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 歩き続け、ついに二人は更に隣の国へと抜けられた。


 建物の作りや人々のまとう衣服、物の意匠や配色にいたるまで、母国とは全く異なる。二人にとってここは「別世界」と言い飾れるほどだった。


 この国の更に東部には大きな砂漠があるらしく、そこから渡ってくる風は確かな熱を持っている。暑さがあり、太陽が近いように感じる。だが、乾燥地帯なのでべたべたとした空気はない。


 東洋の文化と西洋の文化がモザイクのように混ざり合ったこの都市は、異国情緒に満ちている。赤レンガ造りの家々は、壁面を原色の青や黄色に塗られていた。


 よく見ると違和感の多い町並みなのだが、そのごったさがこの都市の魅力でもあった。


 母国の隣国を抜けられたことで、二人には少しだが安心感もあった。


 シュツァーハイトは現在の母国の情報を集めてみた。人の多い酒場でしばらく聞き耳を立てていれば、あちこちから人々が集まるこの都市で、調べられない情報はなかった。


 どうやら母国はあれから、旧臨時政府を中心として新政府が発足し、新しい国づくりに奔走しているそうだ。


 あの時捕縛された貴族の多くは牢の中でなぶり殺されたが、生き残った者たちは現在、新政府による公開処刑を待っているという。


 また、外国の手を借り国外に逃亡を図った貴族らもいるようだが、新政府は可能な限りその身柄の引渡しを要求し、彼らが国外に持ち出した財産の返還を求めていくらしい。


 それらの話を聞いても、シュツァーハイトは何とも思えなかった。


 どこか別の世界の話、物語の中の話のようにさえ思えた。


 それより、今日をどう生きていくか。明日はどこへ行くのか。そればかりを考えていた。


 弱い酒を不純物で更に薄めたようなまずい酒を飲み干して、酒場を出た。






 フローリアはこの都市で、新しい服を一式得た。


 体の締め付けの少ないこの国の服は風通しがよく、それでも皮膚に受ける日差しはきちんとさえぎっている。


 踊りを捨て、髪を切り、服装もすっかり変わってしまうと、自分を自分たらしめるものとは一体なんなんだろう、と思う。


 今の自分は何を持っているのだろう。


 多くの人は、そして自分も、忘れがちなことだけれど、服も、容姿も、金も、ずっと変わらず持てるものではない。いずれ古くなったり、壊れたり、変わっていったり、少なくなったり、どこかへ行ったり。


 ずっと変わらず同じものなんて、見た目でさえもそんなことはありえないのに。毎晩夢を見るたびに、意識でさえも途切れるというのに。どうして自分を自分と思えるんだろう。


 名前? 職業? 信念?


 人々は何をもって、自分をずっと自分だと思えているんだろう。


 私は何をもって、自分を自分だと信じ続けられているんだろう。


 フローリアは石階段を上り、外れにある小高い丘にのぼった。


 巨大な夕日が地平線に溶けている。


 この当てのない旅路で、失ったものや手放したものはたくさんある。


 でも、一つだけ。別に自分の所有物ではないけれど、ずっと変わらず傍にあるものがあった。


 フローリアは自分を呼ぶ声に振り返る。




挿絵(By みてみん)




 この場所で落ち合う約束をしていたシュツァーハイトが、こちらに足を進めてくる。同じく異国の服を身にまとい、彼のはおった前開きのローブが、丘からの風を受けてゆったりと空気をはらんでいる。


 この人は、いつ、いなくなるんだろう。


 彼の怪我が治るまで、と言っているうち、別れる契機を逸し、彼も何も言い出してこない。


 気づけば心に抱く疑問は、どうしてずっと一緒にいるんだろう、から、いついなくなってしまうんだろう、に変わっていた。


 夕日の強い光を低い位置から受け、自分を見つめる彼の顔半分に濃い影がかかる。


 もうずっと昔のことのように感じる、初めて宮殿で出会った時のこと。恐ろしい目をした人だと思った。見つめ返していると魂を取られそうだとさえ思った。


 今はそんなこと、欠片も思わない。それは彼が変わったからなのか、自分に変化があったからなのか。


 完全に安心できるわけじゃないけれど、もう二つも隣の国に来た。今は、金銭的にもさほど困っているわけではない。


 なのに、なぜか不思議と、彼と離れることを想像すると胸がきゅっと苦しくなる。


 身勝手な話だ。


 彼が大怪我を負い、こんな形で国を追われ、有能だったのにもかかわらず日陰者に身をやつすことになったのは、自分のせいだってあるというのに。


 彼は、私と別れたらどこに行くんだろう。


 私は、一人になったらどこに行くんだろう。


 いつか彼が別離を告げてきた時、どこへでもいいから一緒に連れていって、と頼んだら彼はどう答えるだろう。


 目の前に立つ彼は口を開いた。


「行こう」


 フローリアはうなずく。


 本当は、先を行く彼の腕に触れたかったけれど、我慢した。


 ギリギリまであふれかけている、気づいてはいけない愚かしい想いに蓋をするように、足を踏み出した。

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