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ルナ

 地平線に日が落ちていく。



 世界は茜色に染まり東には月が浮かんでいた。



 何も変わらない。



 雪が知っている空そのものなのに世界はすべて違う。文化も、文字も言葉も。すべて違った。結局今日覚えることが出来た単語はごくわずか。それでも進歩と言えるだろうか。そう考えながら雪は街はずれの大きな大木の下に座った。――今日の寝床だ。いつもここと言うわけではないが寝床は街外れが多い。なるべく目立ちたくないのだ。犯罪者と言う思いもあるけれど、それ以上に『ホームレス』という存在になった自分を誰にも知られたくないと言う気持ちが大きかった。人生の底辺。どこかでそう思い込んでいる雪がいたためだ。



「腹へったなぁ」



 ポツリ呟いて目を閉じる。当然果実一個では成長期の身体は維持できるものでは無かった。分かっているがどうにもできない現実だ。雪自身は『次』まで我慢しようと思っていたりする。川で濡らしてきたハンカチを噛んで目を閉じれば――夢に好物のカレーやハンバーグが浮かんでくるようだった。それと連動して浮かぶのは家族の顔だ。教育熱心で『勉強』としか言わない母親。雪に何も感心を寄せない父親。――よく考えればいいところなど無いがそれでも雪にとって家族は家族だ。いないよりはましだった。



 雪は布を目深にかぶると膝を抱える。



「――帰りたい」



 声に誰も答えない。答えるはずなど無かった――その筈だった。



「ivyiob @m82jhkhb――カ、カ、えル……?」



 たどたどしい言葉。それが女性なのか男性なのか分からないほど拉げた声だった。けれどその声がどこから、と言うより『日本語』が聞こえたような気がして――尤も言葉を辿っただけの可能性が大きいがそこまで頭が回っていない――反射的に布を弾いて顔を上げていた。



「――つ!!」



 ドクン。心臓が震えるのが分かる。身体すべての毛細血管が広がっていくようだった。息をすることも忘れ、雪は『それ』を見つめる。



 その――異形を。



 いつの間にか暗闇に包まれていた世界。そこに二つの大きな眼だけが光っていた。よく見れば潰れたような顔。手足は細く体つきは小柄。皮膚の色まではよく分からないが、どこか爬虫類のような感覚だった。



 口許から垂れるよだれ。その奥にはサメのような鋭利な歯が並んでいる。



「カ――?」



 本能的な嫌悪感と恐怖。おかしなことに動けない。動くことが出来なかった。それは恐怖の為なのか緊張の為なのか雪には分からなかったがそれが理解できないことで脳の混乱が増していく。



 カタカタと鳴り始める奥歯。小刻みに震える足や手をどうすることも出来ない。浅い息――それを何度も繰り返せば心臓が早鐘の様に動いていた。



 振り上げる手。その爪は太く鋭利に尖る。それが突き刺されば明らかに死ぬ。そう分かっていても雪は見ていることしか出来なかった。



 こんなところで。知らない土地。知っている人など誰一人いない。友達も、家族も。どうしてこんな目に合わなければいけないのだろうか。悪いことだってしてはいない。ただ生きてきただけだ。ごく普通に。なのに。こんなところで訳の分からないものに。



 (嫌だ――)



 スローモーションのように振り下ろされる手。実際はもっと早いのだろう。けれど雪にはそのようにしか見えなかった。



 (こんなところで――)



 ぽつりと目から涙が零れ落ちる。その刹那――。



「伏せて!」



 闇の中。一筋の矢のように凛と、声が響き渡る。その声はすべての呪縛を解き放つようにして行動させていた。



 弾けるように地面に伏せる雪。そのまま額を打ち付けたがそんな事は気にならない。そんな事より、臥せると同時。轟音とすさまじい熱量が背中を過ぎって行ったのが雪にも分かった。背中は焼けていない様だが熱が微かに残っている。



「もう、顔を上げていいよ?」



 言われた通りにして顔を上げるとそこには少女が立っていた。黒い髪をポニーテールにし、どこか神聖な雰囲気が漂う、長い前合わせの衣装を着ている。手には錫杖のような物を握りしめていた。年の頃は雪と同じくらい。大体十五、六歳ほどであろうか。大きな黒い目を持つ愛らしい美少女だった。



「……」



 どこかで見覚えのあるような――無いような。そんなデジャヴに囚われたが思い出さないので知らないだろうと勝手に結論付け、雪はゆったりと身体を起こす。しかし、立てないことに気付いてそのまま地面に座り込んだ。



 腰を抜かしたとは――恥ずかしくて言えない。



「……あ、ありがとう」



 視線で『それ』を探しながらいないことに安堵して雪は息を付いていた。目の前の少女が倒したのだろうか。それとも逃げたのだろうか。どっちにしろ姿かたちなどどこにも見えはしなかった。ただ。女の子に助けられる自分が情けないことはこの上なかったが。



「どういたしまして。っていうか、一般人がこんなところに居たらダメだよ? この間から通報うけて探しまくったんだよ? 君――ええと?」



「あ、うん……雪。伊予 雪」



 この場合は反対に言った方がいいのだろうか。そう考えたが思わず口から零れ落ちていた。



「イヨユキ? 不思議な名前だね。私はルナ。ルナ・ラウンド。よろしくね」



「あ、うん……よろし――」



 と言った所まででようやく気付いた。この少女に言葉が通じることを。ようやくまともに聞けた日本語に腰を抜かしていたことなど忘れて立ち上がっていた。



 そう言えばどことなく彼女の造形すべて『アジア』みたいな雰囲気だ。黒い目も、髪も。纏った衣服は着物の様に見えなくもない。



「日本語――!」



「へ?」



「日本人?」



 うわごとのように呟いてどこかゾンビの様に近づいていく雪が怖かったのだろう。ルナは雪が一歩近づくたびに脅えたような表情で後ずさる。怖い雪に対して誰かの助けが欲しかったのかもしれない。彼女はその手に持っていた錫杖にすがるようにして抱きしめていた。



「に、ニホンジン? 言っている意味が分からないけど――ええと? イヨユキどこか打ったの? 打ったんだね?」



 明らかにひきつった顔。知らないだろう事は分かったけれどそこまで脅えなくていいのに。そんな思いと、知らないことに対する絶望感で思わずがくりと肩を落としてしまう。それが大げさだったのかは本人には分からないけど少なくとも周りからはかなり落ち込んでいる様に見えた。



 それは思わずルナも心配してしまうレベルで。彼女は雪の肩に手を掛けると励ますように覗き込む。



「し、知らなくてごめんね?」



 ――人生この方。思い出してみれば同じ年の女の子と普通に話した事は無かった気がする。勉強一筋。友達ともほぼ疎遠であったと言うのに、突然美少女に覗き込まれた雪は固まってしまった。



 思考停止レベルではなく、いろんな意味で機能停止。ようは立っているだけで本当は限界に近かったのだ。ぶちっと頭の中で何かが鳴ったと思えば彼の視界は暗転してしまっていた。



上手く書けませんでしたが襲ったのはゴブリンのようなものです。

ルナの説明は次回で。

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