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俺と勇者リリエ~FlankieFlanker~  作者: 加藤雅利
俺と勇者リリエとモンスター倒してるっぽい日々
7/12

俺と勇者リリエと学級委員長

午後5時である。

空の色・夕方鑑定士という人間がいるならば、一分一秒枚に暗くなりつつある青の、微妙な機微を判別できるのかもしれない。

学校の、いつもの和室。俺はテーブルの上に数学のノートを広げて問題集を解いていた。すっかり冷めたお茶の入った湯呑みからは、もう湯気も立たない。

どうして高校数学の問題集というのは、圧倒的に説明が足りないのだろう。分からなくて答えを見たら『略』とだけ書いてあるのは、いくらなんでも不親切すぎやしないだろうか。

それとも、この程度がすぐに分からない人間は、もう数学やめた方がいいよ、という親切なメッセージなのだろうか。

ただひたすらに悩む。テーブルの向こう側では、リリエが寝っ転がったまま、仰向けで携帯ゲーム機を操作している。

「クーヤ、解けたかー」

「さっぱり分からないですよ」

「いい加減ギブすればいいのにな」

「くっ、この程度でリリエに聞いていたら、期末試験の勉強をする直前に心が折れると思うんですよ」

「そかー」

リリエがこちらを見ずに、ゲームをしながら話す。長い髪が、くちゃくちゃと畳に広がっている。あれだけ無頓着にしていても、彼女の髪は綺麗だ。頭の良さに容姿に身体の強さと、きっと神から色々なものを賜っているのだろう。足りないものは身長くらいか。

数学の問題が分からなすぎて、問題を解く集中力の薄れた俺の頭に、リリエへの嫉妬のような考えが浮かんでくる。

気を取り直して教科書の解説を再度見直そうとした時だった、ふとリリエがゲームの電源をオフにして、起き上がった。彼女の髪が、周囲の空気を連れて持ち上がり、シャンプーのような香りが俺の鼻まで漂って来た。

「なんですか。俺は自力で解きますよ」

と、俺はリリエに向かって言った。悔しいが、勉強に関することとなれば、この部室ではいつも俺は生徒役だ。

「クーヤ、その問題は、教科書だけ見ても分からないぞ。先生の解説を思い出さないとダメなんだ。黒板の情報も致命的に足りてない。つまり、授業を忘れたら、誰かに聞かないと、ずっと解けないし疲れるだけだよ」

と言って、リリエがテーブルの上に腕を伸ばし、俺のノートに問題の解法を書いていく。向きのせいで逆さまになってしまうが、きっと読めばわかる内容なのだろう。

時にはノーヒントで世界を救わなくてはいけないせいか、勇者というものは理解力がいいらしい。リリエは数学が得意だった。

「命短し好きなことしろよ乙女って言うじゃん、勉強は早く終わらせないと、時間がもったいない」

リリエが立ち上がり、和室の入り口に歩いていく。俺は今が何時であるかを思い出し、慌てて後を追う。

今日のモンスター退治は、リリエが5時と時間指定していたのだ。それは、丁度各クラスの学級委員長が集まり、委員会活動を終える頃と同じだった。


◇ ◇ ◇


人気のない学校の廊下を歩いていく。

教室の前には、委員会が終わったのだろう、帰宅しようとする学級委員長、鈴目 来夢(すずめ らいむ)の姿が見える。挨拶をするには少し遠い距離で、目が合う。話したこともほとんどないというのに、こちらに気づいた委員長は、軽く手を振って笑みを向けてくれた。癒しを与える、おっとりとした柔らかい笑顔だ。

眼鏡をかけているせいで知的には見えるけれど、決して、頭が良かったりカリスマがあったりして委員長に推薦されたわけではない。包容力のある彼女に、めんどくさい委員会の仕事が吸い寄せられただけなのだ。成績が並み程度である俺よりも、彼女の成績は低いらしいと聞いたことがある。

背はリリエと俺の中間くらい、まあつまり、高くもなく低くもない。と言ってしまうと個性がないようだけれども、どでかい胸がある。あれは少し、羨ましい。

廊下を遠くまで見渡していた俺は、リリエに小声で「今日モンスターが出るのはこの辺りですか」と話しかける。

委員会が終わる時間に合わせて部室から出てきたことを考えると、おそらく委員長などを戦闘に巻き込まないための配慮なのだろうな、と想像していた。

リリエは俺を見返さずに、口の端を持ち上げて笑みを作り、軽く頷いた。

そして、いきなり床を蹴り、俺を置いて突風のように走り始めた。

「えっ、は?」

俺が戸惑っている間に、リリエが一瞬で委員長に迫る。

「わ、わわ~」

委員長もまた突然のことに驚いて、リリエを見たまま立ち尽くしているようだ。機敏な人間ならば飛び退いているところだろうけれど、元々ののんびりしていて緩慢な動作の彼女は、自分の身を守るために、少し腕を上げただけだった。

リリエが委員長のすぐ脇まで到達し、ドリフトするF1カーの如く身体を回転させ、一瞬で背後に回り込む。

気付いたときにはリリエが委員長の腕を絡め取り、後ろ手に組ませるようにして拘束していた。委員長が手にしていた通学鞄が床に落ちる。

「わわ~、何するんですか~」

委員長の声には、危機感がない。こんな状況でもおおらかというか、のんびりした人だなと思った。もう少しリリエに対して怒ってもいいのに。

俺は慌てて委員長の元に走り、無礼をはたらいているリリエに質問する。

「何をしてるんですか」

「クーヤ、モンスターは委員長なんだぞ」

「そんな馬鹿な」

あっさりと告げられる衝撃の事実。

人間の社会に紛れ込んでいるモンスターがいる、という話を聞いたことがある。まさか、同級生がモンスターだとは。

1年以上ずっと、同じ学校にいたというのに。

「わわ~、ばれてしまいました~」

「って、あっさり認めていいんですか委員長!」

思わず突っ込んでしまう。

「ふはは、正体を現したな、モンスターめ!」

「リリエ、それは悪役みたいな台詞ですよ」

人畜無害そうな、そう、まるで農家の牛ちゃんのような大人しい委員長を拘束しているリリエの方が、悪そうに見える。

手をホールドされた委員長は、若干仰け反るようになりながら、なんとか身体のバランスを保っているようだ。

「それで、どうするんですか、この後は」

「モンスター退治に決まってるだろ」

「うわー勇者だ~、退治される~」

委員長が身体を揺する。だが、リリエのパワーの方が上で、関節を固定された腕を外すことができない。大きな胸が揺れただけだった。

「さあクーヤ、委員長を攻撃するんだ!」

「えっ、俺がやるんですか?」

「私はこうやって委員長を捕まえているからな。攻撃するのはクーヤだ」

困りながらも、俺は委員長に向かって身構えた。

「や、やめてくださ~い」

浅い角度で見下ろす形になる。涙目になりつつある委員長の顔を見て、俺は考える。

本当に、委員長がモンスターなのだろうか。人間にしか見えないのだけれども。そりゃ、あのでかいたゆんたゆんは、モンスターと形容できなくはないけれど。

「早く攻撃するんだクーヤ、委員長に逃げられてしまうぞー」

「ひい~」

リリエは委員長をずいと俺に向かって突き出してくる。

心なしかさっきよりも身体を逸らせた委員長の胸が強調される。

「攻撃って、どうすればいいんですかっ」

「そんなのぶっ叩けばいいんじゃないか。さあ、早くするんだ」

いつの間にか、委員長、もといモンスターとの戦闘が始まっていた。まともに戦闘に参加したことのない俺は、敵を攻撃する術をよく知らず、戸惑ってしまう。

「ほらほら、早く早く」

「わわ~ご勘弁を」

「よいではないか、よいではないか」

「ちょっと待った、リリエ、なんか楽しんでませんか?」

「真剣に決まってるだろ」

真剣な戦いらしい。

委員長が身体を揺する度に、豊かな2つのメロンボールが揺れる。

うーん、何を食べたらあんなに大きくなるんだろう。……じゃない、現実逃避の先で、変なことを考えてしまった。

今は、勇者の仲間としてモンスターを攻撃しなければ。リーダーのリリエは、既に攻撃の命令を(なかま)に下しているではないか。

だが、人間そのものな委員長を攻撃するのには気が引ける。どうすればいいのか、非常に悩む。

俺は手刀を振り上げる。

委員長が「わ~」などと言いながら、目を瞑る。ずれた眼鏡が艶めかしい。

「クーヤ、早くしろよー。絶対、ふにふにしてて気持ちがいいぞー、さっさと揉むんだーっ!」

「あほーーーーーッ!」

ゴキィッ!

俺は委員長からリリエを引きはがした。そしてリリエの頭を両手で挟み、綺麗なニーキックを決めた。

モンスターを攻撃しなければいけない勇者の命令と、目の前で困る委員長、そして2つの大きな弾力を見て、混乱してしまった、ということにしたい。

「ギャワワーン」

勇者リリエは情けない負け犬のような叫び声を上げて飛び退いた。解放された委員長が俺の後ろに隠れるように移動する。

「おっ、おのれ、私の仲間に誘惑(テンプテーション)を仕掛けるとはッ!」

額を押さえたリリエが涙目で言う。

「俺は誘惑されてないですよ。真面目にやって下さいよ」

「うう、私は本気だぞー。遊びで委員長のを揉めって言ったわけじゃないんだぞー」

「揉むとか駄目ですって。てか揉めって言いましたよね、今。攻撃じゃなくて揉めって言いましたよね」

「つーかクーヤ、お前は足のストロークが(なげ)えーんだから膝はやめろよ。痛えんだよー」リリエは未だにおでこを両手で覆い、目を充血させながら俺を見てくる。上目遣いの彼女は、性格がどうであれ、悔しいが可愛い。

「すみません、1ダメージくらいは入ってしまったみたいです」

一応、戦闘モードになっていたようで、仲間のリリエのHP(ヒットポイント)が視界の端に写る。フルヘルスから1だけ減っていた。

「絶対ふざけてましたよね今の。委員長を退治するとか、冗談でしょう」

俺は落ちていた鞄を拾って、委員長に謝ろうとした。

「いや、クーヤ、委員長がモンスターなのは本当だぞ」

「何言ってるんですか。だとしたら変身を説くなり本来の姿になって、逃げるなり戦うなりしているでしょう」

本気で疑ってしまう。俺達を見て困ったような顔をしている委員長からは、まったく驚異を感じられない。なお、胸囲は感じる。

「本性っていうより、もうこれが本来の姿だぞ」

と言って、リリエが委員長を指差す。それに対して、委員長が頷いた。

マジですか、と俺が訊ねると、委員長が再度肯定する。

下半身が蛇だとか、体毛が伸びて獣になるだとか、最近流行のモンスター娘とやらのような姿ではないらしい。

「私はクオーターなんですよ~。だから人間に近いんですよ」

「クオーターって、委員長のお爺さんはモンスターなんですか」

「違います、お婆ちゃんの方ですよ」

「そうですか。俺が突っ込みたかったのはそこじゃないんですけどね……」

ひとまず、委員長はモンスターだった、ということまでは理解した。

「でも、委員長を倒しに来た訳じゃないんでしょう?」

委員長からは敵意というものが全く感じられないし、リリエにも戦いを始める気配がない。

「当然だ。委員長を(ころ)したら、4分の3札人(さつじん)になるんだぞ」

微妙にPTAに配慮した当て字の発音で話すあたりが無駄に正義サイドの勇者っぽい

「いや、もう俺の常識から離れすぎていて何が何やらさっぱり」

「私が退治するのはハーフエルフからだぜ」

「ああ、なんかそれ、すごく拗れそうですね」

その後にされたいくつかの説明をまとめると、委員長は人間界に紛れ込んでいるモンスターの一族で、害を為す存在ではないらしい。

「それでリリエは今日、委員長にちょっかい出して遊んだだけですか」

「いや違うぞ、委員長を仲間にしにきたんだ」

数多くの勇者の中に、モンスターを仲間に加えた者もいたという伝説は、聞いたことがある。猛獣を手なずけることに特化した人物は、151匹従えたらしい。

しかし、仲間を増やすといっても、今のリリエは戦力に不足していないはずだし、大規模な勇者Vs敵の軍勢の戦闘が控えているわけでもない。俺の見立てでは、委員長を加える必要がまったくないのだった。

多分リリエは、その方が面白そうだとか、そういうことを考えているんだろうなと思った。

「その方が面白そうだからな」

「ああ、やっぱり……。平穏に過ごしている委員長を巻き込まないで下さいよ。突然そんなことを言われても困ると思いますよ」

「いいですよ~」

流石の包容力。笑顔の即答だった。

「ほらな、いいにきまってるだろ?」

「そうでした……委員長は断らない、断れない、って人でした」

学級委員長に推薦された時も、教室で買っている熱帯魚の水槽温度管理係にされた時も、同じ雰囲気だった記憶がある。

お人好しを越えて、何者も拒まずな領域に到達しているのだろうな、と思うと心配になってくるくらいだ。むしろ勇者であるリリエと共に行動していた方が、世の中の悪から守られるのではないかとさえ思えてしまう。そう考えれば、今回のリリエの思い付きも、止めなくていいのかもしれない。

ひとまず、同級生がモンスターだったわけだが、物騒なことは起こらなかったので、俺は安心した。

「あ、そういえば。委員長って、何のモンスターなんですか?」

と俺は、ふと浮かんできた疑問を口にする。龍神族だとか、吸血鬼だとか、そこらへんだろうか。俺は委員長の頭の上に、耳が生えたりとかするところを想像した。

「委員長はスライムだぞ」

「スライムって、いつもリリエが一撃で倒す、あのスライムですか」

「はい、そうですよ~」

「キングとかメタルとか、そういう強いスライムではなく?」

「普通のスライムですよ~」

どの辺が、スライムなのだろう。そう思って委員長を観察していると、髪の先がしっとりとしていて、水につけた筆より艶やかなことに気が付いた。粘液質の液体で覆われているように、見えなくもない。

そして委員長の胸元を見て、なるほどと感じる。胸元に二つのスライムっぽい膨らみが。ぷるぷる。うん、このスライムは確実に、悪いスライムじゃない。

こうして、俺に若干の戸惑いや疑問を残しつつも、スライムの委員長は勇者リリエの仲間になった。

委員長がいいなら、まあ別にいいか、俺はそう思うことにした。

深く考えるのを投げだした、とも言えるのかもしれない。

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