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 国境沿いの町から街道を歩いた。


 道を行きかう人の多くは、強い日差しに下を向かされている。


 砂漠が近づいたのか、空気に熱風を感じる。足元の砂はどれも乾き、粉のようにサラサラしていた。


 どこが入り口でどこが出口か分からない、何のために作られたのかも分からない、巨大な石造建築物がごろごろある。ものすごく古い遺跡なんかも、当たり前のようにそこらじゅうにあったりした。


 そして二人は、この地域では貴重な、水辺に発達した都市にたどり着いた。


 大きな泉を取り囲むように広がる町。黄土色の砂岩でできた建物の一帯は、朝日の光が注ぎ込むと黄金色に輝いて見えた。


 太陽を避け、夜に出発するつもりで、日中をその都市で過ごした。


 夕刻になると町はにわかに騒がしくなり、今日は年に一度の祭りの日だということを知った。人々の話を聞いてみると、水の神様に感謝を示すための儀式を行うのだという。


 日が沈みきり、それでも日中の熱の名残で空気が暖かい宵の口。


 都市の真ん中にある泉に祭壇が組まれ、そこに置かれたいくつもの色彩豊かなランプに灯がともされる。水色やピンク色、薄い緑色など様々な灯りが、ゆらめく水面に映り込む。


 いつもはわんぱくに走り回っている子供たちも、不思議な力にとりつかれたかのように静かにそれを眺めていた。


 丁度発とうとしていた二人だったが、フローリアが「近くで見たい」と言うので少しだけ足を止めた。


 自然的なものではなく、人工的に作られたもの。こんなに幻想的で美しいものが人の手で作り出せるなんて。


 フローリアの口から、思わず言葉がこぼれる。


「きれいね……」


 本当は、そんな言葉で表しつくせるようなものではなかったのだけれど、それ以上の表現が分からなかったし、この場で言葉をいくつも重ねることは無粋に思えた。


 シュツァーハイトは言う。


「最後に見たでかい火が、宮殿が燃えてるところだったからな」


「もう、冗談になってないわ。あんなのと一緒にしないで」


 フローリアは口をとがらせると、軽く彼の腕をはたいて注意したが、そのあと彼女は黙ってじっと、吸い込まれるように目の前の景色を見つめていた。


 勿論、感動の表現が苦手なだけで、思っていることが顔に出にくいだけで、シュツァーハイトもこれはとてもきれいだと思っていた。水の上に火がくべられているという不思議な光景。それが水面に鏡のように映り、黒い夜の泉がまぶしく光っている。


 でも。




挿絵(By みてみん)




 ふと、視線だけでうかがい見た隣。無数の灯りに照らされた彼女の横顔の方に、気づけばじっと見入ってしまっていた。


 彼女の瞳にキラキラと光が溶け込んでいる。


 最初に宮殿で出会った時は、大人びた濃い薔薇色の口紅を引いていた。


 今の彼女は全く化粧をしていないけれど、淡いピンク色をした素の唇だって、背伸びをしていなくてとても可愛らしいと思った。


 と、そう考えてしまってからシュツァーハイトは、自分は何を言っているんだろうと思う。


 何となく罪悪感がして、彼女から目を逸らした。とっさに片手が口元を覆う。


 別に声に出して何かを言ってしまったわけではないのに、気恥ずかしくなった。


 最近、自分はおかしい。変な時がある。


 彼女が笑ったり怒ったりするのが見たくて、わざと柄にもない冗談を言ったり。他人に聞かせるようなものでもない、自分の中で完結すべきことを、延々と彼女に話したり。


 もう、子供じゃないんだから、分かっている。


 自分は彼女が好きだ。


 もっと話したい、話を聞きたい、聞いてほしい。どんな反応をするのか知りたい。彼女に自分を受け入れてほしい。彼女の全てを、自分だけに許してほしい。


 長い旅路の中で気づいてしまった。もうどうしようもないくらいに、この気持ちがとめられないことを自覚している。


 でも。


 こんな勝手な想いを、どうして告げることができよう。


 彼女が今、こうして姿や立場を昔と全く変えて、自分と共に放浪しているのは、組織を裏切ってまで自分を牢獄から助けたからだ。才能ある、大好きだった踊りができなくなってしまったことも。


 表面では笑っていても、内心では自分のことを恨んでいるのではないかと考えると、彼女に伸ばしかけた手を、いつも引っ込めざるを得なかった。


 こうやって共にいるのだって、外国の言葉や地理の知識のある自分に利用できる価値があるから、一緒にいるだけなのかもしれない。


 自分を利用するなんて器用なことが彼女にできるとは思えなかったけれど、彼女が自分自身などを必要としてくれているなんて、もっと思えなかった。


 今は、彼女が自分の傍からいなくなってしまったらと想像するのが、一番怖い。多分、自分が命を落とすことよりも。


 馬鹿にしていた安い歌詞の恋歌みたいに、本気でそう思っていた。


 彼女がそっと振り返り、彼を見上げて、静かに口を開く。


「そろそろ行きましょう」


 名残惜しそうな目で、彼女は薄く笑ってみせた。


 ゆらめく光が、彼女の柔らかそうな頬を照らす。


 彼女がそれで喜ぶのならば、きれいな火くらい、いつまでもゆっくり見させてやりたいと思う。


 けれど、今の自分にそんな力はない。


 それでも。


 彼は彼女に伝えたかった。

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