第一章6
「驚いたよ。まさかお前がここに来るなんてな」
「こっちだって驚いた。あなたが、鬼伐団にいるとは」
世の中は案外狭いと、思わず感じてしまう。
彼の顔を見ただけで過去の弱い自分と厳しい修行を思い出す。
「まだまだ!!来い!」
「はぁ!!やあ!ぐっ!」
「まだだ。自分を追い込め!」
15年前、まだ10歳の頃にルークは親から逃げ出した。父親と一緒にいれば、毎日無実の人が目の前で殺されていくのを見る羽目になる。
もう、限界だった。
逃げて逃げて逃げ続けて。
体力も足も限界で千切れそうな程痛い。
やがて道端で倒れた。
微かな意識の中、馬の蹄の音が自分の側で止まり、乗っていた男が囁く。
「弱いな、少年」
「あの時お前は、意識こそなかったが、とても悔しそうな表情をしていた。それが小さい頃の俺に似ていたんだ。だから連れて帰った。小さい頃の俺よりも強くしたかったんだ」
丘の上に立つ小さな家の前に焚き火を焚き、男は語る。
「師匠にも弱かった頃があったんですか?」
「馬鹿言え。あったに決まってるだろ」
最強を具現化したような師匠に弱かった頃があったという事に愕然とする。
「剣もまともに扱えず、すぐに諦めて、おまけに泣き虫だった。だがルーク、お前は昔の俺よりも強い。諦めないし泣かない、お前は必ず俺よりも強くなる。強くする。約束だ」
「はい!師匠!」
今は、あの頃よりも遥かに殺気が強くなっている。
「目は、一体何が・・・」
「・・・・・・話は後だ。今は、鬼伐団精鋭部隊の剣術師範で入団試験の試験官だ。仕事を全うさせてもらう」
急に、寒気がして剣を抜く音が聞こえる。
「行くぞ」
信じられないスピードでこっちまで走ってくる男の手には剣が握られている。
セイジの森の時と同じ、またギリギリ抜刀が間に合った。
「俺の剣が防げるのはお前だけだよ」
だが次の瞬間、自分の持っていた剣は飛ばされ、首筋に冷たい感触を感じる。
「やっぱりあなたは強い」
「終わりだ。合格。基本不合格はなく、この試験はその者の適性部隊を決める試験でもある。お前は精鋭部隊だ」
「初めから精鋭部隊ですか!?」
驚いたヘンリーが横から口を挟む。
グロウズは顰めっ面になり怒ったような口調で、ヘンリーに言い放つ。
「文句があるのかな、ヘンリー」
「い、いえ、出過ぎた事を言いました」
「異例ではあるが、お前は強い。精鋭部隊でも十分やっていける・・・・・・ではまたな。出て行け」
「はっ!失礼しました!」
身体中を覆っていた緊張感からやっと解放され思わず、溜息をつく。
「驚いたな、まさかお前がグロウズ師範と知り合いだとは」
「昔、剣術を彼に教わった。いや、剣術だけじゃないな。渡世術も、いわば必要な全てを彼に教わった。育ての親のような存在なんだ」
ルークにとっての父親は師匠しかいなかった。
久しぶりに会って安心すると同時に彼に何があったのかも知りたくなった。
「ところで、これからのお前の生活はこの街が拠点になる。泊まる場所は決めてるか?」
「あ、しまった」
ヘンリーの一言で泊まる場所の事を思い出した。
下宿するとなると高い部屋代を払わなければならない。なんでも屋で稼いだ分の金はあるが、それもいつまでもは保たない。
「悩んでいるようだが安心しろ、この街の出でない者には金を少し払えば、鬼伐団が家を提供する」
「結構良心的な団体なんだな」
「当たり前だ、公には知られてないが鬼伐団は王国直属の組織だ。王族の許可があるからこんな事が出来る」
自慢気な話し方から組織に誇りを持っている事が伺える。
「明日、早速お前にとって最初の任務がある。任務の内容はまだ知らされてないが恐らく忙しくなる。今のうちに休んどけ」
「分かった。街をしばらくブラブラしてから新しい家に行くよ」
夕方、街はまだこれからだ!楽しもうと言わんばかりに昼よりもさらに活気に満ちている。
ある所では男が酒に酔いつぶれ歌い踊っていたり。
賭け事をして盛り上がっている者もいる。
だが今は酒も賭け事も気分ではない。
新しい自宅の場所に着くと、思っていたよりも大きな二階建ての家がそこにあった。
家具も揃えられた家の中に入り、そのまま二階の布団に横たわる。
「硬いな、この布団」
翌日に万全の体調でいられるよう、その日は長旅で疲れた体を休めるため眠りに落ちた。