第一章1
この国、レイルド王国は四つある国の中で一番人口が多く活気に満ち溢れ、魔法がどの国よりも栄えている。
だが近年レイルド王国に、独自の魔法を持ち、人々にその特殊な魔法を使い残虐な行為を繰り返す種族が突然現れ、国を脅かしていた。
その者たちの赤い眼と鬼のような傍若無人の行為に人々は、その種族を”鬼人”と呼んだ。
暗闇。どこを見ても暗闇。その暗闇の世界にどこからか微かに声が聞こえた。
「・・・・君!君!私の声が聞こえるか!」
はっきりその声が聞こえ出すと同時に、目を覚ました。
「・・・ん?あ、あんたは?」
「私は、ジェイコブ。ジェイコブ・スレイブという者だ 。君が、この森で倒れているのを見つけてね」
どうして自分が森で傷だらけで倒れているのかを思い出すのに時間はかからなかった。
なんでも屋。軍の兵士を退役した者や、普通の職に就けない者たちが営む近年増え始めた仕事である。
そんななんでも屋である彼にある日、ある依頼が舞い込んで来た。
「友人を捜してほしい!報酬は弾むから!!なぁ!頼む!」
えらく焦った調子の男がやって来た。
こんな調子の依頼人は珍しくない。
「落ち着いてくれ。手がかりはあるか?」
「ああ、手がかりならある。この森に、あいつが毎日してる指輪が落ちてたんだ」
男は大きな地図を広げ、ばつ印がついた森を指差した。
「おい、ここは鬼人がいるからって二週間くらい前にここの領主に封鎖されたはずだろ.....どうやって侵入した?」
「今はそんな事はいいだろ!とにかくあいつはここで消えたんだ!捜してくれ!」
報酬の額も"鬼人"がいるところに捜しに行くのに相応な金額を提示してきた。
すぐに済む依頼........のはずだった。
この森、セイジの森は領主のジェイコブという男の領地だが鬼人が出現したため封鎖されている。
どうやって見つけたかは謎だが、依頼人に教えてもらった抜け道から侵入する事に成功した。
あたりは薄暗い。普通の人間なら、指輪だけを頼りに暗く広い森に消えた一人の人間を探すなんてのはほぼ不可能に近い。
だが、魔法が使えれば話は変わってくる。
「魔伝書五条第一章”捜索”」
その言葉で能力は発揮される。
途端に、森は明るくなり鮮明に周りが見え始める。
魔法の効果によって感じられるようになった、生物の気配の中から探している者を絞り込む。
当たり前だが人の気配は無い。
鬼人の連中も見当たらない。見当たって欲しくも無いが。
「くっ!?」
瞬間。なんとかその速さに自らの抜刀が追いついた。一瞬剣を交えたその相手は鬼人だと予想した。
「貴様、ただの人間じゃあないな?」
その言葉と狂気を具現化したような顔を見て、その予想は確信に変わった。
「いや?剣が人よりも使えるただの人間だが」
「そうか?俺にはそうは見えなかったぞ?その赤い眼はほぼ毎日見てる」
「そんなことはいい。貴様らに用はないんだ」
「なら何故此処に来た。此処に俺らがいるのはわかりきっていたことだろ」
「人探しだ。貴様らには関係ない」
「そうか?お前が手に持ってるのは俺の時計に見えるがな」
予想外の返答だった。
「な、なんだと」
「悪いが今此処に居られると困るんだ。
死んでくれ」
その鬼人と戦った。
接戦だった。戦って奴の足を断ち、あともう少しで倒せるという時に、突然激しくめまいがして意識は暗闇に沈んだ。
そこまでは覚えていた。
「あんた、ジェイコブとかいったな?
もしかして此処の領主さんか」
こうなった経緯を話し終わったあと、聞き覚えのある名前の男に質問した。
「ああ、そうだ」
「俺の周りにあんたに話した鬼人がいなかったか?」
「いや、いなかったよ。瀕死の状態まで追い込んだならこの森から逃げたのかも知れないな。とにかく、君も怪我をしているじゃないか。私の屋敷に連れて行くよ」
「いや、大丈夫だ。このくらいの傷」
とは言っても何故だか自力で立てそうに無い。
この男、初めて会ったはずだが初めて会った気がしない。知ってるのは名前だけのはずだが。
「どうかしたか?」
「え、ああいや、なんでもないんだ。すまん。やっぱり頼むよ」
ジェイコブが問う。
「そういえば、君の名前はなんと言う」
名前など教える必要があるのか、とも思ったが。
「ルーク・ブレイバーン。それが俺の名だ」
「しっかり覚えておくよ」
領主ジェイコブの屋敷。領主というだけあって、規模は相当なものだ。
「お爺様〜〜!!おかえりなさいませ!」
明るい大きな声が大きな屋敷に響き渡る。
「ああ、ただいま。執事はいるか?」
「はっ。ここにおります、スレイブ様」
「この男を空き部屋に案内しろ」
「御意」
「では、ルーク君。後で」
「すまん。助かる」
「こちらです」
執事に肩を貸してもらい足を引き摺りながら連れられるまま屋敷の一室に案内された。
「お爺様。あのお方は?」
「ん?彼は森で倒れていた、強い男だ」
「倒れていたのに強いんですか?」
「そうだ、私は顔を見れば分かる」
部屋の中で、三つの事柄が頭を巡る。
一つ目は依頼の事。探していた友人は、鬼人だったという事を依頼人に伝えなくてはならない。
二つ目は鬼人と戦っていた時何が起きたのか。
三つ目は足を切断して瀕死の状態まで追い込んだのにどうしてあの鬼人はあの場から逃げられたのか。
どの問題もこの傷だらけの満身創痍の状態でできることは、ない。
「今日は寝よう。明日置き手紙だけ置いて、ここを出る」
疲れていたのか、すぐに眠りに落ちた。
目を覚ますと次の日の朝だった。眠ったのは昨日の昼だったのに。
「しまった。ここを出るタイミングを失った」
広い屋敷内をなんとか出てこれた。のはいいが後ろに視線を感じる。
「どこへ行くつもりだ?ルーク君」
やはりだ。「あ、いや、これ以上迷惑かけたらダメだと思って」
「何を言っているんだ?迷惑じゃないさ。手伝って欲しいこともあるんだからな」
「手伝うって・・・何を」
「色々だよ。”なんでも屋”なんだろ?」
「・・・どこでそれを?」
「色々なところからこういう情報は入ってくる」
「少しの間だ。恩返しのつもりで、どうだ?」
そう言われると、引き受けるしかない。
「わかったよ。少しの間だけ」
「よし。よろしく。なんでも屋」