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俺と勇者リリエ~FlankieFlanker~  作者: 加藤雅利
俺と勇者リリエとモンスター倒してるっぽい日々
6/12

勇者ガール・ミーツ・ガール1年前

商店街にあるゲームセンターを出てから10分ほど歩き、俺たちは目的地に到着した。

幅の広い川だ。両脇がゆるい傾斜になっていて、膝には到底届かないほどの草が茂る河川敷が広がっている。

リリエと俺は、柵のない歩道から斜面を降りる。

コンクリートで舗装された道を歩き、川にかかるコンクリート製の橋の下まで進む。スケートボードの練習などに最適そうな、平らな地面が広がる空間だ。けれども俺たちの目的は、この場所で遊ぶことではない。

町に出現したモンスターを、退治しに来たのだった。丁度この時間に、河原の草むらにはモンスターが現れる。

不意に河原の草の擦れる音がした。その方向を見ると、角の生えた黄色い兎がいて、威嚇するかのようにこちらを睨んでいた。

リリエが腰に吊った鞘からサーベルを抜き、モンスターの方にゆっくりと歩いていく。

戦い、ではあるけれど、特に緊張感というものは無い。これまでに何度も見た光景だからだ。

それに勇者リリエ曰く、この町に現れるモンスターは、とても弱い。半透明のぶよぶよした塊、つまりスライムや、足の生えたキノコ、でっかくて火を吐くオオサンショウウオ。このようなラインナップで、いかにもロールプレイングゲームに出て来る雑魚モンスターと言えそうだ。

現代の勇者に、ファンタジー小説で描写されるようなハラハラドキドキ、そんなものはない。日課をこなすようにして、倒し慣れた敵を倒すのだ。

この戦いは、リリエが気まぐれに妙なことをしない限り、二つのパターンがある。一つは、モンスターの攻撃をリリエがかわし、ライトニングサーベルの一撃でモンスターを倒す。もう一つは、リリエが先にライトニングサーベルでモンスターを倒す。割合としては、リリエの方がモンスターよりも早く動くので、後者の方が多い。

俺は、モンスターに近寄っていくリリエの後ろ数メートルに立って、戦う彼女を眺める。ゆらゆらと揺れる綺麗な髪を見ながら、二人が知り合った頃のことを思い出していた。

春の風が、その時とよく似ていたからだと思う。


◇ ◇ ◇

回想

◇ ◇ ◇


ほぼ1年前、高校に入学してから間もない時期だ。

俺は放課後の校舎の中を、入るべき部を探して一人ふらふらと歩いていた。

クラスメイトたちも同様に、あちらこちらの部に顔を出し、見学していたことだろう。新入生たちは教師から、この学校の生徒は何らかの部活動、或いは愛好会に入っていなければいけないと言われていた。いま思い返してみれば、そんな校則が存在しているなどと信じていたのが不思議なくらいだ。しかし、学校のことが右も左も分からないような入学したての生徒というものは、大抵素直に言うことを聞いてしまうものなのだ。

本格的に部活動に打ち込む気のない俺は、適度に顔を出してさえいればいいだけの部を探していた。

一人で行動することになった理由の半分ほどは、俺の見た目のせいである。

第二次性徴期に伸びに伸びきった俺の身長は、高校入学時で既に170センチメートルの大台に達しつつあった。目つきは、ちょっと悪い、と思う。少なくとも、可愛いという表現は似合わないことだろう。

人は見た目が90%、とは誰の言葉だっただろうか。クラスの中では、俺は運動の出来そうな、孤高でクールな人間に見えていたようだ。

入学初日は、周りで女子のグループが作られていく中、誰かと仲良くなるきっかけを上手く作ることができなかった。大人しそうな女子たちからは、少し怖がられて、距離を開けられていたのかもしれない。

俺を同類だと思って話しかけて来た活発で運動の得意な女子たちとは、一応クラス内で会話は出来ていた。けれども、彼女たちは皆初めから運動部に入ることを決めていて、文化部巡りは一人でしなければならなくなっていた。

まず俺は読書愛好会を見学した。好き勝手に部室に小説や漫画を持ち込み、おしゃべりなどをして放課後を過ごすような、気楽なイメージがあったからだ。ところが週6で出席必須で、年間に数百冊の本を読み、さらに書評(感想文という呼び方をしたらなぜか怒られるようだ)を論文形式で作成することが義務付けられていた。

読書愛好会はガチ勢以外の何物でもなく、もちろん俺はあっさりと退室することになった。『部活動・愛好会一覧』のプリントを片手に、楽園を求めて漂流を再開し、廊下を歩いていたのだ。

長い通路の床から視線を上げたときに、とびきりに可愛い女子生徒が正面から歩いてきたことに気づいた。古典的で飾りっ気のない表現をすれば『美少女』ということになるだろう。おそらくはろくに化粧もしていないというのに、ぱっちりとした目をしている。自信に満ちたような顔つきには愛らしさだけではなく、凛々しさも持ち合わせていた。

何の偶然か、校舎3階の長い廊下には、俺とその少女以外には、誰もいなかった。そして丁度、彼女を見た瞬間に、放課後の校舎のざわめきや、遠くに聞こえる部活の掛け声や吹奏楽部の練習などが、示し合せたかのように静まり返っていた。俺と彼女の足音だけが、床に響いていた。

制服に着けられた胸のリボンの色で、向こうも新入生であるということが分かった。違うクラスに、とても容姿の良い生徒がいると、噂には聞いていた。俺は、おそらく彼女なのだろうな、と直感した。

目が合いそうになり、慌てて視線を逸らした。無意識のうちに、見とれてしまいそうになったためだ。嫉妬さえも感じようがないほどに、ただ綺麗だった。彼女のスカートの後ろで揺れる艶やかな髪が、きらきらと光ったように見えた。

俺は緊張しながら、その美少女と擦れ違おうとした。相手の存在を意識してしまったせいか、時間の進みが遅く感じ、そのせいで余計に、挙動が固くなってしまう。

1歩分くらいまで近づいたときに、澄んだ声が俺の耳に入り込んで来た。

「でっかいな」

やや下から聞こえた。声の主は、俺よりも20センチは背が低かった。そう言いたくなるのも分かる。

まさか見知らぬ生徒、それも住んでる世界が違うんじゃないかというようなオーラの女子に話しかけられ、うっと気圧されてしまう。首の後ろあたりが、冷や汗が出るぶわっとした感覚に包まれる。

「あなたが小さいんですよ」

思わず、そう返していた。あの状況で、よくそんな言葉が出たものだ。

高一女子の平均身長など知らないけれど、間違いなく俺は背が高く、この前まで中学生だったとしても、向こうは小さいはずだ。

上目遣いではなく、しっかりと俺の方を見上げた女子は、俺の言葉を聞いて、満足げな表情を作った。そして、俺が手にしているプリントを指して、

「部活探してんだろ。一緒に探そうぜー」

といきなり馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。

「俺は別に部活に力を入れようと思ってないんですよ。適当にサボれる、部員少なめの所を探しているんです」

「お? でっかいのはオレっ子か? 不良みたいだなー」

初対面だというのに、やけに遠慮しない物言いだ。俺は大抵、押しが強すぎるようなこの手の人間には、あまりいい感情を抱くことが出来ない。けれども彼女に対しては、嫌悪感は出てこなかった。人は見た目がなんとやら……と言うことだろうか。立ち振る舞いに、どことなく爽やかさがあるせいだろうか。

「不良じゃないですよ。そう見えますか」

「最初から部活サボる気満々だろお? 私も、そういう部を探してるんだよ。うん、その方が都合がいいからなー。読書愛好会はもう行ったのか?」

「毎日放課後は本読んでるとこでしたよ。物凄い文化人たちでした」

「じゃあ駄目だな」

「演劇部はどうでしょう、新入生の勧誘にも全然力入れてなくて、週一くらいで学校の和室に集まってるだけらしいですが」

「演劇か、それはいいな。でっかいのもなんか、そういうの似合ってそうだし」

「でっかいのじゃないですよ。俺は空耶くうやって言うんです。鳥野とりの空也。それに、俺が劇に出ても様にならないですよ」

演劇が似合ってそうだ、などと言われて、てっきり目の前の女子がからかっているのだろう、と思った。どう見ても言った本人の方が、お姫様といった顔をしていて、どんな演目でも主役になりそうだ。

「そか、クーヤって言うのか。私は燕井つばめいリリエ。リリエでいいよ」

そう。彼女こそが、この後ずーっと行動を共にすることになる、勇者リリエなのだった。

そしてリリエが品定めをするように俺を頭のてっぺんから足先まで眺めて、やや真面目な顔で口を開いた。

「身長高いしさ、スタイルも良くて、かっこいいと思うぞ。あれだ、宝塚だよ」

「男装の多い劇団ですね……」

一応、見た目を誉められているらしい。明らかに容姿の優れた者に言われると、複雑な気分になる。それだけではなく、面と向かってまともに言われたので、少し恥ずかしくなってしまう。

リリエは俺の戸惑いに気づいていないようだった。俺が立っているのと同じ向きに、くるりと回った。髪の毛が、ふわりと舞う。

「じゃあ行ってみようぜ、演劇部にさー」

「はい、行きましょうか」

そうして二人並んで、俺たちは歩き始めた。

いつの間にか、廊下には放課後の様々な雑音が、再び聞こえるようになていた。

結局演劇部は、あまりにも部員のやる気が無かったために半年と経たずに消滅した。そして代わりに茶室を適当に使う茶道部が出来上がるのだが、それはまた別の話。

リリエが不真面目な部を探していたのは、勇者としての放課後のモンスター退治をするまでに、適当に時間を潰せる場所が欲しかっただけなのだ。

俺はそれから間もなく、リリエのモンスター退治に付き合わされることになった。

もし俺がスポーツものの漫画に出て来るキャラクターだったら、聞き慣れない種目の運動部に勧誘されて、何故か強豪ではない学校にいる天才的な先輩の影響で、全国大会を目指すことになるところだっただろう。

現実にはそのようなドラマは起こるわけでもない。が、時にはふざけているのかと言いたくなるくらいに、非現実的な出会いがあるものらしい。


◇ ◇ ◇

回想おわり

◇ ◇ ◇


ぼけーっと回想にふけってしまったなと思い、現在いま目の前で起きていることに注意を戻す。既にリリエがモンスターを倒し終えているところだった。

伝説の時代にいた、町を一つ滅ぼすか否かくらいのモンスターに比べて、この町に出現するモンスターはとても弱く、勇者リリエの敵ではない。『僧侶』の俺は、リリエが傷ついた時の回復魔法要員として戦闘に参加しているが、今までに何かしたことはない。

倒したモンスターは、塵一つの痕跡も残らずに、消えてしまう。胴体をぶった斬られた兎が黒く燃えるようにして空気に溶けたのを見届けてから、リリエと俺は橋の下を後にする。

帰りにコンビニでアイスを買い、二人で食べながら歩いて帰った。

とまあこんな感じで俺たちは、ちょっと変わったことが一つだけ混じっているだけの、フツーの女子高生の日々を過ごしている。

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