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旅立ち

使えない主人公……いつかは使える子に……

 世界の中心。それがどこを指し示すのか。詳しい神託はなされなかったため司祭や巫女たちの間で意見は別れた。



 基本的に『世界の中心』と世界で言われている所は西の果てにある小さな孤島。いま信仰されている『神』が降臨した地と言われ、聖地になっている所である。かつては人々が巡礼に行き賑わっていたであろう所であったが、今その実体を知る者は誰一人としていない。その島は『虚無』との歴史で一番早く侵された島であったためであった。もちろん何度か奪還作戦は動いていたと歴史に記されているが、生きて帰ったものは少ない。



 帰った者が残した手記によるとそこには桁外れの力を持った『虚無』がいると記されているだけだった。何よりも強い者――。



 故にそこへ行くには強い意志と覚悟が必要になる――はずだった。



(――って、どうすればいいんだよ)



 雪は心の中で悪態を付くしなかった。



 目の前に居るのは何やら分からない生物。緑色でねばねばしていて――気持ち悪い。大きさとしては人間の子供くらいだろうか。強い異臭に鼻がもげるかと思ったが幸い麻痺してきたようだった。



 勿論好きで対峙している訳ではない。『世界を変える』とかんなんとか。自身には関係なく、どうでもいい。いつかは帰るのだからと本音で思っていた雪だったが周りはそうともいかなかった。まず急務となったのは、雪が最低限自分の身を護れるようになることだった。



 実践あるのみ。



不吉な言葉と共に連れ出された雪は今、王都へ向かう街道に居る。今回の出来事の報告と今後の相談――雪にとっては帰る方法を探るためで折り合いを合わせた――で王都へ向かう為だった。一体どれだけ歩くのか、どれ程遠いのか想像もつかなかったけれど道を辿れば王都らしい――その前に気持ち悪い生物しか見えなかった。



「ほら、ぼんやりしてたら毒で死ぬよ。そろそろ鼻も慣れてきたよね。それって痺れ始めてるし」



 少し離れた木の下でルナは足を投げ出して寛いでいた。いい笑顔。しかも他人事のような声援に雪は少女を先にくびり殺したい思いに駆られる。



 (だったら助けろよ!)



 この異様な生物はもちろん『虚無』と呼ばれるものだ。



 大体『力』を持っている者しか倒せないんじゃないか。そう抗議してみたが、神託が降りるくらいだから大丈夫などと皮肉った笑顔が返って来た。勿論雪にしてみれば曖昧で納得いかないものだ。



 ちなみに魔術を使おうとしたが――当然の様に使う事などできなかった。ルナに教えては貰ったが、構造もその理論も何一つ理解に至らない。


 最終的にーー感覚よ。そんなことを言われてもできるはずなど無かった。


 舌打ち一つ。



「ほら、剣の振り方も教わったでしょ?」



 体力を使わないで済む銃は無いのか。銃――とは思ったが代わりになる『魔術』があるため発展していないらしい。聞くと火縄銃の小型版みたいなのが神殿の隅に飾ってあると笑顔で帰って来ただけだった。



「ほら、右! 待ってくれるわけじゃないよ!」



 ホラ、避ける。その声と共に雪は弾けるように身体を反らす。刹那――叩きつけるような音共に『生物』の一部が地面に落ちる。――何かが蒸発したような音が聞こえたのは気のせいだろうか。考え無いようにしよう。嫌な予感をら全力で拭いつつ、雪は何度もその攻撃を避ける。持っていた剣は飾りなのかと周りが思う程に振るう事が出来なかったのはどこを攻撃ししたらいいか分からない。それもあったが攻撃してしまえば『それ』が死んでしまう事実に躊躇している為なのかもしれない。



 いや――殺すことに躊躇している。



 そう考えること自体まだ心に余裕があるのかもしれないが。



「ち」



 頬を掠めていく生物の一部。切り裂くと言うよりは焼け付くような痛み。ジワリと広がっていくそれに雪は顔を顰めていた。手で頬を擦ればずるりと皮が捲れるのが分かった。



 (痛ぇ……何でこんな事やってんだよ。俺)



 痛い。泣きそうだった。しかしながら、それよりもまず、なんだかひどく情けない気分になって来る。知らない世界で変なことに巻き込まれて――下手をすれば死ぬって。今まで頑張って来た人生は何だったろうか。何一つ役立っていない。


「馬鹿じゃねぇの? 俺」


 自嘲気味に独り言ちる声は誰も聞くことなど無かった。


「いい加減にしなさいよ。死にたいの?」



 気が付けば、雪の隣にルナが立っていた。凛とした表情。その吸い込まれるような双眸はまっすぐ異形を見つめていた。



 どうやら立ち止まってしまっていたらしい。その為格好の標的と舞った雪はもう少しで地面の様になってしまっただろう。――つまり、黒焦げて炭なのか土なのか分からない状態。それを防いだのはルナだった。彼女。いや、雪たちの前には白い光の環が幾つも盾のように広がり、細かな攻撃を防いでくれていたのだ。



 おそらく魔術と言うものだろう。



「――あ」



 雪の間抜な声にため息一つ。雪を一瞥した後、ルナは手に持っていた錫杖を軽く振るわせると先端に付いていた円環が軽く揺れ金属音を立てる。すっと黒い軌跡を描く髪。柔らかく踊る衣服の裾。少女の整った美しさも相まってどこか儀式を思わせる動きに雪は置かれている状況も、痛みも忘れ見惚れてしまっていた。



「天に還りなさい」



 静かに呟いた声と共に音がした。まるで炎が空気を巻き上げるような低い音だ。どこから。辿るまでも無く、気づけば錫杖を這うようにして炎がせりあがっていた。それは生き物のように波打ったと思えば――炎放射器の様にして『虚無』に向かって勢いを広げた。



「――!」



 声の無い声。焦げ付くような臭いと火事でしかお目に掛からないであろう熱気に雪は顔を強く歪めていた。



「――すげぇ」



 何かを考えるよりまず、雪は素直に呟いていた。



 すべてが終わってみれば、微かな熱気だけが残る。異形者も存在せず、長閑な道が広がっていた。



 嘘みたいに。



 何事も無かったと言うのは無理だが、平穏が横たわっている。



 パチパチと目を瞬かせ茫然としている雪の顔をグイッと引っ張ったのはルナだった。



「て――!!」



 忘れていたが、痛い。肉なのか血なのか分からないほど真っ赤な顔はそうとうグロテスクに見えたがルナはそんな事を気にする様子も無くまじまじと見た後で、細く滑らかな手を押し当てた。



 それがまた痛い。本能的に引きはがそうとするのだが、おかしなことにすっと痛みが引いていく。冷たい掌の下で皮膚がうごめくような気持ち悪い感覚だったが、治っていると何となく理解していた。



「ったく。昼間に出るのはぼんやりしていても簡単に倒せるのに。使えないわよね。これからどうする気なんだか」



 不服そうにして呟いた後、離される掌。




 案の定そこには傷一つ無かった。

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