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俺と勇者リリエ~FlankieFlanker~  作者: 加藤雅利
俺と勇者リリエとモンスター倒してるっぽい日々
9/12

いつもの放課後II(前編) ~こんなもんだってと彼女は言う~

雨粒が校舎やグラウンド、或いは町のアスファルトにぶつかるしとしとという音に囲まれて廊下を歩く。

窓の外には曇り空の灰色が見え、辺りは普段の放課後よりも少し暗い。

多少の雨では外での練習を中止しない野球部の声が、時折聞こえる。顧問も部員もやる気のない7人制サッカー部が帰宅を始めているのに比べると、健気だ。

和室を占拠しているリリエとその仲間は、当然屋内に集合なので、雨天決行だ。といっても大抵、ゲームよしたり漫画を読んだりして帰るだけなのだが。

カラカラと引き戸を開ける。

いつも感じることだけれど、学校の和室というものはなかなかに異世界感が漂っていると思う。コンクリートの壁と、白く無機質な廊下の組み合わせでしかない校舎の中に、突然出現する畳敷きの空間。入室する瞬間に景色が一変して、ギャップに脳味噌が反応するのだ。

そういえば、ダンジョン内部を探索していると突然宿屋に行きつくゲームがあったような気がするなあ……などと考えながら和室の中を見ると、リリエが委員長の膝枕の上でスマートフォンを弄っていた。

「ここは宿屋なんですかね?」

「いきなり何言ってんだよクーヤ」

「いえ、なんでもないです」

玄関で上履きを脱ごうとしたところでリリエに、

「あー、クーヤ、脱がなくていいよ、すぐ出発」

と止められる。なんだか、気怠そうな声だった。

リリエはころりと転がり、委員長の膝枕から降りて、のそりと立ち上がった。艶やかな髪の毛が緩やかに制服に巻きついている。

「出発、ということは」

「外だよー。めんどくせええー」

リリエが上履きを履き始める。

『勇者』にカテゴライズされるリリエの仕事が始まるのだ。

「そんなにめんどくさいのなら明日にすればいいのに」

「クーヤ、私の性格わかってんだろー? 明日やっても問題ないことは明日やる、つまりそれが許されない状況なんだよ」

「仕事の依頼が来て、すぐやれってことなんですね」

「そーなんだよ。私は女子高生だからなー。暇なのバレてる」

委員長もまたリリエと同様に、足を上履きに通して、廊下に出る。

「“伝説級”の勇者が世界を救いに行くんだってさ。そのためのアイテム集めだよ」

「なんか今、さらっと物凄いこと言いませんでした?」

「リリエさん、世界の運命握っちゃってるんですね、凄いです」

「凄いのはその伝説達なんだって。雨降ってるし外行くのやだなー」

「ここでめんどくさがったら、世界滅びるんじゃないですか」

「影響ないって。どうせ使わないアイテムだろうし」

リリエがどれだけめんどくさがろうとも、勇者の義務というものは絶対であるらしい。傘をさして、学校帰りにダンジョンへと向かうことになった。

「あー、カラオケ行きてえな、ダンジョン行く前に」

「いいんですかそんなんで」

アスファルトの道を歩きながら、リリエの言葉に呆れる。とはいえ、リリエが言うのであれば、そのぐらい適当でもいいのだろう。

「こんなもんでいいんだって。少し遅れても、ダンジョンで意外とてこずった、ということにでもすりゃ、誰も気にしないだろうしなー。さあ行こう」

いまリリエの中では、確実にカラオケの方が優先度が高いはずだ。行こう、という言葉の対象となる場所は、明らかだった。

俺は別に、どっちが先でもよかった。反対したのは、委員長である。

「ダンジョンに行きたいです」

「えっ?」

委員長はそんな真面目だったのかと、少し驚く。鈴目(すずめ)さんは肩書こそ委員長だけれど、ただ断れない性格のまま、推薦でずるずると任されただけなのだ。

うーん、膝枕は柔らかくても、根は固いということなのか。

何を言うべきか、リリエの言葉とはどう折り合いを付けるべきかと考えていると、リリエがまず、口を開いた。

「クーヤ、委員長は真面目だから寄り道したいわけじゃないんだよ」

「どういうことですか」

「委員長の顔が曇っていることに気付かないかい? クーヤ君

なんとなく探偵っぽい口調を演じ、リリエが続ける。

「カラオケに行きたくない。その答えは、人前で歌うことが苦手だからだよ」

「あう」

リリエの言葉は本当だったようで、委員長が短く声を漏らした。

「私、音痴なんですよお。だから、二人で行ってくださいっ」

「うーん、これは仕方ないね」

リリエも委員長を無理に誘うことはないようだ。

とすると、ダンジョンが先なんだろうな、と俺が思った矢先、

「面白そうだから委員長カラオケいくぞー」

「わああああっ」

リリエがぎゅっと委員長の手首を握り、引っ張り始めた。

俺は、嫌がってるじゃないですか、と言って頭をチョップで小突くなどしたけれど、面白そうなことを見つけたリリエを止めることは難しかった。

そのまま、雨で閑散とした商店街を抜け、駅前のカラオケボックスまで直行することになった。

「おもしろきこともなきよをおもしろく。すみなすものはカラオケなりけり、歌おうか」

「そんな名言、訊いたことがあるような無いような」

「私は面白くないですよおっ」

「よいではないか委員長」

「リリエ、声が悪党ですよ」

騒ぎながら、俺達女子高生は、そう勇者らしくというよりは女子高生らしく、賑やかに入店したのだった。

なお、このことをリリエはひどく後悔することになる。

委員長の音痴の渡合いは、まるで漫画のようだった。

スライムのクオーターであることは恐らく関係ないとは思うのだが、人を呪いでもするかのような音程の歌声に、リリエも俺もすっかり船酔いのようになってしまうのだった。

だから嫌なんですよお、と半泣きの委員長には、悪いことをしたと思う。

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