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創造された異世界と現実

作者: 珈琲

 高3の夏、それは不運な事故だった。それだけに、死んだとしても恨みはない。

 それにこれ以上生きると、辛いことが多すぎるように思えた。


 俺はそもそも天国や地獄を信じておらず、死んだら完全に無になると思っていた。

 しかし、どうやらそんなことはなかったらしい。


「ようこそ、死後の世界へ」


 それは、透き通るような女性の声だった。

 だが、どこか人間ではないように感じる。神様か何かが実在したのだろうか。

俺は勝手に、この声の主を女神だと決めつける。


「死後の、世界……?」

「正確に言えば、ここは電脳世界です。 あらゆる人間の脳を毎秒単位でバックアップし、保管しております。そして死亡した後に、意識がこちらに移り変わります」


 見渡す限り真っ白な世界で、いきなりそんなことを言われた俺だが、何故か納得していた。

 納得させうるような力が、この声には存在する。


「で、俺はどうなるんだ?」


 体に異常はない。痛みもないし、事故の傷跡も存在していない。


「現実で培った知識を活かして、異世界を創造してもらいます。そして、あなたはその異世界で生きることができます。簡単に言えばゲームですね。あなたはプレイヤーとして生きる。飽きれば更新もできますし、他の人が作った異世界で生きることもできますよ」


 ……なんだ、それは。

 まるで天国のような話じゃないか?

 全てが思い通りになる世界とは。


「では早速、チュートリアルです。異世界の創造の仕方を、簡単に説明しましょう」


 そうして俺は、女神から異世界の創造について色々と教わった。

 教わるに連れて、よく出来たシステムだとも思う。


 習うよりも馴れろ、という言葉もあって、まずは他の人が作った異世界を体験することとした。

 異世界について評価するシステムが存在し、人気の高い世界を選んだ。


 それは、素晴らしい世界だった。

 ファンタジーのゲームのように冒険者として転生した俺は、可愛い女の子に囲まれながら、魔王軍と対峙する。富・名声・権力と、あらゆるものを全て手に入れ、一生を終える。

 それでいて、矛盾もなければ、創作感もほとんどなかった。


 こんなにも幸福感を得たのは、いつ振りだろうか。

 俺は満足して、電脳世界へと戻る。


「どうでしたか? 一番人気の世界は?」

「ああ、すごいな。こんな世界があるって知ってたら、早く死ねばよかったかもな」


 女神からの質問に、俺はそう答えた。


「そうですか……」


 聞いてきたくせに、どこか素っ気ない言葉が返ってくる。

 確かに俺は現実でリア充だったわけではないけども、そこまで呆れなくてもいいだろう。


「では、あなたも異世界の創造に励んでくださいね」


 そう言うと、女神の声は聞こえなくなった。

 声しか聞こえていないのに、あたかも存在すらもこの場から消えたような感覚になる。

 チュートリアルも終わりということだろうか。


 そうして俺は、自分の異世界作りに励んだ。

 時には他の人の世界を体験して、参考にする。

 試行錯誤を重ね、どれだけの時間が経っただろうか。


 遂に、自分の創作した異世界が一応、完成した。


「じゃあ取り敢えず、自分の作った世界を体験してみますかね」


 その異世界は、全てを自分好みに仕上げた世界。なればこそ、満足するに違いない。


 しかしその期待は、見事に裏切られた。


 完成度が低いというのもあるが、もっと根本的な問題がある。

 ゴールが、分かりきっているのだ。まるで、犯人・トリック・動機etc全てが分かっている推理小説を読むようなものだ。

 しかも、製作時に意図していない行動には制限がかけられる。


 完成度の高い小説は読むたびに新しい発見があるというが、自分が作った異世界は完成度も高くないし、そもそも自分で作って新しい発見もクソもない。


 渡りに船というべきか、その異世界にいるときだけ記憶を消去する、という機能まで存在した。

 しかし。

 その時は楽しく思えても、異世界での人生を終えると、一種の嫌悪感が重なっていくだけだった。

 結局、記憶を消した自分など、本物の自分ではないということだ。

 

 全てが思い通りになるのに、なぜか嫌悪感が増していく。


「ま、自分の異世界はいいか。他の人に喜んでもらえるよう完成度は上げるとして、他人の作った異世界で遊ぼう」



 そうして俺は、他人の異世界での人生に没頭した。

 ある時は勇者に、ある時は魔王に、そしてある時はロボの操縦士に。

 あらゆるジャンルを体験し、あらゆる人生を謳歌した。


 ……最初は、良かった。

 栄光がこの手に入るのは、何にも代え難い感触だ。


 だが、いつからだろう。

 それが陳腐に感じてきたのは。


 いつからだろう。

 達成感が薄れてきたのは。


 ゲームで例えれば、レベル100になって、最初の街のスライムを延々と叩きのめしているような、そんな感覚だ。


 時には、痛みや苦しみを伴う世界もあった。BAD ENDもあった。

 様々なカタルシスを得て、満足するはずなのに。


 しかし、何かが足りない。何かが心に引っかかる。



 それが分かったのは、久しぶりに自分の作った異世界で暮らしていた時だった。

 それは俺が創作したキャラが、馬鹿みたいな言動を繰り返しており、 逆にくだらな過ぎて笑ってしまった時。


 ......俺は創作物を、創作物として楽しむ心を持っていなかったのだ。

 創作物と現実をごっちゃにして考えているから、どこか陳腐に感じるのだ。


 世界に何かが足りないのではなく、自分の心が足りていないと知った時は、皮肉のように感じて、思わず自分で苦笑いしてしまうほどだった。


 しかし、それは意識して簡単に変えられるものではないとすぐに思い知った。

 様々な経験を積めば変わるだろうと思ったが、むしろ悪化しているように思えた。


 経験した異世界の数が4桁になろうかという時。

 それを見つけたのは全くの偶然だった。

 意図的に隠されているかのように、隔離された場所にその異世界は存在した。


 評価が一切存在しない。というより、評価を受け付けていないようだった。

 そして異世界を構成する容量が、他の異世界と比べて桁が違う。異世界は全てで何百万と存在しているが、それを全て足しても勝負にならないほどに。


 近づくと、警音が鳴り響いた。


「この世界は危険です。お戻りすることを推奨します」


 何時ぞやの女神の声ではない。完全に無機質な、機械の音声だった。


 それでもなお近づくと、今度は聞き覚えのある女神の声が響いた。


「その世界は、やめておいたほうが良いですよ」

「……どうして?」


 俺の質問に対し、少しの間が空いた。

 そして、微かに震えたような声が耳に届く。


「……それは、夢がなく理不尽な世界だからではないでしょうか。楽しいことよりも辛いことが多い、そんな世界だからではないでしょうか」


 確かに、楽しいことだらけの異世界が集うこの電脳世界で、自らそんな世界に足を踏み込む奇特な人は少ないかもしれない。

 だが、今の俺には好都合だ。

 そんな異世界に行けば、現実と創作物の区別をつけて楽しむ考えも身につくだろう。


「いいよ、それでも。俺は行く」

「嫌っ!」


 突然、女神の感情のこもった声になったことに対し、驚いて俺は歩み足を止めてしまった。


「嫌って、どうして?」

「……それは。その世界は。私が創作した世界だからです。そして、ここに戻ってきた人達は口を揃えてこう言います。『行かなければ良かった』と」

「そんなに危険な世界なのか?」

「精神を病まれる方もいらっしゃいます」


 俺は少しの間、考え込んだ。

 精神をやられるのは確かにマズイ。

 だけど、このままここにいても、時間の問題なだけのように感じる。


「やっぱり、行こう」

「......どうしても、行かれるのですね」


 声の主は、どこか諦めたように呟いた。


「分かりました。では一時的に、貴方の脳から記憶を消去して……」

「消さなきゃ、駄目?」

「いえ、出来ないことはありませんが」


 言い淀んだ後に、決心したようにまた声が紡がれる。


「消さなければ、直ぐに戻ってくることとなりますよ」

「それが、嫌なのか」

「本心を言えば、そうですね。これでも結構苦労したんです、この世界を作るのに」


 確かに、つまらないと言われるよりも、すぐに世界から出られてしまうことのほうが心にくる。

 異世界を創作する経験を経て、女神の気持ちはよく理解できた。


「じゃあ賭けをしよう。俺がもし直ぐに戻ってきたら、もっと酷い世界へ気の済むまで閉じ込めてもらっても構わない。ただし天寿を全うしたら……声だけでなく、直接あなたに会いたい」

「……ふふっ。他人との会話で笑ってしまったのは久しぶりです。いいでしょう、飛び切り酷い世界を作っておきます。貴方が戻ってくるその時を、楽しみに待っていますよ」


 そうして俺は、女神が作ったという異世界に入っていった。





 ……目を覚ますと、視界には蛍光灯と白い天井が映っていた。


「ここは……?」


 俺が微かな声を上げると、近くに人の気配を感じた。


「お父さん! お父さん! 目を、目を覚ましましたよ!」

「おお! ……良かった。本当に、良かった……!」


 俺の母親と父親が覗き込む様に、俺を見ている。

 目を真っ赤に腫らしながらも、喜びが溢れんばかりの表情を浮かべている。


「生きてたのか! 本当に、心配かけさせやがって!」


 両親ではない声の発せられた方向に、首だけ動かして見ると、そこには仲の良かったクラスメイトがいた。


 俺が死にかけて、心配してくれる人もそれなりにいるんだな、と思うと少し歯がゆい感じがする。


 ……そうか。

 女神と会話している最中、薄々とは感じていた。


 あの女神が作った世界は、俺が現実だと思い込んでいた世界。


「そういうことか……」

「……何か、言ったか?」


 心配そうに、父親が話しかけてくる。


 だが、本当のことを言ったところで、誰も信じてはくれないだろう。

 事故により体に走る痛みは、創作の世界だったとしても、現実を嫌でも味わせてくれる。


「いや、何でもない」


 確かに理不尽の多い世界だろう。

 だがそれを乗り越えなければ、あの電脳世界を満喫することはできない。


 回復を祝ってくれる皆に感謝を述べながら、俺そう決意した。



 それから俺は、見事天寿を全うするまで、60年ほど生きた。


 その60年は魔王を倒しに行くこともなかったけれど、それなりに波乱万丈な人生だったと自負している。


 人間関係はとても面倒だった。好感度は一向に上がらないし、逆に些細なことで仲違いが起きる。


 小説家になりたいという夢も破れさった。運良く就職は成功するも、上司には失敗を押し付けられるし、部下の失態の責任も取らされる。


 時には、金を騙し取られそうになったこともあった。ローンに首が回らなくなりそうになったこともあった。


 精神的にも疲弊するし、病気や事故で実際に痛い思いもする。魔法なんてないから簡単には治らないし、実際に高3の夏の事故の傷跡は、一生残った。


 それでも。

 たとえ辛いことの方が多かったとしても。

 事故から目が覚めた時の、親と友達の表情を思い出せば。

 そして、女神との約束を思い出せば。

 どんな苦難も乗り越えられた。



 ーーーそして。

 俺は今、電脳世界から帰ってきた時と同様に、ベッドの上に横たわっている。

 両親は流石に他界していたが、あの時のクラスメイトもいた。思えば、60年間の付き合いということになる。

 その横には、妻と、息子と娘、そして孫さえいる。


 どうしてだろうか、平均寿命と同じくらいまで生きたのに、泣かれるなんて。


「どうした、元々皺まみれな顔を、余計にしわくちゃにして」

「うるさいわ、残される人の気持ちも考えろ」

「そう言うな、いつかまた会えるさ」


 都合のいいことも、理不尽なこともあった。俺はそれを、ありのまま受け入れられるようになった。

 それが、電脳世界を満喫するコツなのだろう。


 このまま目を閉じれば、電脳世界へと移るのだろう。

 死にたいとは思わないが、死を恐怖とも思わない。


 運が良かっただけなのかもしれないが、終わってみればいい人生だった。


 俺は笑みを浮かべていたが、いつの間にか意識は落ちていった。





 目を開けると、前と同様に真っ白な世界が広がっている。

 体を見ると、シワもなければ、事故の傷跡もない。

 どうやら、体の調子が最も良かった全盛期に戻ったらしい。


「ようこそ、死後の世界へ」


 目の前には、女性が一人。

 初恋の人にも似てるし、妻にも似ている。芸能人にも、アニメのキャラにも見える。

 似ていると言われれば誰にでも似ている、といった顔立ちだが、共通しているのは美人という感覚だった。


「私は女神。この電脳世界を創造し、そして現実も創造した者。貴方を待つ時間は、60年とは思えないほど長かったですよ」


 そう言って女神はにっこりと笑う。

 俺もつられて笑みがこぼれた。


「一つ、貴方に頼み事をしてもいいですか? 私は今、もう一つ世界を作ろうと思っているんです。よろしければ、お手伝い願えませんか?」


 理不尽が少なく、そして努力次第で栄光を手にすることが可能な世界。

 それは、天国よりも望まれる世界だ。


「もちろん、こちらこそ」


 いつか、そんな現実ができることを夢見て。


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