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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「ら」 ‐螺・羅・裸‐ 

作者: 牧田沙有狸

ら行

記憶がおぼろげだ。

男に振られて「待って!!!」と叫びながら追いかけて 

マンホールの穴にヒールを取られて、裸足で歩いてた。

泣きじゃくってメイクぐちゃぐちゃで、ゾンビみたいだったと思う。

彼が好きとか、別れたくないとか、そういうのより、なんか意地になってた。

あたしを、こんなゾンビみたいにしたのはこの男ですよ。

この男が悪いんですよと、道行く人のアピールしたいだけだった。

男は逃げるようにあたしから離れていき、あたしとは無関係な存在ですと言ってるかのように

一度たりとも振り向くことはなく人ごみに消えていった。

哀れな女。

そういう目であたしだけに痛い視線が注がれていたのは感じたけど

飲んでもいないのに酔っぱらったみたいに、何が何だか分かんなかった。

もう無理だと何度も説得されて、時間もそれなりにかけて、

最後のチャンスみたいなのも与えてもらえたのに、無駄にしたのはあたし。

そうやって泣けばどうにかしてもらえると思ってるところにうんざりだと、

さらにさらに嫌われて、誰が見ても彼が正しい結末を導いたのもあたし。

哀れな女。

裸足で歩くには寒い。

彼と別れた街並みから離れ、大通りに出た。

この時間、歩いている人はあまりいない。

車からみたら、あたし本当にゾンビに見えるんじゃないかな。


あたしは、歩道橋の階段を駆け上がった。

早々と準備された駅前のクリスマスのイルミネーションが遠くに見える。

今年は一人か。

これから素敵な出会いがあるかな。

前向きに考えつつも、振られたばかり。

眺めのよすぎる景色が余計悲しくなって、あたしは歩道橋にとどまることをやめた。

この歩道橋は、あたしが上った側は直線なのに、下り側は螺旋階段になっていた。

短い距離だけど、ぐるぐるする階段に少し気持ち悪くなった。

円を描きながら降りるって、感覚神経が、どこかで誤作動を起こしそうな感じがする。

「おととととととっ」

裸足の足が変なステップを踏んで、あたしは近くの植え込みに突っ込んだ。

街灯の光が届かないその植え込みで、あたしは起き上がろうとすると

無言で差し伸べてくれた手があった。

「すみません」

そのごつごつとした手を支えに起き上がると、優しそうなおじさんが笑いかけた。

最強の癒しの笑顔だった。

「羅漢さん……」

周りがどんどん整備されて、場違いなところにいるようだけど、昔からここにいた羅漢さん。

仏教の修行僧やお弟子さんの石像で、親しみを込めてみんな「羅漢さん」って呼んでる。

お地蔵さんとかよりも、いろんな種類があって表情が豊かで癒される。

なんだか、昔からの知り合い、ずっと見守っててくれた存在に再会したみたいな

温かい気持ちがこみ上げた来た。

さっきの泣き叫んだ演出涙とは違う、温かい涙が胸のあたりからこみ上げてきた。

「羅漢さん、あたし大丈夫かな。いつもいつも。どうして周りが見えなくなっちゃうんだろう。

自分の気持ちばっかり先行しちゃってさ。で、相手が限界になって逃げ出すと、

今度は急に周りばっかり気にして、哀れな自分をアピールして、自分でも何がしたいのか分かんないよ」

羅漢さんはにこにこと微笑みながら、あたしの愚痴を聞いてくれた。

なんか、いつも同じ失敗をしてる。学習しないで同じ道を繰り返し通ってる気がする。

ぐるぐるぐるぐる。

あたしは螺旋階段を延々と上ってる。いつ頂上が見えるのかな。

それとも、深く深く落ちていくのを、いきなり落ちないようにぐるぐる回ることで遅らせてるのかな。


羅漢さんはにこにこしてあたしの話を聞いてくれた。

重すぎる荷物を少し降ろせたような気がした。

「今度は、ちゃんと靴履いて会いに来るね」

あたしは、羅漢さんのように笑って裸足で歩き出した。

 

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