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二人は夜通し歩き、明け方に林の外れで野宿をした。
野宿といっても、火を焚く手段もなかったし、体を覆えるような布もなかった。ただ地面の上に寝転がって眠っただけ。
固い地面で体は痛いし、さえぎるもののない屋外では気が休まらないしで、とても疲れていたというのにフローリアはほとんど眠ることが出来なかった。
だがシュツァーハイトは、どこであろうと身を横たえると、数秒のうちで気を失うように眠り、彼女が起こすまで死んだように動かなかった。
彼は元々口数が少ない方だが、どんどん言葉数が減っていった。彼の意識が混濁しはじめているのが、隣で支えるフローリアにもよく分かった。
王都より東に進み、国を脱出すると、国境沿いの町に一晩の宿を借りた。
途中、国内にも宿のある町や民家はあったのだが、旧体制側も新体制側も革命で混乱しているうちに、国境を突破したかった。だから休む間もなく足を進めた。
それに、ボロボロに負傷している彼の姿を人々に見られたら、命からがら王都から逃げ出してきた元貴族だと感付かれてしまうかもしれない。人目は極力避けたかった。
だから宿を借りた時も、フローリアが一人分の部屋を取り、一階の窓から彼を招き入れた。
隣国であろうと革命の波は確かにここにも届いている。わずかも気を抜くことはできなかった。
国境沿いなのでなるべくすぐに動くつもりだったのだが、彼の具合は日に日に悪くなっていった。
ひどく痛めつけられた体を、ろくにまともな手当てもできないまま酷使し続けたため、彼はひどい高熱を出し、意識が朦朧としていた。
彼はたまに虚ろながら目を覚ましたが、ほぼ丸三日寝たきりだった。
フローリアはその町で、彼を看る合い間にたまに町に出て、情報を集めた。人々の会話に耳をすまし、旅人を装い町人と話す。
王宮の襲撃を指揮した革命組織は、そのまま暫定的な臨時政府となったらしい。
旧勢力のなけなしの抵抗も終わり、新体制に向けて動き出しているという。
臨時政府となった組織を裏切った自分。旧体制の象徴的立場である元貴族の彼。臨時政府から手配書が出、追っ手がかけたれたり他国に捜索を依頼されるのも、そう遠くはない未来の話だと思った。
着の身着のままで逃げてきたフローリアは、自分の服を安いものに買い換えたり、装飾品などを売ったりすることで金を作った。
踊り子をしていた時の小物なんかは、本当はそこそこの値段がしたのだが、事態が事態だ。こちらもすぐに金を工面したくて焦っていたし、はした金で買い叩かれた。
それでも、金を得られないよりはましだった。
宿代を工面し、彼の看病に必要な最低限のものを揃えた。包帯。清潔な布。解熱剤。痛み止め。食事だってとらないといけない。
唯一の救いは、片言ではあったが言葉が通じたことだった。
人々の言葉も、母国の言葉のなまりが強くなったと感じるくらいで、たまに分からない言い回しや言葉もあったけれど、基本的に問題なく聞き取ることができた。
だが、文字はほとんど読めなかった。同じ文字を使っているはずなのに、羅列が異なっていたり、文法の考え方が違ったり。そういう時はひたすら口で尋ねるしかなかった。
夜は宿の部屋の床で寝た。
一人用の部屋なのでベッドは一つしかないし、ソファなんて豪華なものはこの宿にはない。
民家からゴミに出されるところだった使い古されたタオルケットを譲ってもらい、それをかけて寝た。
フローリアは、否が応でも、自分が「橋の下」だった頃のことを思い出させられた。
そして何度も自分に言い聞かせた。
大丈夫。大丈夫。生きていける。
こんなことくらい、耐えられる。
シュツァーハイトは、彼が水以外のものをなんとか口にできるようになった頃、うっすら覚醒した意識の中で、「ここを離れよう」と言った。
フローリアは、大丈夫なの、と訊きそうになったけれど、その問いかけが意味を持たないものであることはすぐに分かったので、やめた。
国境沿いの町に長居するのは危険だ。
できるだけ早く、遠く、母国から距離を取りたかった。