難聴
司祭=某宗教ですがなんの関係もありません(汗)
イメージ的で選んだだけです……スイマセン(;´д`)
でも……神殿。もうスルーでm(_ _)m
差し出されたのは温かなスープとパンだった。彼がよく知るパンよりは塩分が多く、弾力に乏しいパンと、こちらは逆にお湯の中に野菜を突っ込んだだけのスープ。質素なものでとてもではないがおいしいものでは無かった。ただ、それでも目の前に差し出されたそれがとてもありがたかった。
どうやら大きな建物に連れてこられたらしい。雪も家族も宗教的なことには一切円が無かったのでよく分からないが昔観で行った九州のキリスト教教会の内装によく似ていた。
その調理場らしきところ。今までこれほど鍋が壁に掛かっているのを見たことはなかった。料理をしない、問たことも無い雪が思うに一つの大きな鍋だけでいいような気がしたがそうもいかないらしい。食器棚には皿やコップが限界まで押し込まれ地震が起きてしまえばそれらはすべて使い物にならなくなってしまうだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、静まり返ったその一角。雪はパンを何度も咀嚼しながら目の前に居る美麗な男女に目を向けた。
一人は『ルナ』と名乗った少女。そうしてもう一人は青年だった。二十代後半ぐらいだろうか。顔が整い過ぎてスーパーでよく見るマネキンに似ている。色素の薄い金の髪。長い睫の奥で輝くのは緑色の双眸だ。例にはずれの無い典型的な美形と言えばいいだろうか。ニコリ微笑んでから薄い唇を開くと澄んだ声が響いた。
「uibuyflcftkln;m:pl],phukkll;l:,,:/]]:kjjjjpyfftyhk.l,yppy」
(……何一つ理解できねぇ)
どうやら会話は少女とのみできる様だった。全く分からないその言葉に雪は困惑したようにしてルナを見ると彼女は肩を竦めてみせてから、無造作に頭を掻く。『美少女』に似つかわしくない行動だったがそれを誰も咎める者は居ないようだった。
「『ようこそ』――『私はラミアン司祭。この神殿の責任者だ』って――ねぇ、イヨユキ。本当に言葉が分からないの? 私、ラミアンの言葉なぞっているだけなんだけど」
雪は窺うようにして『こんにちわ』と血を吐く様にして覚えた単語を発音してから軽く会釈すると司祭も真似するように――面白そうに会釈を返した。
「うん――ごめん」
思わず謝ってしまうのは悪い癖だ。そんな事を気にもせずにルナは不思議そうに首を捻る。
「ん……不思議。どうしてだろうねえ? 私別にそんな力があるわけじゃないのに――確かに私はこの神殿の巫女で神託も聞けるけど」
何を言っているんだろうか。けれど――ここが『神殿』と言う事を考えれば不思議てないのかもしれない。それは大抵の事を科学と物理。そして数学で説明できると信じている雪にとっては理解が難しい事だった。勿論『それ』の盲信者でもないので、人の思考を変えようなんて気もさらさらないが。
「うーん。自動で変換ってなんて――え?」
「jhknmjk/;l,;ml:.n」
ゆったりと口を開く司祭は薄く微笑んだままでルナを見ると、彼女は困惑したように顔を顰めて見せた。
「……どういう事ですか?」
「lkn;jmk,l/;/]:;mlkml;ijhn:_____oj,opo@:gfdswe5@@opo[」
まったく話が見えない。言葉の分からない話にもちろん入れるはずも――入る勇気も無いので雪は黙々とパンを口に運びスープを飲む。
そう――ルナがアンティークと言ったら聞こえのいい古びた脆い机を力いっぱい叩くまでは。
「そんなっ!」
甲高い音を立てて足元に落ちる食器。もちろんその中にはあまり減っていないスープが入っていた為雪の足元と床を濡らした。パンは持っていた為平気なのだが――それを気にすることなく立ち上がった少女は司祭を睨んでいる。
「そんなはずない――だって何の力も持ってないのよ?」
それは自分の事だろうか。考えながら食器を拾う。綺麗に割れたそれは拾いやすく欠片は拾う必要が無いようだ。後はこのスープなのだが。拭くものは何か無いだろうか。調理場なのであってもよさそうだが。
視界をめぐらせていたが突如として視界いっぱいに美少女の顔が入ったので彼は飛ぶようにして後退した。鈍い音がして頭を机で打ったのは夕までも無いが。それが滑稽だったらしく、司祭は笑い、ルナは白けた様子で雪を見ている。
「イヨユキ」
何故睨まれているのだろうか。何か悔しそうな表情を浮かべているが雪は何が彼女に勝っているのか分からない。何となく申し訳なくて、じっとりと背中に汗を感じたが、彼女が言葉を紡いだ刹那。 すうっと何かが引いていくのが分かった。
「あなた、この世界を変える人間なんだって」
(それ、何てゲームだよ!)
思わず心の中で突っ込んだ雪がいる。短い人生の中でテレビゲームなど一切したことはないが噂にだけは聞いている。と言うより教室で一人静かにしていると人の声は良く入って来るものだ。そのゲームの中で主人公は勇者となり世界を救うらしい。くだらない。雪はそう吐き捨てた事を覚えている。
大体、何をどうして世界を変えると言うのだろうか。何を根拠に。自慢ではないが体力はない。この世界を何も知らない。――知りたいとも思わないと言うのに。
ただ、願うのは帰りたい。そう思うだけだった。
「馬鹿みたい」
呆れたように言うルナ。それに合わせるようにして雪は重く深い息を吐き出していた。