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 フローリアは不穏な動きを感じていた。


 王宮からではない。組織側からだ。


 伝達の手紙を届けてくれる少年が言うには、組織に続々と味方が増えているらしい。また、反政府組織はクルデリヒがリーダーを務めるところ以外にも、大小様々あるのだが、最近その勢力が一つの大きなものにまとまりつつあるそうだ。


 もっと細かなことを聴きたかったけれど、少年のつたない説明では限界があった。


 何より不安だったのは、使いの少年が気づくくらい大きな変化があるらしいというのに、クルデリヒから送られる伝達の手紙には「特に変化はなし」とつづられていることだった。


 細かく説明するだけの余裕と時間が今は無いのか。それとも、この簡単なメモ書きで簡潔に伝えられるような事柄ではないのか。


 フローリアは、読みきるとすぐにその紙を燃やした。


 王宮の裏出口に通じる中庭をあとにし、回廊を歩く。


 すると、向かう先から誰かがこちらに歩いてくるのが分かった。二人の男性貴族だ。


 前を歩く男は、禿げ上がった頭を光らせ、一体中に何を入れているのだろうと思えるくらい腹が飛び出ている。きっと採寸する服職人も苦労しているに違いない。


 そしてその少し後ろに従うように歩くは、いつかの夜ぶりに見るシュツァーハイトだった。


 冷酷者ルシュレヒタの名の通り、モノクル越しの片目に冷徹な眼差しを覗かせ、髪はしっかりと後ろに撫で付けられている。歩くたび胸の勲章が音を立てる。


 前を歩く男はフローリアの存在を認めると、少し駆け足になって彼女に近づいた。


 同時に彼女は深く頭を下げ、優雅な仕草で一礼してみせる。


 男は抱きつかんほどの勢いで彼女のなめらかな手を取り、誘うような眼差しを彼女に向ける。それは笑えてしまうほど全く様になっていなかったのだが、本人はいたってまじめなようで、彼女のほっそりした指先にぶじゅりと熱く口付ける。


 舌先が少し肌に触れたような気がして、フローリアは自分の演技力と忍耐力が試されていると思った。


「昨晩の舞いも素晴らしかったよ。いつか私のためだけに、可憐な君の美しい全てを見せておくれ」


 彼女は目を細め、唇をゆるやかに曲げてみせる。


 男の後ろに控えて足を止めているシュツァーハイトは、いつもの通り顔色一つ変えない。


 それもそう。あの晩二人は、彼女が彼の部屋を出た地点で、知りもしない他人になった。お互い達成したい志が、任務があるからこそ。二人につながりがあるなどと周囲に感付かれたら、立場が危うくなるかもしれない。


 二人にとって一番安全な策が、他人に戻ることだった。


 男が名残惜しそうに彼女の柔らかな温もりを手放し、足を進めると、シュツァーハイトも黙ってそれに続いた。


 二人の姿を見送る彼女はしばらく頭を下げていたが、突然近くから女の声がして、反射的に頭を上げた。


「随分他人行儀じゃないかい」


 背後に立っていたのは、貴族の女。どこの有力貴族の妻だろうか、身にまとったドレスは周囲のどの者よりも金がかかっていることが分かったし、口元を隠す羽の扇も一段と大きく豪勢なデザインだった。


 ただ、それらは正直、その女の見た目にはそぐわぬものだった。あと彼女が十、いや二十若ければ、下界に降り立った女神のように似合っていたことだろう。


 しかし、今のこの、去りゆくなけなしの若さにすがりつくような格好が、彼女の本来の魅力を殺していた。


 それよりも。


 気になるのは、女の意味深長なセリフである。


 合点のいかない様子のフローリアに、女は嗤うように言ってやった。


「アンタ。いつかの晩、あの冷酷者ルシュレヒタの部屋に行ってたろう?」


 とっさに反応してしまわぬよう動きを抑え込んだことにより、「えっ?」となるべきだった表情が遅れて、逆に不自然になってしまった。フローリアはそれを強く後悔した。


 これでは認めてしまっているようなものだ。


 貴族の女は、大きな扇で隠した口元をニヤリと歪ませる。


「若さと女を武器に、下賎な女が何をしてたんだか」


 見られていたのか。


 シュツァーハイトが自分と同じ立場の人間だと分かった今となっては、自分の軽率さをただ悔やんだ。


 あの夜、自分が部屋を訪ねているところを人に見られたら困るでしょう、と圧をかけて、強引に中に入ろうとした。


 結果的にそれは成功したのだが、まさか本当に誰かに見られていたなんて。


 彼女は動揺を悟られないよう、どうとでも取れるように「そうですね」と薄く微笑んでみせた。


 貴族の女はなお言う。


「裏出口で汚い外の子供を手なずけて、何をしているのか知らないけど……」


 まさかそれまで見られていたとは。


 そしてフローリアは、その時ふいに思い出した。初めてシュツァーハイトに会った時、中庭で「ガキに食い残しをくれてやるな」と声をかけられたのだ。


 彼は、フローリアを観察するこの貴族の女の存在に気づいていたのかもしれない。きっと、だからあの時あんな言葉をかけたのだろう。


 この貴族の女の目は、まるで蛇のようだと思った。絡みつかれたら二度と離してもらえない、そんな雰囲気がした。シュツァーハイトも、この女の陰湿さをよく分かっていたに違いない。


 そして女はフローリアを視界の真ん中にとらえ、笑っていない目でこう言う。


「私はアンタを殺したいほど憎んでるわ」


 市街では女の観客やファンも少なくはなかったが、この王宮の女たちの多くに良く思われていないことは重々分かっていた。


 特に、いい年をした男たちを次々骨抜きにしているのだから、女として見られなくなりつつあるその妻たちにとっては、不愉快極まりないだろう。


 女はフローリアに陰湿な言葉の数々を浴びせられるだけ浴びせると、フンと居なくなった。


 フローリアは思う。


 そろそろここを抜け出す頃合かもしれない。


 クルデリヒにも直接色々なことを聞きたい。


 スリグループの掃討作戦で貧民街に火がつけられるかもしれないということは、手紙で一応伝えはした。シュツァーハイトは、火をつけるというのは出来る限り回避する方向に持っていきたい、と言っていたけれど、万一のことがあっては困るし、その対策の相談もしたい。


 しかし、彼女の判断は遅れた。




挿絵(By みてみん)




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