すること」

「了解」

 クルト他七名だ。素早く音波発生機を解体し、地上車の中に積み込む。一、二号車と二号車メンバーを残し、三号車は出発した。

 移動しはじめたアルブスを横目に、氷原を走る。少し急がないといけない。

「ここら辺りでいいか?」

「かもね。あ、ここは」

 車窓から見える地形に見覚えがあった。前回、アルブスと闘った場所だ。今回も、適当な個体が現れれば、ここにおびき寄せることになる。

「……待て」

 クルトが地上車を降りようとしたところで、先に降りていた船員が低く言った。思わずクルトも声を潜める。

「どうしたの?」

「下にいる。あの場所からくっついてきやがったんだ」

 彼の言葉が終わらないうちに、車体の下からスコロペンドラが姿を現した。脚がわらわらと動く腹が見える。ずいぶん小型の個体だ。上開きの扉の開口部から、車内に入って来ようとしている。

 クルトは迷わず頭を飛ばした。

「う、わ」

 頭を失った胴体が地上車の下で暴れている。このままでは車体が傷つけられかねない。

「クルト、飛び降りろ!」

 運転席の船員が叫び、地上車を急発進させる。転がったクルトを取り残されたスコロペンドラの胴体が打つ。

 そして、クルトは氷の隙間に転落した。


「あの軍人さんは?」

 ロゼッタ内部の通信室、キーボードを叩きながら、ハーツが尋ねた。

「今、管制部の方でジャンと話してる」

「それはいい。邪魔が入らないと仕事が捗る」

 自分の部のリーダーの言葉に、ディックは違和感を覚えた。基本的に彼は感情の表現がそう露骨でない人間だ。たとえ彼が二人のヒンメル軍人に思うところがあったとしても、他の者のようにそれを口に出すことはしないはず。……なにか不穏なものを感じる。

「仕事、してるか?」

「してるよ。『はぐれ星』来訪者の目的の調査。立派な仕事だ」

「余所事じゃねえか!」

 思わず立ち上がったディックは、「ほら、こんなものを見つけた」と示された画面を見て、再びシートに腰を落ち着ける。

「ヒンメル国内の報道データベース? よくこんなもの見られたな」

 ロゼッタ船内からでも国際ニュースを知ることはできるにしても、それは特定のニュースサイトに載せられた比較的重要なものだけだ。仕事に関係のある星のニュースは予め回線に組み込んだりするが、本来この仕事にヒンメルは関係なかったのだ。見たところ、続報の続報のような小さな記事、本来なら拾うこともできないはずだ。どうやって見つけたのか。

「簡単なことさ。ちょっと『ペルヒタ』の回線を借りただけ」

「ペルヒタ?」

「ペルヒタ102号。あの二人が乗ってきた船だよ。隣を走ってるから踏み台にさせてもらった」

 ディックは唖然とした。

「ちょ、それ軍事……」

 言いかけて、首を振って諦める。興味本位で国の帳簿まで覗いてみる人間だ。言ったところで無駄だろう。通信部の他のメンバーなど、聞こえないふりをしているのがわかる。

「表層を通り過ぎただけだよ。大丈夫大丈夫」

「……で? それにはどんなことが載ってたんだよ」

 ひとつ頷いて、彼は言った。

半生体金属ゴム(S M R)って、知ってるかい」

 聞き覚えのある言葉だ。確か、移植用の人造臓器に使われる材質ではなかったか。

「そう。共重合に用いられる金属の種類によって、実に多様な目的に使われる物質だ。件のアッヘンバッハ記念病院が脳手術で患者に実験的に埋め込んだのは、これを使ったある種のチップらしい」

「ちょっと待った。この船の中で、病院の名前までは噂になってなかったよな?」

「わたしに知らないことはないんだよ。とにかく、この記事にはそのチップの影響の詳しいことは書いてなかったから、名前をもとに辿ってみたんだ。どうもこのチップには、保有者(ホルダー)の情動を極端に抑制する効果があるらしい」

 どうやってそこまで辿ったんだ、という当然の疑問はさておいて。

「でも、おれらの中にそんな感情の鈍い奴なんかいないぜ? ……ああ、イマードはそうかもしれねえけど」

「失礼な奴だな、きみは。

 全ての感情を抑えるわけじゃないんだ。怒り、憎しみ――いわゆる『激情』とでもいうべきものだけをを抑え込むんだってさ。考えてもごらん。兵隊一人ひとりの頭の中にこれを仕込めば、絶対に反乱を起こさない軍隊のできあがりだ。それ故に、このチップは抑制する心(・・・・・)という名で呼ばれている」

 ディックが大した反応を返さないのを見て、彼は不意に苦笑した。

「そうか、きみはあのとき部屋で寝てたんだったね」

「なんのことだ?」

「なんでもないよ」

 どうも、彼の言うことはわからない。構うことなく、ディックは疑問を口にする。

「……それを、あいつらが追ってるってのか? 宙域保安部とかいう部署の奴が?」

 お門違いというやつではないか? そう言うと、ハーツは我が意を得たりとばかりに目を細めた。

「彼らの所属は、ヒンメル国軍国家保安直轄部隊だ」

「って、非常警察!?」

 部隊と名がついていながらも、各連隊に散らばって存在するとされる、ヒンメル軍の秘密機関だ。軍総司令部からの直属の命令を受け、有事の際には所属にとらわれることなく活動を開始する軍人たち。

「通称、ウィルデヤークト。古い伝説で、狩猟道具を携え、馬や猟犬と共に大挙して空を行く猟師の軍団のことだ」

「狩人、か……」

「おそらくだが、例の事件には軍も絡んでいたんだろうね。一介の病院が開発できるものじゃないし、第一メリットがない。後始末と称して証拠隠滅に走ってるんだろう」

 ディックは顔を上げた。

「このこと、船長は知ってんのかな?」

「一応、報告はするけどね。でも、少なくとも、あの二人の所属は知っていたと思うよ。そうでなきゃ流石に乗船を許可したりはしないだろう」

 自国の宙域でもない場所で、他国の船に強制的に乗船を求めることはできない。カシマがそれを許したのには相応の理由があったと思われる。

 二人の会話を、背後の通信士の声が遮った。

「ハーツさん!」

振り返る。通信機に手を当てている彼は、ずいぶんと緊張した面持ちだ。

「今のわたしは船長代理……。いや、いい。なんだい」

「それが……!」


「無事か、シュタルク?」

 頭上から声が降ってくる。背中から転落したにしては奇跡のように、クルトは無傷だった。

「大丈夫。スコロペンドラは?」

「始末したよ。とにかく上がってこい」

「待って」

 言いながら、腰の銃を抜く。目の前の氷の中になにかが見えたのだ。

 ここは前回、アルブスと闘った場所だ。銃の目盛りを最小限にしてレーザーを氷に当てる。心臓が痛いくらいに鳴っている。蒸気を上げて、氷が溶けていく。

 氷の中から現れたのは、コクーンを着た人間の死体。

 一年前の狩りで死んだ、「はぐれ星」隊員イザーク・バプカの弟。イグナーツ・バプカの身体だった。

ここで下等生物とは、身体(特に神経系)の構造において比較的単純なものを指しています。ムカデを貶める意図はありません。

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