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るき×ろじ!  作者: 我楽太一
第一章 Bystander×Baseballer
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5 Bystander③

(来ないか……)


 テレビから時計へ目を移すと、樟葉はそんなことを考える。


 時計の針は、早くも午後七時に近づこうとしていた。昨日までの通りなら、遊びに来た夏来が帰る時間である。


 薄暮の空には雲がかかり、色を塗り重ねたように濃い黒を作っている。窓の外は既に夜だった。夏来も今更この部屋を訪ねてくるようなことはないだろう。


 今日は結局、学校ですら夏来と顔を合わせないままだった。


(まぁ、あんなこと言ったんだし、当たり前だよね)


 納得したのか、それとも呆れたのか。何にせよ、ポジティブな理由ではないことだけは確かである。


 元々、陽気さとは無縁の性格だと自覚していたが、それにしても今日は何だか妙に気が滅入った。いつも以上に、何かをする気力が起きない。


 一人でいることは――別段寂しいとは思わない。今までだって、ずっとそうだったのだ。


 それでもどこか気分が晴れないのは、別れ方がまずかったのが原因なのだろう。拒絶するようなことを言った挙句、謝る夏来を無視するように帰らせた。あれのせいで、胸には今もしこりのようなものが残ったままである。持論を曲げるつもりは全くないが、せめてもう少し角の立たない態度を取れば良かったのではないか。


 そんなことをうだうだと考えていると、余計に気が滅入ってきた。起きたことを悩むばかりで解決策などは思いつかないし、仮に思いついたところで不精者の自分がそれを実行する気になるかはまた別の問題である。だから、煩悶以上の心情にはなりようがないのだ。


 何か嫌なことがあった時、それについてなるべく考えないようにする。それが十五年間で会得した、樟葉なりの処世術だった。そういう訳で、今日は帰るなり、『ある日のアルバム』を一話から見返していたのである。


(やっぱり、こういう時はアニメを見るに限るか)


 引き続き鑑賞を続けようと、そう思い立った時だった。


 エントランスからインターホンで呼び出しがかかる。この空気の読めなさから言って、来客はおそらく――


「やっほー」


 樟葉が玄関のドアを開けると、夏来は底抜けの明るさでそう言った。


 昨日のことなど心の片隅にもないような夏来の様子に、反比例するように樟葉は動揺していた。こうして直接顔を突き合わせる段階になっても、未だに状況を受け入れきれない。


「……もう来ないかと思った」


「あんまり練習休むのもまずいからね。部員少ないから、みんなの効率も悪くなっちゃうし」


 やはり、夏来は明るく言う。樟葉としては、遅れた理由を聞いたつもりはないのだが。


「そういう意味じゃないんだけど」


「何が?」


「まぁ、いいや」


 ここまで言っても通じないところを見ると、夏来は本当に何のわだかまりも抱いていないようである。相手が気にしていないことを、何故こちらが気にしなくてはいけないのか。ホッとしたような、腹立たしいような気持ちで、樟葉はそう話を終わらせた。


 入れ替わるように、今度は夏来が尋ねてきた。


「ところで、来といて何だけど、今大丈夫?」


 何故か玄関から上がろうとしないのが不思議だったが、時間が遅いのを気にしていたようだ。連日遊びに来ていたが、一応遠慮する気はあるらしい。


「平気だよ」と請じ入れても、夏来はまだ半信半疑だった。部屋に向かう途中も、きょろきょろと周りを気にするような素振りをする。


「お父さんやお母さんに、何か言われたりしない?」


 気遣うようなその質問に、樟葉は淡々と答えた。


「うちの親共働きで、いつも帰ってくるの遅いから」


「あー……」ばつが悪そうに目を泳がせる夏来。「えっと、ごめん」


 いちいち気にするあたり、人のいいことである。だが、こちらが気にしていないことを、相手が気にする必要もない。


「いや、もう親がどうこう言う年でもないから」


 家に親がいないことに孤独感を覚える人間もいるだろうが、誰もがそうだと思われても困る。小学生の頃は人並みに寂しがっていたような記憶もあるが、高校生にもなると親の存在を煩わしく思う場合だって珍しくない。


 そうでなくても、不在がちの両親に対して、樟葉は昔から子供心に思うところがあった。


「私の為にやりたいこと我慢されるのも正直重いし」


 これを聞いて、夏来は一転笑顔になる。


「努力するのは立派だと思ってるんだもんね」


 確かに昨日、「努力を押し付けないで欲しい」と言う前に、「努力できる人間のことは尊敬している」というようなことも言った。前向きなのか、馬鹿正直なのか、本来主題ではないはずのその言葉を、夏来はどうも好ましい価値観の表れとして肯定的に捉えているようだ。


 おそらく、今日何事もなかったかのように接してきたのも、それが理由なのだろう。昨日の謝罪も口先から出たわけではなく、本当に自分が悪いと思ったが為の行動ではないか。全く人のいいことである。


「……そう、だね」


 嘘をついたわけではないから、樟葉も否定はしない。ただ、その声は小さかった。


 夏来の中で、自分の人格が美化されているのではないか。そう考えると、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。


 だから、樟葉は続けた。


「おかげで、私は贅沢な暮らしができるわけだしね」


 その上、更に付け加える。


「いっそ私が死ぬまで養ってくれないかなぁ」


「一体、いくつまで親を働かせる気でいるのよ」


 夏来は呆れたようにそう言ったが、本当に呆れてくれたかは分からない。



          ◇◇◇



「終わったかー」


 最終話だという十二話を見終えて、夏来は一息つく代わりにそう漏らした。


「まあまあ面白かったね」


 せいぜい多少漫画を読む程度なので、日常系云々を抜きにしても物語論の類はよく分からない。だから、夏来は思ったことをそのまま口にする。


「最後は結構感動したし」


 夏来が言っているのは、最終話の、その最後のエピソードだった。


 それぞれ理由があって、四人はその日、珍しくバラバラに下校することになった。委員会を終えた後、カヤノが「誰かいるかもしれない」といつものように寄り道をすると、みんな同じことを考えていた為に結局四人揃って下校することになる。そして、一話をリフレインするように四人の集合写真を撮ろうとして、今度は成功する――


 自分の好きなものが、他人に理解されるのを嫌う人間の方が稀だろう。夏来の感想に、樟葉も「そうだね」と少しだけ満足そうに頷いた。


「最終回だからって、変にこれまでの作風を逸脱したような、シリアスな泣ける話をやったりしないで、これまでの日常の延長に収めつつ、しっかり良い話でまとめてて、その点は私も評価してるよ」


「う、うん」


 理解不能な感想と珍しく饒舌になる樟葉に、夏来はたじろぐ。その様子を見て、樟葉は恥ずかしがるように、今度は反対に黙りこくってしまった。


 夏来はこれに、ふっと笑みをこぼす。一連の行動がおかしかったこともあるが、樟葉は本当にこの作品が、アニメが好きなのだと、そう再認識させられて、それが何より微笑ましかったのだ。


『ある日のアルバム』が友情をテーマにしているらしいことは、門外漢の夏来にもぼんやりとだが読み取れた。この語り口からすると、門外漢にも分かりやすいように「癒し」と言っただけで、樟葉はもっと色々なものを見出しているのかもしれない。


 そう思ったから、夏来は、


「今日までありがとう」


 と、お礼を言った後、もう一言続けた。


「また今度、何か見せてよ」


「…………」


 しばしの無言の後、樟葉は別の提案をする。


「何なら貸そうか?」


「……遠回しに来るの拒んでる?」


「拒んでる」


「アンタねぇ……」


 この三日間を通じて、少しは仲良くなれたつもりでいた。だから、作品の鑑賞は勿論、樟葉ともっと話したいと思って見せてくれるよう頼んだのに、それがこの言い草である。夏来は言葉もなかった。


「まぁ、練習あるから、いつ来れるか分かんないんだけど」


 落ち込む自分を慰める意図で言ったことだったが、これに樟葉が反応していた。


「練習って、毎日やってるの?」


 質問に、夏来は「うん」と答える。


「今日だって、自主練やらずに来たからねー」


 普段は学校に残って遅くまで練習するのが常である。この三日間は部活を休んでいたが、その分は家に帰ってから埋め合わせていた。朝練は当然欠かしていない。


 これに、樟葉は黙り込んでしまう。


「…………」


 何の沈黙か、夏来にはそれが分からなかった。一緒にアニメを鑑賞できなくなる寂寥感、結果的に練習を妨げてしまった罪悪感、徒労のような努力に対しての侮蔑感…… どれもしっくりこない。


「樟葉?」


 声を掛けられたのをきっかけにして、樟葉はようやく口を開いた。


「……野球って、そんなに面白い?」


「え?」唐突な問い掛けに戸惑いつつ、夏来は肯定する。「うん」


「ふーん……」


 聞くだけ聞いておいて、樟葉は興味なさそうにそう言った。


 しかし、本当に興味がないのなら、始めからそんなことを聞くだろうか。それも、口癖のように「面倒くさい」と言う、あの樟葉が、である。


 それで、今度は夏来が尋ねる番になった。


「二十八日は何か予定ある?」


「アニメ見て、ネットやって……」


「ないんだね?」


「今、答えましたけど」


 冗談のつもりはないのか、樟葉は真顔だった。やはり、自分の趣味に時間を使いたいようだ。


「価値観を押し付けるな」というようなことは散々樟葉に言われて、そして納得していたから、その趣味嗜好を否定する気はない。だが、樟葉がそうだったように、自分の好きなものを共有したい、理解して欲しいという気持ちは夏来にだってある。


 だから、意を決して誘ってみた。


「野球部のみんなで、県大会の決勝を見に行くんだけど、樟葉も一緒にどう?」


「決勝ってことは……」


「勝った方が甲子園!」


 夏来は特別力を込めてそう叫ぶ。


 しかし、樟葉の反応は冷ややかなものだった。


「甲子園ね……」そう繰り返すものの、何の感興も覚えていないようである。「あんなのただの球場でしょ?」


「アンタって、本当ドライだよね」


 たとえ野球に関心がなくとも、甲子園と聞けば良かれ悪しかれ何かしら感じるものであるのではないのか。仮にそうでないとしても、野球部員を前にして言うことではないのではないか。呆れ半分、怒り半分に夏来はそうこぼした。


「予定あるなら無理にとは言わないけど、どうする?」


 今までの言動が言動である。すげなく断られるのも覚悟した上で、夏来は最後にもう一度だけ誘ってみる。


 案の定、樟葉は殊更興味なさそうな顔をしていたが、


「……別にいいけど」


 と、確かにそう答えた。

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