プロローグ
「待ってくれ……こんなところで……」
目の前でもつれ合っているのは、2人の美青年。いや、美しいという言葉では足りないくらい、人も動物も植物も微生物も何もかもを魅了しそうな銀髪の青年と、黒髪の青年。
「ふざけるな!……もう、我慢の限界だ」
黒髪の青年は、銀髪の青年の肩を掴んだまま顔を近づける。2人は整った目で互いを見つめ合っている。熱いが、誰もが入り込めないような静けさ。腐女子の私、大歓喜。まるでこの世のものとは思えない程の尊い光景に、私は知らずうちに涙を流していた。
――こ、この世界に来てよかった……ああ、次のコミケはこれを描きたいな……戻れたら
「俺のものになる……そう確約しろ」
低く、怒りを含んだような黒髪の青年の美声に、私は鼻血が出そうだった。
「誰がお前のものになど……」
銀髪の青年は、自分の肩にある相手の手を掴んだ。
「私はいつだって……お前の……」
透き通った蒼い瞳が、黒髪の青年を見つめる。私はすでに意識が遠のきそうだった。
「で、どっちのものになるんだよ?」
突然黒髪の青年が私の方を向いて、たずねた。私は、後ろに誰かいるのだと思って振り向く。すると後頭部に、何かがぶつかったような衝撃を受けた。
「おめーだよ!」
倒れながら、自分の頭にぶつかった金物の器が飛んでいくのが見えた。まるでスローモーションのように緩慢な動きだった。あれ、これは死ぬのかな? いや、生きたい。2人のちちくり合う光景をもっと見たい。
私は混乱し、何も考えられなくなっていた。
「やめろ、黒龍候! お前は全く……。他世界からの異邦者を保護する我らが、傷をつけるなど言語道断だ」
銀髪の青年が、黒髪の青年を咎める。
「うるせぇ! さっさと決断しないこいつが悪いんじゃねぇか! ただでさえ『蛇眼』の対応で忙しいっつーのに……」
黒髪の青年は、美しい目で私を睨む。まるで今すぐ殺すぞといわんばかりの殺気だ。自分を睨むお顔も麗しい! でも怖い!
「今すぐ決めろ! このクソ豚!!」
黒髪の青年は、素手で横にあった木製の円卓を叩き割った。
「ひぎぃぃ!」
汚い豚のような叫び声を上げた私は、さすがに思考を戻さざるを得なかった。しかし、どちらのものになるか、というのはどういうことだ? まさかこんな地味 of the 地味、大学一の冴えない腐女子を嫁にもらう、なんてことはないだろうし。
「やめろと言っておる、黒龍候。それに、彼女をモノ扱いするな」
「ああ? 俺に偉そうな口をきくな……!」
黒髪の青年が、銀髪の青年の襟元を掴んだ。
私の為に争うのはやめて! 2人の絡みは見たいけど、私が原因というのは美しくない。私は勇気を振り絞って声を出した。
「あ、あの……!」
自分でも驚くくらいの上擦った声だった。でも、きちんと聞かなきゃ。
「あの……どちらかのものになる、というのは、どういうことでしょう?」
銀髪の青年は、黒髪の青年の手を離させて、私の前に来た。
「すまない、説明がまだだったな。どちらの側に引き取られるか、ということだ。が、その判断をするには、この世界について理解が必要であろう。少し長くなるが、聞いてくれるかね。我らと、この世界、そして今我々を苦しめている『蛇』について……」
銀髪の青年は、まだ床に座ったままの私に、優雅な動作で手を差し伸べた。私はその大きさに、指の長さに、無性に胸がドキドキした。
その手をとった騒がしい夜から、夢と思えるような日々が始まった。