表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
るき×ろじ!  作者: 我楽太一
第一章 Bystander×Baseballer
5/43

4 Bystander②

「続きが気になる」という言葉は、嘘ではなかったらしい。夏来は翌日の放課後も、教室の前で待っていた。だから、樟葉は仕方なく、昨日と同じように家まで一緒に帰ったのだった。


「……何見てんの?」


 これまた昨日と同じように、飲み物を用意して部屋に戻った樟葉は、開口一番そう言った。夏来が勝手に机の引き出しを開けていたのである。


「テスト」


「悪びれもせず」


 平然と答える夏来に、樟葉は眉根を寄せた。どうしてこう面の皮が厚いのだろうか。自分のことを棚に上げてそう思う。


「正直、引くんだけど」


「ごめんごめん。暇だったからつい」


 謝るようなことを言いながら、夏来は期末テストの答案用紙を手放そうとはしない。


「でも、樟葉って勉強できるんだね」


 夏来が持っていたのは数学Ⅰのテストだった。点数は97点。そこから安直な推理をしたようである。


「何位だったの?」


「17位」


「うわ、マジか」


 具体的な順位を聞いて、夏来は改めて驚いていた。


 丹波連城高校は、際立って偏差値や難関校への合格実績が高いわけではないが、それでも世間では一応進学校扱いである。その中で約250人中17位なのだから、勉強ができると言っても差し支えはないだろう。安直な推理だが、間違いではなかったのだ。


 特に興味もなかったが、樟葉も何とはなしに同じ質問を返す。


「夏来は?」


「203位」


「……野球やってる場合じゃないんじゃないの?」


「あ、赤点は取ってないから」


 震えるような声で、夏来はそう弁解した。とりあえず、やるべきことはやっているらしい。単に、補習で部活に出られなくなるのが嫌なだけかもしれないが。


「でも、17位かー」しみじみとした風に呟くと、夏来は口元に笑みを浮かべて言う。「アンタも頑張ってるんだね」


「別に頑張ってはないけど」


「えっ?」


 夏来は固まった表情のまま尋ねてくる。


「一夜漬けで十分的な?」


「一夜漬けで十分的な」


 全くその通りだったので、復唱で答える樟葉。これが夏来に追い討ちをかけたらしい。


「何か落ち込んできた……」


「そういう時は、アニメを見るに限るよ」


 肩を落とす夏来を、樟葉はそう慰めた。



          ◇◇◇



「ほら、癒しでしょ?」


「癒しねぇ……」


 六話は期末テストと夏祭りを中心にした回だった。この手の作品では定番のイベントだが、それまでの会話を考えると、ぴったりのタイミングで視聴したことになる。そのせいもあってか、感想を尋ねられた夏来は複雑そうな顔をしていた。


「癒しかもなー」


 曖昧な返答だが、見始めた頃に比べれば随分好意的になったものだと思う。続きを気にするような言動といい、本当にハマってきているのかもしれない。


 自分の好きな物が受け入れられたのである。樟葉も嫌な気はしなかった。それで、次の話に行く前に聞いてみる。


「夏来は、やっぱりセイコが良いわけ?」


「うん。可愛いじゃん」


 そう言って、夏来は素直に頷く。第一印象から変わらず、お気に入りのようだ。


「具体的には、どこらへんが?」


「どこって……」上手く言語化できないのか、夏来はもどかしそうにする。「こう、優しいというか、何というか」


「ふーん」


 趣味の話だからだろうか。樟葉はいつものひねくれぶりからではなく、気安さから意地の悪い口を利いていた。


「ネット見る限り、メインの中だと一番人気ないけどね」


「マジで!?」


 驚きの大きさを、そのまま表現するような大声を出す夏来。それから、「くそー、ネットめー」とネット批判のようなことまで言い始める。その様子が、樟葉には少しおかしかった。


 直後、百面相のようにショックからすぐに立ち直った夏来は、同じように聞き返してくる。


「……そういうアンタはどうなの?」


「私はニコ×リン派かな」


「ニコ×リン?」樟葉の答えに、夏来は要領を得ないという顔をする。「ニコとリンの二人が好きってこと?」


 ニコとリンは、主人公のカヤノが高校で作った友達で、この二人は幼馴染同士でもある。クール70シャイ30のニコに対し、明るく社交的なムードメーカーのリン、といった役どころだった。


 樟葉が二人を好きだという点は間違っていない。しかし、オタク界隈では、こんな風に名前を繋げて呼んだ場合には別の意味になる。


「まぁ、二人の組み合わせというか……」


「…………?」


 一層要領を得ないという顔をする夏来。しかし、詳しく説明したらしたで、またややこしいことになりそうなので、樟葉はそれ以上何も言わなかった。



          ◇◇◇


 芳しい反応をしない樟葉に、夏来は負けじと提案する。


「生ハムミカンがダメなら、生ハムパインは?」


「酢豚しかイメージできないんだけど」


「じゃあ、生ハムゴハン」


「肉巻きおにぎり……」


 ここまで再三再四にわたって否定したせいだろうか。この頃になると、夏来は明らかにふざけ始めていた。


「生ハムチキン」


「胃もたれしそう」


「生ハムマロン」


「喉渇きそう」


「生ハムロマン」


「お腹膨れなさそう」


「生ハムギロン」


「それは今やってる」


 何がそう面白かったのか、夏来はこれに声を立てて笑い出す。一度呆気に取られた後、つられるように樟葉も頬を緩めた。


 九話を見終わった後のことである。作中に生ハムメロンが出てきたのをきっかけに……というわけではなく、話が脱線に脱線を重ねて、いつの間にかこんな事態になっていた。元々何の話をしていたのか、樟葉はもう思い出せそうにない。


 笑いが収まったところで、夏来は「んー」と大きく伸びをする。


「今日は、この辺にしとく」


 夢中で気がつかなかったが、時刻はとっくに七時を過ぎていた。夏になって日の入りが遅くなったとはいえ、空はもう薄墨を垂らしたように暗い。これから、ますます夜の色が濃くなっていくことだろう。


 それで、樟葉は「そう……」とだけ呟く。次回は全話中でも一、二を争う人気エピソードで、樟葉としてもオススメの一話である。だが、この時間に引き止めては迷惑だろうし、それにそんなことを切り出すのも億劫だった。


 どうせ嫌だと言っても明日また来るだろうから、その時に見てもらえばいい。樟葉はそう結論付けた。


 一方で、夏来も言いたいことがあったらしい。樟葉とは違い、それを躊躇なく口にする。


「樟葉はさ、こういうのが好きなんだよね」


 テレビを指して確認するように言ってから、夏来は核心に踏み込む。


「なら、自分で作ってみたいとか思わないの? 漫画描いたり」


「別に」


 樟葉は素っ気なく答える。趣味でも仕事でも、そんなことをするつもりは毛頭なかった。


 その訳は、もう何度も説明したはずである。


「創作って面倒くさいじゃん」


「アンタ、筋金入りだな」


 苦笑する夏来を、樟葉は冷然とした目で見る。筋金入りなのはお互い様だろう。


 夏来はどうしても他人に努力をさせたいらしい。野球部の勧誘は諦めたはずだし、アニメ――それも日常系アニメに多少の理解も示していた。だが、思考の根底の部分に変化はないようである。


 そのことが、樟葉の神経を逆撫でしていた。


「何でそんな頑張らせたがるかな」


 初めて会った時から夏来のそういう態度が気に入らなかったが、それが今でも変わっていないことに樟葉はうんざりしていた。口では分かったようなことを言っていても、結局何一つ分かっていないのだ。


「私は別に、努力してる人を馬鹿にするつもりはないよ。むしろ、しんどいことを続けてて立派だと思う」


 これは本音だった。


 勉強や仕事、対人関係、病に老い…… 人間、ただ生きていくだけでも、長く苦しい闘いを強いられることになる。


 その上で更に、汗をかき、知恵を絞り、最後には気力まで使い果たして、そうまでして向上しようとする。そんな人間の姿を見て、それを批判しようなどとは全く思わない。言った通り、努力できる人間のことは尊敬しているくらいである。


「でもさ、やっぱりしんどいんだよ」


 そして、これもまた本音だった。


 樟葉が努力できる人間を尊敬する理由はごく単純だった。自分には、それができないからである。


 だから、――


「だから、それを押し付けられても困る」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ